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「ぅぐぅっ……」
呻き声がして、目が覚めた。
視界の先にあったものを見て、より目が醒めた。
五色鋏。
鋏があたしの目の前で呑気に寝息を立てている。
まるで、自分の布団で寝ているように私の部屋のせんべい布団で、警戒心皆無の綺麗な寝顔。
呻き声など上げる表情ではなく、必然的に、自分の呻き声で起きたのだと気付く。
体を起こすと、途端、倦怠感が襲ってきて、まるでこの部屋だけが重力十倍かと思うような鈍さを感じた。
「……また、やっちまった」
またやっちまったと、薄暗い部屋の中、掌で顔を覆う。
自分の格好は……下着姿……まぁ、『全裸』だった前よりはマシ、か?
こいつの事だ、おかしな真似はしてないだろう……が、それもまた、モヤモヤした感覚にさせる。
「……うげ」
ふと口内に苦甘い不快な後味。鋏の奴、歯でも磨いてくれたんだろうが、よりによってあの歯磨き粉を使うとか……おかしな真似しやがって。
「うーん、さむぃー」「ッッ!?」
不意に鋏に、起こしていた半身を再び布団へと引き戻され、
「んー、温い温い」「おまッ、起きてんだろ……!?」
それから、あたしを抱き枕代わりにくっついて来る。問い掛けに反応はなく、また規則的な寝息を立て始めた。
「はぁ……」
眠気など既に無い。こいつのスキンシップにはいつまでも慣れない。
「ふた月振り、か」
呟いたのは、今の状況を表した言葉。
ふた月前――あたしは、鋏と『一週間ほど同棲していた』。
出逢い。
出逢った日の事は、忘れようもない。会話すら鮮明に思い出せる程に、あの出逢い方は強烈だった。
何せ、『爆死』から救われたのだから。
――春休みの時だった。
当時、実家のある京都に住んでいたあたしは、ふと一人旅行がしたくなり、高速バスでなんとなしに東北を目指していた。
だが途中、長野県某所のパーキングエリアにてバスに乗り遅れてしまい(普通は待ってくれるらしいが)、後続のバスを待つのも面倒臭くなって、止む無く、本当に止む無く、携帯で調べて一番近くにあったペンションで一泊する事に。(パーキングエリアで一夜は嫌だった)
そのペンションは、冬になればスキー客で賑わう人気の宿のようで、食事も美味しくリピーターも多い所らしくって……いや。
あたしは必死にビジネスホテルを探したのだ。
そんな『いかにも事件が起きそう』な場所よりかは、静かなビジホをと探したのだったが……結局どこも満室で、そこしかなかったのだ。
――何故、毎度こんなに気を遣わなければいけないのだろう。
何が【探偵体質】だ。あたしは……だから昔から運命論だとか縁だとか占いだとかいう胡散臭い言葉やモノが嫌いだった。未来は憂鬱だった。
忙しない日々こそ尾裂狐の女の運命、と母は言っていたが、到底納得は出来なくって……でも……こんな悩みも、後に【些細なもの】と思えるようになって気にしなくなるのだけれど。
……話を戻そう。
宿に居た人間は当時十人ほど。
カメラマンやサラリーマン、大学生の男女、中年夫婦のオーナーに二十代の従業員らなど年代は様々で……私は極力その者らとの交流を避けた。
が――嫌な予感は的中するもので、案の定事件は起きた。
突如、玄関近くの談話室で見つかった【バラバラ死体】。
騒ぎ出す宿泊客と従業員達。
あたしの見た感じでは欠員は無い。
つまりは知らぬ誰かの死体。
あたしは即座に言った。
『こんなん付き合ってられっか! あたしは部屋に籠るっ!』
と。
例え、犯人が今居るこいつらを皆殺しにして部屋に来るなら逆に返り討ちに出来る自信はあったし、何より、事件に関わりたくなかったのだ。
だがそうは問屋がおろさず、あたしの存在を知っていたらしい女従業員が、
『この子あの有名なJK探偵だ! どうにかして!』
と縋って来た。この展開を避けたかったってのに……もう犯人の目処はついていたが……事件などどうでも良い。
この状況からどう脱しようかと、あたしが推理よりも頭を巡らせていた、その時だ。
あいつは現れた。




