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「な、何やってんだ卯月さん! いきなり蜜襲うとか正気か! 今言ってた事は何だったんだよ!」
僕の代弁をしてくれた樒さんに、
「狙ったのは蜜じゃないピョン」
と卯月さんは悪びれる様子もなく。
「ふん、遂に本性をあらわしたなこの雌ウサギが!」
僕の体を使い僕の声で叫ぶ鋏。……今更だが、彼女は今、僕と『一体化』していた。
数日前、学校でテロと対峙した時以来の合体。
これも鋏の能力の一つで、体力の少ない彼女が任意の相手と交わる事により、その能力を十分に発揮出来るという裏技。屋根まで跳躍出来たのも、合体による身体強化の賜物である(因みに髪色が鋏と同じ『桜色』になるという申し訳程度の変化アリ)。
そして、相性が良いらしい僕らは、体の支配権の交換もスムーズ。
「本性を隠してたつもりもないウサがね。折角、蜜の意識が此方に向いてる時にお前だけ『潰す』つもりだったのに。命冥加な奴ウサね」
「命冥加ァ? それはコッチの台詞じゃ(パチン)」
指を鳴らすと――『バララッ』――下のマッチョウサギの杵が崩れ落ちる。
地面に散らばるのは、サイコロステーキのような綺麗な正方形の木材。
「次はお前がこうなる」
と格好つける鋏。だが、卯月さんは慄くどころかカラカラと楽しそうに、
「卯月にそこまで言える奴と会うのは久し振りにウサ」
「ふん。何故鋏を狙う」
「何故、か。まぁ、確かにキミとの個人的な因縁は無いウサ。会ったのも今日が初めて。――でも、卯月の良く当たる勘が言ってるピョン。『アイツは諸悪の根源だ』って、ね」
ビシッと指さされた僕(イン鋏)は黙り込む。数秒して「フゥ」と息を吐き、
「成る程な、貴様『良い勘』しとるわい。……鋏を毛嫌いする思いも、島で顔を合わせた直後から鋏に発していた殺気の意味も理解した。
だが。唾棄されようが怨嗟の声を浴びようが、鋏は蜜から離れん。黙って鋏らを眺めていろ」
「残念ピョン」
卯月さんが目を伏せた、瞬間、視界の端に『飛び込んで来るマッチョウサギ』をとらえて――
「オラァ!!」
しかし、直ぐに彼方へと吹っ飛んで行った。樒さんがドロップキックで蹴り飛ばしてくれたのだ。樒さんはくるりと華麗に僕の隣に着地して、
「何かよくワカンネェけど手ェ貸すぜ、蜜!」
「こんの雌猫空気を読め! 今は貴様如きが前に出て良い場面では無い! 命が惜しければ去れ!」
「それが助けてくれた相手への言葉かっ。つーか蜜、お前さっきから喋り方が」
「どうでもええじゃろ! 助力なぞ要らん! 身内以外は引っ込んどれ!」
「お前が身内面するなピョン。……樒ちゃん、君の蜜を思う気持ちは嬉しいウサ。卯月を敵に回してでもその子を護ろうとする胆力、素晴らしいピョン。……でもその前に。ウチの子(兎)を蹴り飛ばしたその先には、丁度屋外露天風呂があってウサね?」
「は? それが一体…………ッッ!!」
途端、走り出す樒さん。そういえば、露天風呂には【モノさんと沙羅さん】の二人が居るんだったか。あんなマッチョウサギが空から降って来たらパニックになるだろうなぁ。
「お前ら! アタシが戻るまで変な気起こすなよ!」
と言い残し、樒さんはこの場から去った。
〈ふむ。実際問題大丈夫かね、お風呂組のモノさんと沙羅さん〉
「鋏がさっき縁糸を見た限り、今日の所は『危機とは無縁』だったぞ。……それより今は、自分らの心配を、じゃな」
視線の先には、ウサギがズラリ。余所見していた間に、卯月さんのもとに集まってる集まってる。
それらがムキムキっと大きくなっていって……質量保存の法則など無視した平均身長二メートルはあるマッチョ軍団に早変わり。キモイヨー。
「蜜。服がふぁんきーな事になるが許せよ」
〈え?〉
と心の声で訊き返す僕だが、鋏は返事してくれず、おもむろに膝を折り『クライチングスタート』の姿勢になって、
「急いで決着着けんと鋏ら、格好悪い事になるからな。――『鋏流! 紙飛行機』!」
蜜鋏(蜜+鋏=みつるぎ)が屋根瓦を蹴り――――
『ドンッッッ』
音を置き去りにした。
両手を広げ、気ままに飛ぶその姿はまさに紙飛行機。
が、実際は戦闘機が如くうねりを発生させていて、マッチョウサギらがソニックブームで吹き飛ぶ吹き飛ぶ。
攻撃目標である卯月さんは、迫り来る僕らを見て……ニヤリ……微笑んだ。
瞬間、察する。彼女も『同じ世界を見ている』のだと。
ただただ(多分無策に)相手に突っ込む蜜鋏。
その体当たりをジャンプで悠々避ける卯月さん。
『ズザザ』
と滑り込むように蜜鋏は土の滑走路上に着地、取り巻いていた風切りの刃は竹藪へと流れ込み、一瞬にして竹材置場へと変えた。
――ゾクリ。
感じたのは背後から迫る『死』。
反射的に、身体は仰け反る(ブリッジの)体勢をとって――
「ウサギドロップス!」
顔面スレスレを大砲、もとい揃えられた両足が『ボッ!』とエグい音と共に通過。
何とか避けられたが、このドロップキックは少しシャレにならない。
お互い瞬時に体勢を整え、対峙する。
「……ちっ。アレを避けるかピョン。因みに、今のはドロップとロップイヤーを掛けていて」
「聞いとらんわ! やいこの雌ウサギッ、蜜の身体ごと吹き飛ばすつもりか!」
本当だよ、上半身が消し飛ぶどころの騒ぎでは無い。
現に、視界の数百メートル先――竹藪がさっぱりして奥まで見通せるようになった――にある隣山には『足の肉球型巨大なクレーター』が。
衝撃波だけでこの有様、樒さんのドロップキックとは次元が違い過ぎる。




