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「この鋏もですね、元は椿蓮華さんを戒める為に創ったようなものなんです」
本来は赤い糸で結ばれていたらしい蓮華さんと縷々子さんだったが、度重なる彼の節操の無さに業を煮やしていた彼女は、鋏を創り、自らや他の女性との縁糸を切って更には黒縁糸塗れにしたとの事。
(成る程、だから、か)
と納得する私。蓮華さんのライブ時、蜜さんの鋭い眼光に気を取られていた私だが、実はもう一つの強い視線を受けていて……それは、紛れもなく『今の縷々子さん』からのだった。蓮華さんの私に宛てた友達申請に、嫉妬したのだろう。
「彼が反省したら直ぐに戻すつもりだったんですけども、その前にちょっとした仕事で『過去のこの地域』に行く機会があって……後は大凡〈五色神楽〉の通りですよ。私が鋏を無くしちゃった後、それを前世のお兄ちゃんが拾って巫女を助けた。最後まで見届けては無いですが、そんな感じだったのでしょう」
スク水や羽衣も元は彼女の私物らしい。ポロポロと過去に落とし過ぎだとは思うが。
「……今更ですが、良いんですか、この人通りの多い所でそんな大それた話をして」
「問題なしですっ。他の人には電波な会話をしてるようにしか見えないし、そもそもほら――誰も居ないでしょう?」
「は」
……、いつからだ。賑やかだった筈の中庭、なのに、今は人の気配がない。耳鳴りがする程の静寂。
「人除けさせて頂きました。少しは天使という存在、感じて貰えましたか?」
確かに堪能した、それはいい。しかし……何故このタイミングで、私に秘密を話した?
「いずれ糸さんが私の身内になるかもだから、です」
――私の心を読んだかのような返答。
「お兄ちゃんは私の創った鋏の所為で苦労しました。糸さんの『力』も、元は『瀕死の巫女に分け与えた力』が糸さんに覚醒遺伝した結果です。謝って済む問題で無いのは解ってます。――なので」
チョキリ
え?
「勝手ではありますが、糸さんには選択肢をして頂きます。このままの生活を続けるか、一般人として再スタートするか。後者を選んだ場合は、漏れなく『紡ぐ力と見える力』を切り離し、他諸々の微調整も保証しますの。……では」
縷々子さんはその場から離れて行きつつ、
「個人的には。半端な気持ちでお兄ちゃんの側に居るのでは無いと望んでます。まぁ小姑のお節介と思って今回の件は軽く考えて下さい。それと」――振り返り、笑顔。
「今の私はルーですが、縷々子の方は何も知らないので、イジメないでくださいねっ☆」
……、…………っ!
座ったまま、数秒眠っていたかのような感覚。
何事も無かったように周囲の喧騒は戻り、縷々子さんの姿は消えていた。
「縷々子の奴め鋏をコケにしおって!」
――ハサミの姿をやめ、怒りの形相を見せる鋏。
「鋏の自由を奪い且つ全盛期の力を引き出したのは流石鋏の創造者と褒めてやるが図に乗り過ぎたようだな! 即仕返さねば腹の虫が治まらん! ……貴様何を惚けた面構えで立っておるのだ! 早くせんと『切られた蜜との赤縁糸』を紡げなくなるぞ!」
手を差し出して来る鋏のその必死さは、意外だった。
「貴方や蜜さんは……縷々子さんの正体を知っていたのですか?」
「知っとったら何じゃ! 今はそんな些末事はどうでもいいじゃろ! 早く鋏の手を取れ!」
「一体何を」
――手を触れた瞬間、私は理解する。欠けていた部品がカチリと合わさる感覚。
「……蜜さんと私の縁を切るのが目的では無かったのですか?」
「ふん、見誤るなっ、その結果は鋏が齎さねば意味など無い! 兎角、早急に終わらせるぞ! 鋏とてお前などといつまでもこうしていたくはない!」
触れていた手をあちらから強引に握り締められる。
瞬間、私の体から感覚が消えて……




