俺がアイツを追放する理由
短編です
「それじゃあ、今日も無事クエストをクリア出来たことを祝して!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
いつもの酒屋で、祝杯をあげる俺達。
美味い、安い、早いがモットーのこの宿兼酒屋は、今や俺達【千天万華】の本拠地となっていた。
「ぷっはぁーっ! クエスト後の酒は最高だぜぇ……!」
「ホントよねぇ。特に今回は高難易度クエストだったし、達成感が並じゃないわ」
「ふふふ。これも、アレト君のお陰ですね」
俺達の視線が、一人の少年に集まる。
「そっ、そそそそそんなっ。僕なんて戦力としては役立たずだし……」
小動物のようにあわあわするアレト。
「何を言ってるんだ、アレト。お前のようなサポーターがいるからこそ、俺達は思う存分戦うことが出来る。いつも感謝してるぞ」
「セト兄さん……えへへ、ありがと……」
アレトは頬を染め、アルコール度数の低い果実酒を飲む。
「おいアレト! 確かにお前は俺達パーティーに欠かせない存在だが、体が弱々しい! 肉だ、肉を食え!」
「バッカ、この肉ダルマ! アレトは小動物なんだから野菜しか食べないわよ!」
「アレト君は人間ですよ!?」
わちゃわちゃと盛り上がるメンバー。何をやってるんだこいつら……。
何となくアレトを見ると、偶然目が合ってどちらともなく笑った。
俺がリーダーを務めるSランクパーティー、【千天万華】は、誰が言ったか国内最強と呼ばれている。
どんな高難易度のクエストもこなせる俺達は、国内で唯一、国王様から指名依頼を受けるほどのパーティーだ。
肉ダルマと揶揄された男は、このパーティー随一の怪力であるゴルド。
ジョブはタンクで、前衛として国内最高硬度の硬さの持ち主だ。
ゴルドと睨み合ってアレトに餌付けしようとしている女は、黒魔術師のミオナ。
後衛として国内最強の火力を持ち、数百の魔物を一掃出来る力を持つ。
二人を窘めている女は、聖女リレーナ。
ミオナと同じく後衛だが、バフ、防御魔法、回復魔法などが得意な彼女は、実は怒らせると一番怖い。
そして、小動物のような見た目の男、サポーターのアレト。
戦闘力はゼロに等しいが、唯一無二の空間魔法の使い手で、俺達の荷物や食料を運び、手に入れたアイテムを回収してくれる、重要な存在だ。
そんな彼らを纏める【千天万華】のリーダーが、俺。セトだ。
コップに入っている酒を煽り、メンバーを見る。
……ホント、俺ってメンバーに恵まれてるなぁ……。こいつらがいなかったら、Sランクパーティーなんてなれなかったし、国内最強とも呼ばれてない。
特に、このアレト。
アレトがいなければ、長期のクエストも受けられていない。
戦力にはならないが、そこは俺達が補えばいい。
アレトがいてこそ、俺達は国内最強と言えるんだ。
「……セト兄さん、どうしたの?」
「ん? アレトはいつも可愛いと思っただけだ」
「かわっ……も、もうっ、からかわないで……!」
酒のせいか、頬を染めてぷいっと顔を背けるアレト。こいつ、自分が男だって理解してるよな? 可愛すぎか?
アレトを愛でていると、周囲の視線が俺達に向いていることに気付いた。
いや、見られてることなんてしょっちゅうだから普段は気にしないんだが……今日の視線は、いつもと違うぞ……?
「見ろよ、【千天万華】だ……」
「そういや、ここの宿を拠点にしてるらしいな」
「うわっ、リレーナたんカワイ〜……!」
「俺はぺったんがいいからミオナちゃんだなぁ」
……珍しいな。ここでこんな視線を受けるなんて。さては余所者か……?
まあいい。こんな視線、慣れっこだしな。
「だが、あいつ……」
「ああ、アレトって言う荷物持ちだろ?(笑)」
「あんな雑魚でも【千天万華】にいられるなら、俺でも入れるな」
「ちげぇねぇ!」
…………。
「ぅ……あ、あはは。僕、やっぱり目立つなぁ……はは……」
力なく笑うアレト。
その目には、うっすらと涙が……。
…………。
コップを置き、アレト以外の俺達が同時に立ち上がる。
「おい」
「え? おごっ……!?」
俺が一人の男の頭を鷲掴みにし、ゴルドが両手で二人の男の胸倉を掴み上げる。
ミオナは魔力を練り、リレーナはミスリルで創られたロットで素振りをしていた。
「あんたら……今、俺の仲間を侮辱したか……?」
「ぃ……あ、の……その……」
「俺は質問をしている。答えてみろ」
鷲掴みにする手に力を入れる。
脆く、柔らかい頭だ……。
「五秒以内に答えろ。五、四、三……」
「ひ、ひっ……!」
……答える気はない、か。
「二、一……」
グッ──。
「み、みんなっ、ストップ、ストーーーップ!」
……アレト?
「待ってな、アレト。今こいつらをプチッと……」
「そ、そうじゃなくてっ、僕は大丈夫っ、大丈夫だから!」
アレトは俺の腕に抱き着いてきて、必死に止めてくる。
な、なんて優しい子なんだ……!
……アレトが言うなら、仕方ない。
俺とゴルドが、オッサン達を酒屋の外に放り投げる。
「ここは俺達の奢りだ」
「次俺らん前現れてみろ。ぶち殺すぞゴルァ!!!!」
「「「すっ、すみませんでしたァ!」」」
……ったく、ろくでもない奴らだ……。
「お疲れ様、二人共」
「流石です!」
まあ、これくらい……。
「流石なもんかクソボケ共ォ!!!!」
「「「「「ヒュッ……!?」」」」」
お、おやっさん……いきなりデケェ声出すなよ、ビビるだろ……!
「お前らはいつもいつも……! 仲間を大切にするのはいい事だが、限度というものを覚えんか! と言うかこうも毎回毎回毎回毎回客を追い出されたら、商売上がったりだっての!」
「す、すみません……」
「おう、悪いなジジイ!」
「ちゃんと謝れ肉ダルマ! ホント、ごめんなさい」
「おじ様、ごめんなさい。お支払いはするので……」
宿屋のおやっさんは、鼻息を荒くして店の奥に入っていった。
まあ、完全に営業妨害だったな……気を付けよ。
「セト兄さん!」
「おっと」
アレトが、むぎゅっと俺に抱き着いてきた。
「どうした、大丈夫か?」
「……何でもない」
アレトは恥ずかしそうに口をモニュモニュさせると、俺を上目遣いで見て……。
「……いつも、ありがとう。……えへ」
かわっ──。
「……あれ、兄さん……? ……!? 心臓止まってる!?」
「ちょっ、おいリーダー!?」
「気持ちは分かるけど今昇天しないでよ!?」
「かかか回復っ、回復させます!」
我が、人生……よき、かな。ガクッ。
◆◆◆
「ゴルド、行ったぞ!」
「ああ! 《鉄壁》!」
「私も! 《ガードアップ》!」
ゴルドが《鉄壁》のスキルを使い、リレーナが《ガードアップ》の魔法で防御力を強化すると、ワイバーンのブレスを難なく弾いた。
「ミオナ!」
「ええ、《ライトニングボルト》!」
ミオナの《ライトニングボルト》がワイバーンの頭上に落ち、麻痺と痙攣を引き起こす。
「行くぞっ! 炎龍剣エクス、星龍剣アーク!」
両の手に握った、ドラゴンから作られた二振りの剣。
脇に構え、空中を翔ける。
「《ソードスラッシュ》!」
一回の攻撃で十回の斬撃を与える《ソードスラッシュ》。
それが両方の剣から放たれ、二〇回の斬撃がワイバーンを抉り、息の根を止めた。
「ふぅ……アレト、回収を頼む」
「うんっ」
アレトがワイバーンの残骸に駆け寄ると、手を添える。
「《ボックス》」
次の瞬間、アレトの手の平に吸収されるように、ワイバーンの残骸は消えてなくなった。
無限に収納出来る空間魔法ならではの回収方法だ。
「お疲れ、みんな。今日も怪我なく終えられたな」
「はんっ、今更ワイバーン程度」
「でも、最近張り合いのある依頼じゃないからつまらないわねぇ」
「何だか、不気味ですね……」
確かに……ミオナとリレーナが言うように、最近は不気味なほど静かだ……。
特にハンターギルドの上層部からの連絡もないから、杞憂だとは思うんだが……。
「……あっ、セト兄さん。あれ……!」
「ん?」
アレトの見上げた先を見る。
あれは……王族の飼っている白鷲じゃないか。
何だか嫌な予感……。
白鷲を腕に下ろし、脚に付いている手紙を取って再び飛ばす。
刻印は……ゲッ、国王様……!
他の人はいいが、国王様からのこう言った手紙は面倒事しかないんだよなぁ……。
みんなの顔を見ると、頷き合う。
いざっ。
ぺら。
「……至急、王城へ来るべし……」
…………。
「「「「うわあああああああああああああああああああああああ!?」」」」
面倒くさい面倒くさい面倒くさい面倒くさい!
ぜーーーーーーったいこれ面倒くさいヤツだよこれ!
「み、皆さん落ち着いて下さいっ。国王様から直々に依頼を受けるのです。これは、全ハンターの羨望の的! 栄誉な事ではないですか!」
「聖女さん……お前さんは神に仕える身だからそう思うのかもしれんがな……」
「そう思ってるのはあなただけよ、リレーナ……」
うんうん。他の王族の方ならいいが、国王様直々の依頼はマジで面倒事が多すぎる。
これは、今回も一筋縄じゃいかないぞ……。
「はぁ……仕方ない。ミオナ、王城へ転移してくれ」
「……了解よ」
ミオナが転移の魔法を唱える。
景色が一瞬で一変し、王城専用の転移部屋へ変わった。
そこにいる一人の侍女。
俺達が来ることを見越していたのか、無表情のまま腰を曲げる。
「お待ちしておりました、【千天万華】様。国王様がお待ちです」
「……はい……」
ああ、これ、ガチなやつだ……。
背筋はピシッと、心はダラける。
無駄なことは考えず、死んだ魚のような目でひたすらに前だけ見る。
侍女について行き、王城を歩く。
……何だか、城の中がきな臭いな。窓の外で兵士が走り回ってるし……これは、いよいよ戦争か?
「セト兄さん……」
「安心しろ、アレト。絶対守ってやるから」
俺の手を握ってくるアレトの手を、優しく握り返す。
それだけで、アレトの震えが若干治まった。
俺だって緊張しないと言えば嘘になる。
だが、アレトの前で俺がかっこ悪い姿を見せる訳にはいかないだろ?
王城を進んでいく。と、一つの重厚な扉の前で立ち止まった。
もう見慣れた、国王様と面会する謁見の間だ。
「陛下、【千天万華】の皆様をお連れ致しました」
「うむ、入れ」
国王様の声が聞こえると、扉がゆっくりと開く。
荘厳かつ豪華絢爛な謁見の間。
その最奥、少し高い位置に国王様が玉座に座って、沈痛な面持ちで俺達を待っていた。
長年国を支え、この国の頂点として君臨してきた、ルセンド・ヴァン・アルトニア国王陛下。
その相貌に深く刻まれた皺は、見る者を圧倒する威厳がある。
国王様の前に歩みを進め、誰からともなく膝をつく。
「国王陛下、【千天万華】、ただいま参上致しました」
「うむ。セトよ、息災か?」
「はっ。国王様におかれましても、ご健勝のこととお慶び申し上げます」
こんな形式的な挨拶はいいから、さっさと要件を言ってくれよ……。
内心毒づくが、国王様は難しい顔をして何も言わない。
「……陛下?」
「…………」
陛下は俺達を順々に見ると、覚悟を決めたように頷く。
「……これから話すことは事実じゃ。そして落ち着いて聞いて欲しい。…………」
国王様はたっぷり間を作り、そして。
「……勇者が目覚めた」
────。
……マジ、か……。
勇者の復活。それが意味することは、この世界の誰もが知る共通認識。
それは……魔王の復活。
魔王に対抗出来うる力を持つ存在。
それが勇者だ。
つまり……魔王率いる、魔王軍と魔族との、全面戦争。
この場にいる全員に緊張が走る。
だが国王様の話しはこれからだ。
「そこで、【千天万華】に依頼じゃ」
「「「「「はっ……!」」」」」
来た……!
深々とこうべを垂れ、次の言葉を待つ。
「……勇者は目覚めて間もない。まだ力も上手く扱えておらん」
……それもそうだろう。魔王に対抗出来る力。そう易々と扱えるものでもないはずだ。
「そこでじゃ、お主らには勇者が力を使えるようになるまで、魔王軍を弱体化してもらいたい」
弱体化……魔王軍の戦力を削ぐという意味だよな。
それなら──。
「承知しました、国王様。指示を頂けますでしょうか」
「ならば、最初の敵は南──四天王クアラバッハの撃退じゃ」
「「「「「はっ!」」」」」
…………。
は? 四天王?
◆◆◆
「…………」
……どうするか……。
宿に戻った俺達の誰も口を開かない。
さっきの国王様の依頼、四天王の討伐。
この意味の重大さ、そして難易度は今までの依頼を大きく超えている。
俺達がパーティーで討伐出来る最強の魔物は、ドラゴンだ。
ドラゴンまでなら、アレトを同行させても無傷で討伐することが出来る。
だが、魔王軍四天王の実力はドラゴンを遥かに凌ぐ。
特に四天王クアラバッハは、ドラゴンを使役するドラゴンライダーとして有名だ。
そんな奴が、最初の敵……。
「……はっきりと言う。今回ばかりは、アレトを守りながら戦うのは無理。不可能だ」
「…………っ」
アレトの顔が悔しそうに歪む。
こればっかりは、隠しようのない事実だ。
「……は、はは。ごめんね、僕が弱いばっかりに……僕が強ければ、みんなと一緒に戦えるのになぁ……」
…………。
「ぼ、僕、自分の部屋に戻るね」
アレト……。
部屋に残った俺達は、アレトの顔を見て同じことを感じていた。
「リーダー。アレトの奴、隠れてついて来る気満々だぜ」
「……ああ、分かってる」
アレトは昔からそうだ。
初めてドラゴンの討伐に行く時も、置いていったのに隠れてついて来た。しかも、一度や二度じゃない。
理由は一つ。
アレトは、怖いんだ。
自分が置いていかれて、知らない間に、俺達が死ぬ事が。
その気持ち、分かる。
俺も、自分の目の届かない場所で、知らない場所で、知らない間にメンバーの誰かが死んだらと思うと……痛みと絶望で発狂するだろう。
アレトは、それを怖がっている。
だから無理をしてでも、俺達の側にいたがるんだ。
だが……今回はそんなことをされちゃ、洒落にならない。俺達が死ねば、下手すると国……いや、世界が滅亡しかねない。
「どうするの、リーダー?」
「国王陛下の手を借りて王城に捕らえるとしても、アレト君は絶対抜け出します。過去にもあったように」
……リレーナの言う通り、一度は国王陛下にアイツを頼んだが、それでも王城を抜け出して俺達について来た事がある。
だからと言って、アレトを鎖に繋いで監禁する訳にはいかない。
理由は分からない。
だけど、俺の本能が、そう言っている。
なら……。
「……悪い、みんな。アレトに関しては俺に任せてくれ」
「……頼んだぜ、リーダー」
「あんたが決めることなら、ついて行くわ」
「何かあったら、相談して下さいね」
みんなが俺に声をかけ、部屋を出て行く。
誰もいなくなった部屋は、異様なまでに静かで……まるで、世界に俺だけが生き残ってるかのような錯覚を覚える。
腰掛けている椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。
仲間を失いたくない。
それは、誰しもが思ってることだろう。
俺だって、失いたくない。
死んで欲しくない。
死にたくない。
いつまでも生きて、生きて……ずっと、みんなと一緒に笑って行きたい。
それでも、このハンターという職に就いてるのは……俺には、やるべき事があるからだ。
そのやるべき事がなんなのか……分からない。
ただ、俺の潜在意識が、ハンターであることを望み、そして生き延びろと叫んでいる。
だから俺はハンターを辞めない。
だが……それをみんなに……アレトに強制するのは、間違っている。
…………。
アレトの心に巣食う、仲間に死んで欲しくないという、恐怖心。
それを無くす、唯一の手段。
心臓の当たりを握り締め、目を閉じ、心臓に鍵を掛ける。
…………。
「……よし……気張れよ、俺」
俺は部屋を出ると、アレト用に取っていた部屋へ向かう。
軽くノックして声を掛けると、アレトが心配そうな顔で出て来た。
「せ、セト兄さん、どうしたの?」
「……アレト、散歩行かないか?」
「え? ……うん、少し待ってて」
アレトは部屋の中に戻ると、いつもの自分の鞄だけを持って出て来た。
そんなアレトを伴い宿を出て、街を歩く。
「…………」
「…………」
会話は、ない。
俺の空気を察して、アレトも何も言わずについて来る。
街の喧騒も、今の俺の耳には届かない。
でも……そんな声がうるさく、煩わしく思い……気が付くと、俺は王都を出て荒野を歩いていた。
既に日が傾き、茜色の夕日が俺達を燃やすように照らしている。
「……兄さん、こんな所までどうしたの?」
「……アレト、今回お前は連れていかない。分かってるな?」
「っ……わ、分かってるよ」
顔は真っ直ぐに。でも目は背けるアレト。
……アレトは、本当に分かりやすい。
嘘なのが見え見えだぞ。
荒野の真ん中で振り返り、アレトを見る。
俺の胸の当たりまでしかない身長。
可愛らしく、幼い顔付き。
猫のように柔らかいくせっ毛。
誰よりも優しく。
誰よりも仲間を想う……俺の、大切な仲間。
そんな彼を、俺は、死なせたくない。
俺は目を閉じ、自分の心臓に鍵を掛け直し……感情のない目で、アレトを見る。
「アレト・バンス。これは俺の独断だ。あいつらは関係なく……俺の思いを……お前に伝える」
「は、はいっ!?」
「今日をもって、お前をクビにする」
「──ぇ……?」
アレトの目が見開かれる。
そんなアレトを見ても、俺の心は揺らがない。
「今までご苦労だった。金は出す。どこにでも好きな場所へ行け」
「ま、待って……待ってよセト兄さん!」
「兄さんと呼ぶのは止めろッ!」
俺は炎龍剣エクスと、星龍剣アークを召喚してアレトへ向ける。
明らかに、俺から向けられた敵意。
アレトの目に、絶望と失望の色が浮かんだ。
「お前のその甘ったれた態度にうんざりしていた」
──そんなことはない。
「お前の弱さに辟易していた」
──そんな訳ないだろう。
「俺達の強さに寄生し、それを当たり前とするお前に嫌気がさした」
──違う。アレトの力は俺達に必要だ。
「自分勝手で、弱く、俺達の手間を増やす存在。それがお前だ」
──自分勝手でいい、弱くていい。
「そんなお前が……!」
──言うな……言え……言うな……言え!
「ずっと……大っ嫌いだったよ!!!!」
…………。
俺も、アレトも、何も言わない。
無人の荒野に吹く冷たい風が、俺の肌を撫でる。
俺は今、どんな顔をしている?
無表情を保てているか?
嘲笑っているか?
憎しみに歪んでいるか?
悲しみに泣いているか?
その答えは分からない。
でも……俺からの完全な拒絶の言葉に、アレトの目から、一筋の涙が零れるのが見えた。
「…………僕は……僕、は……っ!」
アレトが、俺の横を通り抜けて走り去る。
王都とは正反対。
俺達から、逃げるように。
あぁ、アレト……生きてくれ。生き延びてくれ。
俺のことを嫌ってもいい。
俺のことを呪ってもいい。
恨まれてもいい、憎まれてもいい。
──ただ君が生きていてくれるなら。
◆◆◆
俺は知っている。
彼は本当に優しく、勇気を持っていることを。
優し過ぎる故に嘘をつけない。
クセで、嘘をつく時に必ず目を背ける。
その優しさを拒絶し、俺は彼を突き放した。
勇気があり過ぎる故に、どんな困難からも逃げずに立ち向かう。
その勇気を踏みにじり、思ってもない言葉をぶつけた。
俺は最低だ。
恨まれても、憎まれても、足りない。
いや……それこそ、俺のエゴなのだろう。
彼には生きていて欲しいというエゴ。
彼には死んで欲しくないというエゴ。
彼には恨まれてもいいというエゴ。
彼には憎まれてもいいというエゴ。
全部、全部……独りよがり。
本当、最低な男だ、俺は。
それでも……。
「生きろよ、アレト……」
生きて……生きて……力強く、生き延びてくれ。
ふと、天を見上げる。
夕日の沈み切った空には、俺の心情を映したように、漆黒の夜空が広がっていた。
◆◆◆
僕は知っている。
彼は本当に優しく、勇気を持っていることを。
優し過ぎる故に嘘をつけない。
クセで、嘘をつく時に必ず心を殺したような目になる。
その優しさに甘えた結果が、彼に思ってもない言葉を言わせてしまった。
勇気があり過ぎる故に、全ての責任を背負うような言葉を言わせてしまった。
その勇気に依存した結果、僕は今でも弱いまま。
僕は最低だ。
本当の優しさを持つ彼を……兄さんを、傷付けてしまった。
それもこれも、僕の弱さ故に。
自分の力の無さに失望した。
自分の心の弱さに絶望した。
自分の依存心に憎悪した。
自分の怠慢さに憤怒した。
全部、全部……僕の責任だ。
本当、最低な男だ、僕は。
それなら……。
「強くなるよ、兄さん……!」
誰よりも……誰よりも……!
ふと、天を見上げる。
夕日の沈み切った空には、僕の覚悟を映したように、満天の星空が広がっていた。
下部で評価をお願いします。
★★★★★