12
朝起きると、隣に居ない同居人。
机には、らしい、あっさりとした書き置き一枚で、
『ちょっと家に帰る』
と、その一文だけ。
ちょっと、と書いてはいたが、帰って来ない事は、あの男と過ごしたあたしには解っていた。
部屋を飛び出すあたし。頭の中はゴチャゴチャで冷静さを失っていて……ただガムシャラに走った。名前と顔しか知らず、携帯の番号も知らない同居人。そいつに、ただ、文句を言いたいが為に走った。
思えば。当時のあたしは、実家の事や将来の事で色々悩みがあったから気分転換に旅に出た……と思っていた。が、実際は、【探し物】をしていたのだと、走りながら気付く。
幼少期から、あたしは何かを探していた。人なのか、物なのか、場所なのか……雲のように形も無く触れられない何かを、闇雲に求めていた。
そうしてそのモヤモヤは……あの日長野であいつに会って以来、感じなくなっていた。
――走って走って走り続けて……あたしは肩で息をしながら、【その場所】で足を止める。
何故そこで? と問われれば、今ならば【縁に導かれたから】と答えられる。
そこは、やけに混んでいた。見渡せば、成る程、その日は【祭の日】らしくって。
『……あら? もしかして、イナリ? 春休みだからって京都からわざわざ【五色神社】まで来たの? 裸足で? 凄いわね』
『お前、ユエか? 何だお前そんな巫女装束何か着て……、ああ、そういや【神社の娘】って言ってたな』
ユエの親とウチの親同士が昔からの仲だというのでその関係で彼女との面識はあった。確か更に上に姉が居るとは聞いていたが……ん?
五色、神社?
『そ。で、今日はウチの例祭の日でね、大忙しなわけよ。さっき【数日家出をしていた主役】も帰って来て、余計にバタバタしてんの』
主役が……家出を?
『あ、もうメインの五色神楽が始まるみたいね。貴方も神楽殿まで見に来る? 忙しいんだけど、参拝客の案内って名目でサボれるし』 その時のユエの含み笑いは、【誰かさんの名残】を感じさせた。
曖昧に頷いたあたしは、ユエについて行き……そうして、見つける。
神楽殿に、一人の巫女。
袖と丈の短いミニ巫女装束を着て左手には【黄緑赤白青の細長い布】を、右手には【桜色のハサミ】を持ち優雅に舞っている。
周りの客も言葉を失う程に、目を外せない程に、惹きつけるその姿。
神楽神楽とは本来、神を楽しませる為に巫女が踊るという神事だ。なのに。あいつは、まるで自分が楽しむ為に動いているようで。
『あれは……あいつは、何だ?』
『ん? 件の主役よ。『踊るのやだ!』って理由で家出してた我儘な、ね』
『……そういう意味じゃなくって』
『ああ。【縁切り神社】であるウチの【神様】よ』
――ユエ曰く。
五色神社には少し前まで、【鋏】という名の一本のハサミがあったらしい。それはここの御神体。縁切り神社の御神体。
そのハサミは、祈れば、良縁から悪縁まで凡ゆる縁を切ってくれるという。数百年前からあるこの神社を支えた、【いわく付き】の本物。
が、ある日そのハサミは唐突にその力を失い、中身の無い、脱け殻のハサミとなった。
しかし……中身は、意外な所へと【移住していた】のだ。
『つるぎ様が居なくなった翌日――今あそこで踊ってるあの子が丁度生まれたの。【つるぎ様の力を宿して】、ね。そうして、あの子はつるぎ様の名を引き継いだ』
『……、今の話は、本当か?』
『ふふっ。この神社に訪れた人みんなにこの話はしているわ。【そういうストーリー】があった方が、色々と面白いでしょう?』
『嘘だ、とは言わないんだな』
『話は微妙に違うけどもね。あら――その顔。成る程、貴方だったのね。ここ数日、私の【兄に】振り回された可哀想な人は』
『…………』
『あんまりあの子を見ない方が良いわよ。目でも合って、魅入られたりでもしたら大変だわ。ほら、浦島太郎とか輝夜姫とかの昔話でよくあるじゃない。――【世の理から外れた者】に関わると、戻れなくなるわよ』
あたしは……鋏から目が離せない。ふと。鋏が踊りながらこちらに気付いて――パチリとウィンクをした。
『あらら。どうやら手遅れだったようね』
すぐ隣から、ため息が聞こえた、気がした。
「ムニャムニャ……あー、来てくれたんだーイナリー」
ハッと、あたしは意識を起こす。昔話を思い返していた途中で、半分夢の世界に入っていたようだ。
「見て見てイナリー、この神楽の振り付け即興なんだよームニャムニャ」
……なんだこいつ、まさか、あたしと同じ夢を見てるってのか? ……こいつならあり得るなと思いつつ、乱れた鋏の布団を戻す。
あの日。何故、鋏はあたしに『目を付けた』のか。
こいつがあたしに構ってくる理由を、未だにあたしは解っていない




