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此方の了解も得ずギュッと私の服を掴んで寝入る蜜さん。その寝顔を見つめていると――私の両手が意思に関係なく伸び、彼を抱き締めた。サラサラの髪の毛は心地良く、甘い香りが心を乱す。
このまま私自身も寝入ってしまいそうだ。蜜さんを起こす事無く朝を迎えれば、面倒な事になるだろう。だが、それでもいいと思う私が居る。
蜜さんを助けられず後悔する私と、今の結果を正解だと思う私……消えてしまいたくなる程の吐き気と、満足感……それが同時に存在するという歪さ。
瞼を閉じる。もし全てが終わるならば、せめて、このまま――
「ハッ。男の家で欲情とは下品な女よの」
微睡んでいた意識が一瞬で覚醒する。だが私は首も視線も動かさない。相手が誰で、どんな表情を浮かべているかは容易に想像出来るから。
「……何の用ですか、こんな深夜に」
「ふふん、開き直るか。まぁ都合がいい。声を荒げられて、寝入る蜜を起こしたくはないからな」
その落ち着いた態度に、腸が煮えくり返り、顔が熱くなるのを自覚する。
「よくもそんな相手を想うような台詞を……そもそも一0年近く前、五色神社を訪れた蜜さんの『縁糸を切った』のは貴方でしょう?」
「そうじゃよ?」
――悪びれるでもなく認める鋏。疫病神。はじめから、コイツは信用ならなかった。全ての元凶の癖に、どんな神経で彼の近くに居るのか。
「別に言い訳するつもりも無いが……縁糸を切る件は、前世の蜜から了承を得ている。蜜は前世でも浮気性での、じゃから死の間際『来世で会えるならば好きにしていい』と契を交わしておる」
それで、最低限の縁糸以外は切った、と。成る程、人恋しくなるよう運命付けられた蜜さんからすれば、鋏のようにベタベタまとわり付く少女は、さぞや嬉しい存在だろう。……疫病神め。
「そんな、彼の人生を良いように弄んだ上で好意を寄せられて、嬉しいのですか。どうせ、彼にも真実を話して無いのでしょう?」
「ふん、お前は蜜の事を何も解ってないのぉ。勘の良いコイツじゃ、打ち開けずとも鋏の思惑など全て察しておるわ。逆に、解った上で鋏を利用し振り回す男じゃぞ。何も変わらん」
「ムニャムニャ」
……呑気に私の胸に涎を垂らす蜜さん。約束の五分まで、あと一分程。
「お前も大変じゃの、蜜に振り回されて。まぁ安心せい。鋏の力が完全に戻った暁には、蜜と繋がる『お前や猫娘からの赤い縁糸』、切ってやろうて」
……、鋏は、縁糸をなぞるだけで、その縁糸を持つ【者・物】同士の『終着点』まで読み取れると蜜さんが言っていた。この疫病神は……一体どこまでの先を見据えて発言しているのか。
「さて、用は済んだ。早く蜜を返せよ」
――鋏の気配が消えると同時に、約束の五分に。彼の肩を揺する。
「んん~? んふぅ……よし、充電完了。じゃあ戻るね糸さん、おやすみっ」
「はい」
そうして蜜さんは自分の部屋から出て行く。私は体を起こし、乱れた髪とシャツ整える。眠気は既に無い。ふと寝起き特有の尿意を覚え、トイレへ向かう事に。




