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風呂から上がり、脱衣所に戻る僕と鋏、それと樒さん。大人二人はまだ話があるらしく、もう暫く温泉に出汁を抽出するようだ。
「ほら、フキフキするよ鋏、動かないでぇ」
「ふきふき〜」
僕の前では幼児退行する御神体様の水分を後ろから拭っていると……フワリ……背中に柔らかい布の感触。
「ホラホラ、お前も動くなよっ」
樒さんが慣れた手付きでバスタオルを動かしていた。
「なっ! めすねこきさま、それはつるぎのしごとじゃ!」
「お前いつも怒ってんな。早く拭かねぇと蜜風邪引いちまうぞ?」
「むぐぐぅ」と鋏はすぐに押し黙った。僕の名前出すとチョロいなコイツ。
「ありがとう樒さん」
「気にすんなっ。……う〜ん、弟以外の男の体拭くのは初めてだが、男の体じゃねぇなぁ、弟と同じで」
樒さんがよく分からない独り言を漏らしつつ、時折柔らかなオパイを(無意識にだろうが)背中に押し付けてくる。考えたら僕は今、女の子にサンドされているのだ。風呂上がりで少し冷めた体が、内からポカポカしてくる。
「ほら鋏、次は髪だよ」
「蜜、お前もな」
「むぐぅ……なっとくいかん」
鏡の前の丸椅子に鋏を座らせ、その後ろにもう一つの丸椅子を置いて僕が座りつつ鋏の髪をドライヤーで乾かし、その僕の髪を樒さんが担当する。
【鏡】鋏 僕 樒 という安心の縦ライン。鏡に映る鋏の顰めっ面は、今日だけで何度も見たそれだ。後で労ってやらんと。
「たま〜に沙羅+シロロとも、風呂上がりにこんなフォーメーションになったりするんだよなぁ」
『コオオオオ』と二つのドライヤーの音の中、しみじみ呟く樒さん。なんか、
「なんかアタシ、弟の話しかしてねぇなぁ」
「うん」
思わず同意してしまった。
「いやいや、それも仕方ねぇんだよっ。昔つるんでたのは沙羅周辺だけだったし、アタシの人生は一0年近く止まってて最近再開を――あ」
樒さんの手櫛が一瞬止まる。
「はぁ、まぁお前らならいいか。蜜よぉ、誰かから聞いてねぇか? アタシとか沙羅に関係する変な噂話とか」
「噂……そういえば昨日、モノさんがお風呂で『死亡説』だの『沙羅女装説』だのどうのこうと」
「モノが、ね。じゃあ、大体正解だよ、それ」
「正解って?」
と訊き返すと、樒さんは持っていたドライヤーのスイッチを切って、
「アタシは小学生の時、一度事故で『死んで』、ひと月前に『生き返った』んだよ」
樒さんは話す……と言っても、殆どは彼女が弟である沙羅さんや、友人であるシロロさんらから聞いた話。
「沙羅は当然として、シロロもアタシと同じ島の産まれでな」
昔から皆のヒーローだった樒さん。その早すぎる死に、二人は納得してなかった。
校長の支援の元、人外の血が流れる二人は持って生まれた『力』を集結させ、樒さんを黄泉返らせようとする。
魂を呼び戻す行いは容易では無い。二人は長丁場を覚悟していた、が――結局、その集力を開放する機会は無かった。
「島の長がある日な、船を逃して帰れなくなった少女を家に泊めたんだ。その礼として、そいつはあっさりアタシを生き返らせた」
少女は名も名乗らず、その『礼』をした後、霧の様に消えた。
再び現世に舞い戻った樒さんは、すぐに帝釈学園へと編入する。
「理由は色々あるんだが、沙羅がアタシのフリして半年女装で学校通ってくれてたお陰で、スムーズに学生に戻れた。で……今は失われた分の青春を謳歌する傍ら、その少女の情報を得る為に、オカルト部として動いてる。今日、卯月さんに会いに来たのもそれだな。結局何も聞けなかったが」
樒さんが現在得ている情報はそれなりにある。
自分を生き返らせたのは【ルー】という名の〈天使〉と呼ばれる存在。過去現在未来全ての世界の『管理・調整』をする役割を持った〈集団〉らしいが、詳細は謎に包まれている。
(調整……天使……鋏……)
『諸悪の根源』だと言って、卯月さんは鋏に喧嘩を売った。しかし、さっき温泉で鋏の正体を話したにも関わらず、卯月さんはとくにその辺を突いては来なかった。言いたい事も思う所もあったろうに……戦いを通じて、僕と鋏の信頼関係を認めてくれたのかな。
「めすねこ。なぜ、みつにはなした。なぜ、みつになれなれしい」
黙っていた鋏が口を開く。「う〜ん」と樒さんは顎に手を当て、
「初めは単なる興味だ。一目会って思ったよ、何か弟に似て『ダメ男オーラ』を感じるなと。そういうヤツは放っとけないってか、弱いんだよアタシ」
このやろう鋏、同意するみたいに頷きやがって。
「で、さっき蜜の話を聞いてな、アタシとも境遇が似てるなって。ほら、同じ時期に『終わって』、最近『始まった』だろ? 他には居ない【同志】だなって」
「それが、りゆうか?」
「ああ。後は……単純に、今のアタシは他に居場所が無くってな。アレだけシスコンだった沙羅が、今は立派に女を侍らせてやがる。弟の世話をしてくれる奴が周りに沢山居るんだ。あいつらがちょっと眩し過ぎてな」
普段の元気な姿からは想像も出来ない、彼女の闇。
「それに引き換え、蜜の側はヘドロみたいにどんより暗い。『ここ』の方が、今は居心地が良い」
「褒められてないよね僕?」
漸く鋏の長髪を乾かし終えた僕は、ドライヤーのスイッチを切る。直後に鋏は振り返り、樒さんを睨め付けて、
「きさま、みつはそんな『つごうのいいおとこ』ではないぞ。きずのなめあいならほかをさがせ。こやつのやみは、しんえんよりふかい」
「何言ってんだっ。死んでたアタシに比べたら浅いだろっ」
ごもっともな指摘だった。そして同時に、僕も樒さんの気持ちを理解する。
駄目な奴は、同じかそれ以上に駄目な奴の近くに居ると、安心するのだと。
「てなわけで……今日から蜜はアタシの弟分だっ、よろしくなっ」
「どんなわけじゃ!」
姉が増えた。




