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話をしつつ、車は二〇分程走り……僕達の町から少し離れた市内へ到着。学生には入り辛い少しお高めのファミリーレストランへと入店し、店員から案内された席へ。
「よし……パフェ食べたいっ、ポテト食べたいっ」
「お好きなのをどうぞ」
お言葉に甘え、食べたい物を注文。目の前の相手は社会人、遠慮なく奢って貰う。商品が来るのを待っている時、僕はふと思い出し、鞄を漁って、
「はいモガミ、お弁当ご馳走さん。美味しかったよ」
「はい」
お弁当の包みを受け取ったモガミ――学園の実習生こと戸沢モガミは クスッ 小さく微笑んだ。生徒は殆どお目にした事がないであろう表情。
「あ、今度はアレが食べたいな、ほら、君の地元で有名な肉そば」
「お弁当にそば……出来なくも無いですが……水筒にツユを……」
一人ブツブツ考え事をしているモガミを見ていた僕だったが、その内に商品が来たので無視して食べ始める。佐藤錦パフェうめぇ! ポテトうめぇ!
「……口の端、ベタベタですよ」
手を伸ばし、モガミは純白なハンケチで僕の口を拭う。無防備な首元から覗く肌色の谷間。ううむ、ゆさゆさ揺れて重そうだなぁ。
「もごご、テーブルにある紙ナプキン使えばいいのに……でもありがとっ。はいお礼ぇ」
今度は逆に僕が手を伸ばし、ケチャップを付けたポテトをモガミの口に突っ込む。不意打ち気味だったからか少しのけ反った彼女の唇に掠めるケチャップ。口に入ったポテトをゆっくり咀嚼し、ペロリ、唇を舐める彼女の仕草は、僕には見慣れた艶めかしさだった。
――その後。
ファミレスに学園の生徒が来店して来るというプチハプニングを――隠れるのではなく敢えてこちらから絡みに行くという逆転の発想等で――何とか乗り切り……
再び車内。
「もう、別に学園の生徒と鉢合わせしたからって慌てる事ないのに。ウチの学園は生徒と教師間の交流割と自由でしょ。モガミは実習生だけど」
「……だからと言って、周りの目は気になります」
ビビリだなぁ、堂々とすりゃいいのに。
「……、この後……ウチに、来ますか?」
エンジンをかける前、ハンドルを握りながら上擦った声で訊ねて来るモガミに、『視線で』答えると、
「……では、そういうことで」
心を読んだ彼女は車を発進させた。
そう、彼女には他人の『心を読む』特技? 超能力? 異能? がある。これで人付き合いが捗る捗る。そこまで『大した力』だとは思わないけど。
移動中、僕は家の人間にスマホのメッセージアプリにて、
『妹ちゃん お兄ちゃんは今日は女の子の家に泊まるよ ウチの奴らに伝えといてね☆』
数分後。ピロンとメッセージを受信して、
『鋏が帰ってこないとウチのクソお姉さまがうるさいんですけど?』
よしよし伝わったな、と満足した僕はアプリを閉じた。同時に、モガミの住む(二つの意味で)お高めなマンションへと到着。
――それから。
部屋の中でダラダラと――モガミの苦手なホラー映画等を見て――過ごしたり、本格的な中華料理の夕食をご馳走になったり、お風呂も頂いたりして……
就寝前の洗面台の前にて。
「おっ、洗濯機横の籠にブラが! デケェ!」
「広げないで下さい(バッ)全く……急に泊まると言われて困惑しましたが……寝巻きやら替えの衣類やら歯磨きセットやら……まさかここまで準備が良いとは」
既に寝間着であるピンクのパジャマを着たモガミ――コンタクトを外し眼鏡バージョン――が感心したような呆れたような表情をするので、
「常に家出可能な準備はしてるんだ。よくフラフラ色んな人ん家に泊まるし」と僕は説明しつつ、お気に入りの歯磨き粉を取り出す。
「見た事のない商品ですね」
とモガミが興味を持った様子なので、彼女の手にある歯ブラシに勝手にブチュっと。
「別に試してみたいとは一言も…………ムゴ」
ケホケホと可愛らしく咳き込むモガミ。
「にゃんへふはほれふほふまふい……」「聞こえん聞こえん」
涙目のまま彼女は口を濯いで、
「なんですかこれ……甘苦……凄い、言いようのない不味さなんですけど」
「ふぅ、君もその反応か。僕は好きなんだけどもなぁ」
この癖になる独特の香味というか風味というか。
――さて。歯も磨き終わったし……寝るか。ベッドは一つ。ソファーは一つ。
迷わず僕は「とぉ! (ポフンッ)」ベッドを選ぶ。
「初めて来る相手の部屋での行動では無いですね……では私はソファーに」
「世帯主がソファーっておかしいだろぉ。早くベッド来いよ、クイーンサイズだから余裕だろぉ(ポンポン)」
「その態度もおかしいでしょう……」
唇を尖らせつつも、モガミは恐る恐るといった感じで寝転がる僕の側へ。同じシャンプー類を使った筈なのに、やけにアダルティな香りがフワリと鼻をくすぐる。
部屋の電気を消して……
「えいっ」
と、モガミを抱き締める。体はガチガチだ。ここまでウブとは本当に成人か。
「なんというか……慣れていますね」
「女の部屋にはよく泊まるからね。でも、ほら」
モガミの頭を僕の胸へと押し付けて、
「僕だって、柄にもなくドキドキしてるから」
夜は――いつもと変わらず、更けていく。
◆ ◆ ◆
暗い部屋。橙の常夜灯だけの淡い光。まだ止まぬ雨音。
……、……見慣れた天井。なのに、自分の部屋では無いような錯覚。
「すぴー、すぴー」
私の隣では、彼が、可愛らしい寝顔を晒している。年下の彼。大学生と、高校生。
二人きりの時は、プライベートでは、この部屋の中では、果たしてこの関係をどう呼ぶのだろう。
私は――硬い人生を歩んできたつもりだった。『幼少期の記憶は無い』が、それでも、記憶している範囲では、お硬く生きてきたつもりだった。
遊びも覚えず、異性とも触れ合わず、勉学やスポーツに打ち込んで来て……自分でも、何故そこまで己を高めているのかという理由も分からず、生きて来た。
そんなある日の事。
大学生の私は、サークル活動――風土研究――の旅行で、長野のとある村を訪れていた。その村には変わった土着信仰があり、奇祭も行われているという事で、大学の友人と共にその村に行った。
そしてその奇祭にて……私は『命の危険に晒された』のだが……それを助けてくれたのが、彼、鋏さんだった。曰く、本人は『キャンプに来ていて偶然見つけた』と、『そういう縁なんだ』と話していたが……兎に角。
私はそんな彼と出逢い、気付いたのだ。初めて逢った筈の相手を見て、思ったのだ。
――私が今日まで高みを目指していたのは、鋏さんに並ぶ為だったのだ、と。
根拠など無い。形容も説明も出来ない事など、真面目な私が嫌う事なのに、私は、そう直感した。
贔屓目に見ても、鋏さんは『見た目以外』普通の男子高校生だ。勉学も運動も並……なのに……纏う空気は『異質』の一言。
共に奇祭に巻き込まれた大学の友人が前に熱っぽく語っていた。
『ツル君は神様だから』、と。
私はその説明を、違和感無く受け入れられた。
神に並ぶ為に、私は生きて来たのだ。
生きていくのだ。




