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天井。僕は天井を見ている。怠惰の間の天井だ。
ギャーギャーと部屋を震わす赤ちゃんの泣き声。
ヒョイと誰かが僕を覗き込んだ。卯月さんだ。卯月さんは手を伸ばし、軽々と僕を持ち上げた。
卯月さんに向けられた顔は、何も変わらない、柔らかい表情。赤ちゃんの泣き声がピタリと止む。
『ウピョピョ、偉い子ウサねぇ。まだ生まれたてなのに、既に卯月の威光を感じ取って静かに――痛い痛い! 耳を引っ張らないでピョン! ……うう、この子は大物になるウサねぇ。もう、名前はもう決めたウサ?』
『はい』
と、背後から聞こえたのは、間違いなく母さんの声で。
『沢山の人を引き寄せられるような、そんな子になって貰いたい……だから【蜜】にしました』
『それだとまるでその人達が〈誘蛾灯に集まる虫〉か〈餌を求めるカブトムシ〉みたいウサが……まぁ、君らしい命名ウサねぇ」
卯月さんは僕を高い高いする。キャッキャと、赤ちゃんのはしゃぐ声。
『良い男になって、今度は可愛い女の子連れてここに来るウサよ! 蜜っ!』
※※※
「ん。おきたか」
視界には天井と、可愛い女の子こと鋏。気怠かった疲れは既に無い。
「ふぁ〜、おはよう。僕どれくらい眠ってた?」
「たいかんてきには『いちじかん』ほどじゃが……そとではすうふんもけいかしてないじゃろうな」
「便利な部屋だなぁ、修行するにはもってこいだ。よいしょっ」と鋏の太ももから頭を上げ、立ち上がり「う〜ん」
と伸びをして、
「ふぅ。ちょっと外散歩しない? ここに居続けたらいつまでも五色神社に帰れないよ」
「となりには『ときのすすみのはやい』【ごうよくのま】があるんでなかったか?」
「うっかり浦島太郎になるのは勘弁」
「そうか」
と鋏は僕の手を取った。……改めて思えば、鋏と出会ってからこの二日三日、触れ合わない時間は合計で一時間も無いんじゃ?
くっつき過ぎだなぁ、と思いつつ、現状を変える気は微塵も無い僕なのであった。




