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「ある日をキッカケに親子の縁が切れた僕と因幡家だけれど、完全に僕が『居ない者扱い』ってワケでは無かったんだ」
蜜さんの話によると、その後も蜜母さんは彼の分の食事も作り、洗濯物も洗い、服も買ったりしてくれたらしい。但し、因幡家の人間にその行動をおかしいと思う自覚は無くって――
「結局母さんは最後まで僕の存在を認識出来なかったけれど、それでも身の回りの事は全てやってくれていた。服は『似合うから』と昔と同じように女物を成長に合わせて用意されたし、その女子制服も同じ理由で取り寄せたんだろうけど……。不思議だよね、こんなケースは滅多に無いと、鋏も言ってたよ」
蜜さんが『鋏のパートナーの生まれ変わり』だから因幡家に鋏の力の耐性が僅かにあったのか、家族の絆とかいう謎のご都合主義か……本来【青か赤の縁糸】を持たぬ者で無い限り起きない現象に近い。
しかし結果的に、そんな中途半端に優しいご都合のお陰で、彼は完全には歪まなかった。
「だから、前にも言ったように僕は君が思う程【悲劇のヒロイン】でも無いんだ。振り返って見れば、小学も中学も少しだけこっちの高校も、ただボッチで過ごしただけの男だよ。そうやって、根暗な僕が出来た」
彼の話は簡潔に終わった。この話をしたのは私で【二人目】らしい。先に聞いたのは誰なのだろうと思いつつ、頭の中では【あの女性】が浮かんでいた。
「しっかしなぁ。鋏から聞いて覚悟はしてたけど、予想以上にクるもんだね。『再び縁が繋がっても、前の記憶は無い』……無視されるよりも、リバーブローのようにジワジワ効いて来る」
珍しく弱音を吐く蜜さん。彼の言う通り、全て都合が良いワケではない。これは彼が五色神社に来て二日目の朝、寺大工三兄弟関連でも確認した現象だ。
だが。思い出を忘れられては居るが、因幡家の二人からは蜜さんに対して『特別な思い』を感じる。すぐにファンになったというのもソレだ。〈血縁〉はどうあっても切れない。抜け道があるならばソコだ。それが、彼にとって喜ばしい事なのかそうで無いのかは、彼にしか分からないが。
「でも、引っくるめて見れば今は満たされてる。感謝してるんだよ? 大体が五色家の、糸さんのお陰だから」
「っ……、やめてください」
――唐突な言葉に、目頭が熱くなってくる。感謝はやめて欲しい。
私はあの日神社で、蜜さんを見捨てたのだ。私が逃げなければ、蜜さんの今は変わっていた。縁糸で私と繋がっていたにせよ、別の形で出会っていた筈。非難されこそすれ、感謝される資格などないのに。
「いやぁ漸く言えたよ、感謝。……ふぁぁ。ちょっとだけ……五分、経ったら起こして」




