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「「行ってきます」」
「はい行ってらっしゃい、蜜ちゃん、糸」
ママさんに見送られながら家を出る。
朝から神社から登校とか縁起が良さそう。
生憎曇り空だが。
スカートは想像通りの風通しの良さですぐには慣れない。
一〇月の朝はこんなに寒いのに、糸さん含め世の女の子はよく平気な顔で歩けるなと尊敬する。
明日からタイツでも履かせて貰おう。
「……おや? この神社って、【ウサギ】飼ってんすか?」
鳥居の周辺にはピョンピョンと動き回る数匹のウサギ。
毛並みも良く、野生には見えない。
「……? いえそんな事は。どこぞの誰かの飼うウサギが脱走してるのかもしれません。対応は母さんに任せましょう」
「縁切り神社にウサギ要素も加えれば、お客さんも増えるかもっすよ?」
「流石に盛りすぎでしょう」
ウサギらに見送られながら鳥居を抜け、長い石段を下り、国道沿いに出る。
「因みに、近くには『猫の集まる』アパートもありますよ」
「サファリパークみたいな町っすね」
――と。
「嬢ちゃん達、ちょっといいか?」「ナンパじゃないぞ」「お腹痛い」
バッタリ、昨日の作業員トリオと遭遇。
朝からまた逃げる羽目に? とか考えていると、
「嬢ちゃん今神社から出て来たみたいだが、もしかしてこれ、嬢ちゃんの財布か?」
と、兄ちゃんの一人が僕に財布を手渡して来る。
確かに僕のだ。
逃げるのに夢中で落としたのに気付かなかった。
「いやぁ気付いたら昨日神社に居て、手にそれを持っててな。気ィ付けろよ! あと髪飾り可愛いぞ」「あ! お前何言って!」「やべぇこの感じ大きい方だ」
そうしてサッサと兄ちゃんらは去って行った。
「……あの三人だったんですね、昨日蜜さんを追ったのは」
「糸さんのお知り合い?」
「彼らはこの辺りでは有名な〈寺大工三兄弟〉。文句を言いつつボランティアに積極的だったり、横断歩道で老人を誘導したりと……強面な見た目で勘違いされがちですが、町では愛される存在ですよ」
「成る程。……あれ? というか、昨日縁を切って貰ったのにまた彼らと会うものなんすね。それに、何か僕の事を憶えて無かったような?」
深い意味など無い僕の疑問に、しかし何故か糸さんは明後日の方を向いて、
「生きていれば再び縁が繋がる事も、縁を忘れる事もありますよ。……それより蜜さん、貴方のその【髪飾り】って、まさか」
誤魔化されたような気がするがまぁ良いとして、
「髪飾り?」
と頭に手をやる。
あの作業員らも言ってたが、僕がそんな物を付けた覚えなんて――
『カチリ』、指先に何かが当たる。
取り外し、ブツを見ると……【ハサミ】。
ソーイングセットの中に入ってるような小さなハサミがくっついていたようだ。
というか、この形とデザインと感触は……
「ウチの鋏、持ち出したのですか?」
「まさか。僕の髪を弄ってた糸さんの仕業じゃ?」
「理由がありません」
「ですよね」
と頷くと、同時に携帯の着信音。
鳴ったのは糸さんの携帯のようで、
「はい、はい。はぁ、分かりました。……母さんから『鋏様そっち行ってる? なら今日はそのまま持ってて。ウチもお休みにするから』と」
「はぁ。しかし『行ってる?』だなんて、まるで鋏を【生き物】のように扱ってるんすね」
というか、神社にも閉店の日があるのか。
「【神】なので、あながち間違いでも。私も戻るのが面倒なんで、このまま母さんの提案を受け入れましょう」
携帯をしまい、糸さんは先を行く。
フワリと風に舞う彼女の髪から甘い香り。
同じシャンプーを使った僕からも香ってるであろう事実に、少し、気持ち悪くなった。
「昨日の、そして今貴方にくっ付いている状況から、鋏は貴方を気に入ってる様子です。朝に言った『鋏の被害』の心配は皆無でしょう」
「このハサミ、勝手にあっちこっち行っても驚かれないぐらいのオカルト品なんすね。こわ」
「さぁ。少なくとも、私はその動く瞬間を見た事はありません。ですがその鋏なら意思を持って自動しても不思議無いです。一説では大昔、【天の使い】が五色神社付近で落としたのがその鋏という逸話も」
「ふぅん」
と僕は鼻から息を漏らし、鋏を前髪付近に押し付けた。
ピタリ、引っ付く鋏。
粘着面も磁力も無く髪に引っ掛かってるワケでもないのに……奇天烈な文房具ナリね。
「おっ! 糸じゃねぇか」
と。背後から女の子のハッキリと通る声。
反射的に振り返ると、そこには二人の――僕らと同じ制服を着た――学生が。
特徴的なのは、両者とも『同じ顔』で『同じミルクティー色の髪』な点。どちらも綺麗な顔立ちの少女らで、多分双子。しかし判別は楽そう。
片方は勝ち気な表情で長髪猫耳(ヘアバンド?)の【女子制服】、片方は眠そうな表情でボブカットの【男子制服】を着ているのだから。
アレか? 今向かってる高校は女子も男物を使用して良い所なの? なら僕も……、……いや、余計ややこしい事になりそうだから考えるだけ無意味か。
「おはようございます樒さん、沙羅さん」
「おぅ! 珍しいな、糸が他の奴と登校してんのは」
「はい。この方が件の転校生、蜜さんです。昨日からウチに居ます。蜜さん、彼女らはクラスメイトの白錆さん方です」
「樒だ、宜しくな、蜜!」
女制服の方が手を出して来た。いきなり呼び捨てとか馴れ馴れしいしうるさ……元気な人だ。まぁ不快感は無い。
「宜しく」
と僕も手を出し、
〈その女に近付くな〉
突然の声に、手が止まる。……今の声は?
糸さんに
『何か言った?』
と視線を送るも、彼女は『?』と素知らぬ顔。
それもそうだ、彼女の言葉を借りるなら『理由が無い』し、そもそも声は『頭の中』で響いた。というか、今の声は、確か、昨日のお風呂に居た――
「宜 し く な !」
グイッと、樒さんは有無を言わさず僕の事情など無視して手を掴む。憧れる位の強引さだ。
「ん〜? あれ、お前、もしかして……」
僕をジーッと見ていた樒さんが、徐々に訝し気な顔付きになり、その少し後ろに居た沙羅さんも『ふぅん』と悟ったような表情で……え、まさか?
「しき姉ぇ、そろそろ行くよ」
「あ? お〜。じゃあな二人共、先行ってるわ!」
間一髪。沙羅さんが切り上げてくれたお陰で樒さんの追求は免れた。先延ばしにされただけだろうが。
「……、あの双子は勘が良いですからね。まぁ、相手を意地悪に困らせる二人ではないので御安心を。因みにあの二人、さっき近くにあると言った『猫の集まるアパート』で同棲する双子なので、会う機会は多いと思います」
「ふぅん」
そういえば、あの双子の後ろを数匹の猫が着いて行ってたな。魚臭かったわけでも無いのに……不思議な二人だ。
「それより、先程は急に此方を見て、どうしたんです?」
「うん……ちょっとねぇ」
と言い淀みつつブローチと化した鋏を指先で弄っていると、糸さんの細まった視線がまた僕の小指へと向けられ、続けて、樒さんらが消えた曲がり角へと移り、
「――嘘」
と独りごちた。
「? ……えっと例えばの話さ、そんな勘のいい人らなら、関わらない方が無難かな?」
「……。やれるものなら、やってみて下さい」
何故か急に、彼女の声色が棘のあるものに。今の流れのどこに不機嫌になる要素が?
顔色を窺おうにも、学校に着くまで、糸さんは此方を見てはくれなかった。




