のっぺらぼう(ショートショート)(旧作リメイク版)
自分はのっぺらぼうにあったことはないんですが、
この小説の主人公はあってしまったようですね。
※2022/02/05のツイッターの朗読企画で、誤字を見つけてしまいました。
同日に修正致しました。
「……と、そろそろ時間か。それでは明日――テストをします」
授業の終わり頃、まだノートを書き終えていない僕達に向けて、授業を終えた先生は死の呪文を唱えた。
「先生! せめて試験の範囲を教えてください」
先生の猛攻に対して手を挙げて抵抗を見せるクラスの勇者。しかし魔王となった先生は、無言の笑みでその勇者を切り倒した。
魔王のあまりの攻撃力にたじろぐ同級生達。ふと周りを見ると、ガタガタ貧乏揺すりをしながら念仏を唱えている生徒もいる。
「逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ――」
よくよく聞いてみると、全然念仏じゃなかった。しかし、彼が追い詰められているのは紛れもない事実だ。実際、彼のライフはもうゼロなのかもしれない。
「取り合えず勉強したら勉強しただけ、点を取れるようにしておくから、しっかり勉強しておくように。それじゃあアディオス!」
それだけいうと、先生は仕事を終えたとばかりに、軽やかなステップで教室を出て行った。
彼の去った後は、僕を含めて魂の抜けきった生徒達が多数取り残されていた。
◆◆◆◆
「――って言ってもどこを勉強すればいいんだよ」
はぁ、と大きなため息をつき、自らの鬱憤を口から紡ぎ出す。僕の口から生み出された憂鬱は、形を成して部屋中を闊歩した後、何食わぬ様子でベッドに横たわった。
無論それは、自分の今の欲望を反映していることは百も承知だ。だがここで誘惑に負けてしまえば、僕の将来は闇に埋もれることは、火を見るよりも明らかだ。目を閉じれば、対岸にいる留年の二文字が、手招きをしている姿が浮かぶ。
「取り合えず、前回の範囲からどのくらい進んだか見直してみるか、って……こんなにあるのか!?」
想像の遥か上を行く量に驚愕し、現実から目を背けようと自分の意識が遠くなる。しかし自分の身に迫った人生の危機という一大イベントに誘われ、死の淵から脱出した。
「だめだだめだ。本気で集中しないと。これまでに習ったところを全部丸暗記するか。これだと徹夜は免れないな」
ネガティブな感情が沸き上がり、自分を支配しようとしている。その支配から逃れるため、僕は自分の頬を両手で二度叩くと気合を注入し直した。
これまでにも、同じような危機が何度も自分に対して襲い掛かってきた。その度ごとに、誰も見たこともないような見事な技術で回避してきたのだ。歴戦の勇者である僕は、欲望に打ち勝つだけのスキルくらいは身に着けている。
ああお父様、お母様。見てください。雨にも負けず、風にも負けず私はこうして一人前の人間になったのです。
誰も褒めてくれないので、自分で自分を褒めてみた。しかし褒めたところで何の解決にもならないので、その直後に物凄い虚無感に襲われた。
◆◆◆◆
お陰様で昨日は全く眠れなかった。その代わり、勉強はしっかりし終えたと思う。これだけ頑張ったのは、この学校に入学するために受験をした時だったか違ったか。
お陰様で行く先々で色々な人から心配された。どうやら自分の目の下に、物凄い隈ができているようだ。鏡をしっかり見ていなかったから分からないが、目も血走っているかもしれない。
戦場に向かう時も、ふらふらとした足取りで向かっていたようだ。千鳥足というのはこういうものをいうのかもしれない。
家から出る時も、母親から「大丈夫? 今日の夕飯はお赤飯が良いかしら?」と心配された。何故お赤飯が良いのか分からないが、きっと勇気が湧いてくるのだろう。
あれ、それだと今日の夕飯じゃ遅くないか?
「はい。それじゃあ今日のテストを配ります」
心の中で突っ込んでいる内に、先生からテストの配布が伝えられる。目の前に現れるのは、自分の生命を脅かすほどの天敵。果たしてその攻撃力はいかほどなのか、全く想像もつかない。
僕は前の席のクラスメイトからテストを受け取ると、先生からの試験開始を合図が出るまでじっと身構える。
「全部配り終えましたかね。それでは、今からテストを開始してください」
先生の合図に伴い、裏返しにしていたテストを表返しにして、出題された全ての問題を確認する。
分かる! 分かるぞ! 全部昨日勉強したところじゃないか! 勝った! 僕は先生に勝ったんだ! これで今日のお赤飯は大盛だぜ――!
「それではテストを回収しますので、後ろの席の人はテストを回収してきてください」
耳を劈くようなうるさいチャイムと先生の高らかな声を聞いて、机に伏していた僕は我に返った。
突然のことで今の状況を理解できず、僕は目の前にある自分の答案用紙を確認する。そして――愕然とした。
一言で言えば、のっぺらぼうに出会ってしまったという感覚に近いかもしれない。しかし、それだけでは語弊があるため補足させてもらおう。
僕の答案は白紙のままであった。
薬剤師のやくちゃん様がイラストを作成してくださいました。
のっぺらぼうは本当に怖いですね。
私の友人はのっぺらぼうにあったことがあると言ってましたかね。
本当に恐ろしいですよ。ええ。