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『今は昔。この地にあった村に一人の美しい少女と、恐ろしい大猫妖がおりました』


母さんに渡されたマイクで、私は台本を持ちつつ前口上を始める。一般的な神楽は神楽歌・舞と共に物語が進められていくが、五色神楽は語り部・演者の動き・演奏のみという演劇に近い形で進行する。他の形式もあるらしいが、こちらの方が一般客にも取っ付きやすいだろうという学園長の判断だ。


『この猫妖、週に一度村を襲いに来る困ったやつで、村人達はどうにかせねばと頭を抱えておりました。ある日、猫妖は言います。この村で一番美しい女を差し出せば勘弁してやる、と。村人達は話し合い、猫妖に従う事にしました』


舞台上には、およよと泣き崩れる仕草をする樒さんと、猫の着ぐるみ姿(何故か昨夜より大きくなってファミリーカー並の体躯)で獅子舞のように大仰な動きをするぽおる学園長。悲壮感のある笛や太鼓の演奏が、境内に木霊する。


『そして運命の日。人身御供となった少女の前に猫妖が現れ、大口を開けて少女を一飲みしようとした、その時――それは天啓が如く現れました』


フワリ、羽毛のように空から下りて来たスク水蜜さんに、客席から驚嘆と黄色い声。あの羽衣には飛べる力があるらしい。原理は深く考えない。


「その者こそ天の使い。気紛れで少女を助けに来たようです。天使と猫妖、目が合った瞬間、両者の拳が交わります。その戦いは壮絶でした」


私の語り通りに二人はオラオラァと拳やキックのラッシュ。学園長は四足から二足立ちになり四メートル程の体躯からミサイルのように降り注ぐ重いラッシュを――一方の蜜さんは間近まで接近し相手の顔の高さまで浮いてのマシンガンラッシュを展開している。


この場の二人の動きはアドリブだ。が、どちらもその目は真剣であって、演舞らしい動きをしつつも神楽中というのを忘れてそうである。演奏も激しいロック調になり、


「蜜! そいつを捻り潰すピョン!」


と本業を放っぽいて応援に来た卯月さんも含め観客の盛り上がりは最高潮。虚弱少女設定の樒さんが今にも参加したそうにウズウズしているから、神楽がおかしな方向になる前に早く次の展開を語ろう。


『ぐわ〜やられた〜と、遂に天使は猫妖を打ち破ります。そそくさと逃げ去ろうとする猫妖。しかし、せめて味見だけでもと猫妖は少女に噛り付きます』


噛り付いた、と語った私だが、対して学園長は樒さんをパクンと頭から『丸呑み』。これには樒さんも予想外だったらしく外に出てる脚をジタバタさせ抵抗するも、次第に動かなくなる。なお蜜さんに助ける素振りは無かった。ペッと樒さんを吐いてスタコラと舞台を降りる学園長。唾液まみれでピクピクと痙攣している樒さんに、思い出したように蜜さんが駆け寄る。


『え〜……深い傷を負った少女、このままでは息絶えてしまいます。――と。天使がおもむろに、頭につけていたハサミを少女の胸元に置きます。するとハサミは輝きを放ち――少女の傷は癒え、意識を取り戻しました』


意識の戻らない樒さんに蜜さんは『ペンペン』ビンタを繰り返し、漸くハッと目を覚ます彼女。


『天使の神通力によって九死に一生を得た少女。しかし、再び猫妖が来たら? という不安が過ぎります。が、心配要らないと天使は微笑み、チョキリ、ハサミを動かします。これで君と猫妖の縁は切れた、そう言って天使は羽衣を揺らし、仕事は済んだとばかりにその場から飛び去って行きました』


ふわりふわりと蜜さんはその身を上昇させ、舞台から降りる。新手のワイヤーアクションかと観客らは考察している様子だが正解者は出ないだろう。


『少女は天使の消えた方を見つめ、礼を言えなかったと途方に暮れます。ふと、足元にハサミが落ちているのに気が付きます。持ち手が桜色の……正に今さっき天使が使っていたソレではありませんか』


樒さんは落ちている鋏を拾おうとするも、鋏はスススッと離れて行く。追い掛けて、離れる。その繰り返し。まるで氷上だ。あ、樒さん諦めた。


『少女は心に決めました。あの天の使いがこのハサミを取りに戻るその日まで私が預かっていよう、と。少女は神社を作り、ハサミを祀りました。もし私の代が無理でも次の世代に引き継いでいって、何れ天使が来た際にはその子孫に代わりに礼を言って貰おう……そんな事を考えながら、その日も少女は境内を竹箒で掃くのでした』


……、一拍置き、私は観客に頭を下げる。直ぐに五月蝿い程の拍手で返された。


舞台上にキャストが集合し、更に大きくなる拍手。見れば、蜜さんと縷々子さんのお母様も客の中に居て……蜜さんが何処か張り切っていた意味を理解する。


満たされる何かを感じつつ――ふと、自分が途中から台本を読まずに語っていた事に気付いた。

この神楽の台本は昨晩一度流し読みしただけ。私は覚えの良い方でもないし覚える気も神楽の内容も知らなかったのに、口からスラスラと言葉が溢れていた。


まるで……『自分が体験した事』のように。

視線を感じた。蜜さんでも無く、樒さんでも無く、縷々子さんの視線。彼女は微笑んでいた。

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