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1、ヒキニートに世界はたぶん救えない


「ああ、今週も神回だたな……」

 小学校高学年のある日に起きた事件以来、オレは迫害を受けてきた。女子からは遠巻きにされ、時折合う目線が蔑んでいることをハッキリと伝えてきた。男子には蹴られ、揶揄われ、持ち物を隠されたりだとかの典型的なイジメを受けた。

 それでも、唯一変わらずに仲良くしてくれていたクラス委員長の高田君は、裏ではオレを疎んでいた。

「先生から頼まれたから仕方なく話しかけているんだ」と。

 オレはそれを聞いて以来誰も信用出来ず、常に俯き、マトモに喋れずなんとか中学を卒業する頃には自分の部屋から出なくなっていた。視界の端に映る電柱の根元の草さえも憎く思うほど心が摩耗していた。

 元気に蕾を作りやがって。

「神木なんてちょっと可愛いだけじゃないか。よってたかってオレを悪者扱いしやがって……。クソ喰らえだこんな世界。ああ、嫌な事思い出してしまった……」

 ある時、オレの世界に転機が訪れた。それは、せめてもの慰めに、と母がオレの自室の前に置いていったテレビを点けた途端、視界に入り込んできた。鮮やかな色とメリハリの効いた線で表現された彼等は、数々の困難に立ち向かい乗り越えて行った。笑い方を忘れたオレを、時には笑わせてくれた。年頃の男らしい欲を思い出させるようなセクシーなシーンだって、そこにはあった。彼等は、オレを蔑まない。裏切らない。そんなアニメの世界に際限なくのめり込んでいった。

「うぇヒヒィ……。しかし、素晴らしいマイナたんの太もも……輝かんばかりの神作画ですなァ」

 最近特に気に入っているのは、異世界転移モノだ。普通の、それどころか冴えない主人公がある日突然異世界に行く羽目になって、現地人と交流しながらその世界に革命を起こす。それは文化の改革であったり、魔王が居るならばそいつを倒して平和を取り戻すようなことまで、様々だ。

 主人公達は斜に構えていたり、ひどく気弱だったり、決して優れていないという点がまたよい。

「あ、しまった。火曜25時からのプリティ・キャミソール略してプリキャミの円盤予約してないっ!たしか今日から発売だたハズ……。今行けば特典のカナエちゃまステッカーが貰えるのだ……」

 いつか自分も。そう思ってしまった事も多々ある。新しい環境で自分の存在意義を見つけるだなんて、夢見ないはずがない。そして思うのだ。踏み出さなければ夢など有って無いようなものだ、と。

「そうだ。勇気を出すのだ。オレ!家に籠っていては、天も見つけられまいよ」

 去年いつか使う日が来るだろうと通販で買っておいた、秘蔵の格好良いリュックサックに、年季の入った(ヴィンテージとでも言うのだろう)財布と、小型冷蔵庫から取り出したペットボトル2本、それから、携帯とバッテリーを入れる。服装も丈夫かつオレの良さを活かせるような格好良いものに着替えた。そうして、居間の戸の前に立った。

「ババ……か、母ちゃん。お、お、オレ、ちょっくら出かけて、くる、わ……」

 戸を開けもせずに一言だけ告げると、オレは急いで家を出た。

「たかし!?あ、あなた!たかしが、たかしが!自分から外出するって……」

 待っていてくれ母ちゃん。オレはもしかしたら、帰ってこれないかも知れないけど。オレはきっと、立派に世界を救ってくるさ。



 果たして、現実は、そう甘くは無いものである。

「ふょぇっ……」

 乗り換えなしの電車で、二十分。お目当てのアニメ系書店まで、店の最寄り駅から周囲の視線に背を丸めながら歩いていた。その時、国道を慌ただしく行き交う車たちが目についた。

「うぅむ、これは少し逸ったかも知れぬな……」

 久しぶりに見た車たちは想像の中のトラックなんかよりずっとパワフルに走り、轢かれようものなら、余程の悪運か幸運が無い限り生きてはいられないだろう。背筋が凍る。轢かれる事を望むに望めない。


 それでも。

 それでも…………踏み出さなければならない。

 でなければ、望む世界など訪れないのだ!


 手元の携帯に集中するふりをして、そのまま四車線の道路に進む。そこには横断歩道などない。

 迫るトラック。

 叫び、咄嗟の注意を促す善人。

 それに気付かず突き進むオレ。

 そして、運命の時が訪れた。



 ──響くクラクション。



 キキィーーーッ。

 空気を切り裂くような、タイヤの停止音が真昼のビルの間を抜ける。

「バカヤロォーー!危ねェだろォがァ!!」

「へゃ、あ、ゴメンナサイ……」

 果たしてオレは、トラックに轢かれることは無かった。見事ブレーキでオレを避けた運転手は、オレの小声の謝罪なんて横目にとっとと去ってしまった。

「なに?事故かしら」

「轢かれてはないっぽいよ」

 さっきまで無関心だった連中の声が丸まった背中に刺さる。

 怖かった。そう思っていたはずが、今は周囲が怖くて仕方がない。

 なんでオレはこんなとこにいるのだ。

 なんでオレはあんなに怖かった視線を、受けてしまっているのか。どうしよう、なんで、どうしよう。

「あ、プリキャミ……」

 きっと彼女達なら、こんな傷付いたオレの心をを優しく抱き締めてくれる。オレは今、彼女達に会いに行かなければならないのだ。

 そうしてオレは、逃げるように帰りの電車に駆け込んだのだった。



「尾高公男。高校一年六月に中退、無職。ふーん……うわぁ!11歳時にクラスメートの女子、神木みさきの体育着の胸元をしゃぶって同級生から虐められ、登校拒否。筋金入りの変態じゃないですか!」

 車内モニターにピコンと表示された情報は、先ほど轢きかけた男の情報だった。男の詳細を見て突っ込みを入れると、運転席に座るセンパイが大きく舌打ちをした。

「一々そんな履歴に注目するな!今時そんなスカばかりなんだからな」

「えぇぇー。スカってそんな多いんす?やだなぁー」

 隣で脚をバタつかせると、センパイがウルセェ!と怒鳴る。この人はまあ短気だ。

「つったって、ここまでのは多くないけどな。トラックに轢かれて異世界転生して成り上がり、なんつー創作物がネットに出回ってンだ」

「へえ~。……あ、ほんとだ。グクッたらいっぱい出てきた」

 支給されている端末には、ざっと流しただけでもアニメやらマンガ、小説の情報が山ほど出てきた。内容は確認していないけれど、異世界と転生の二つのワードがこれだけ多いとは。

「ってことは、人生が上手くいってないのは世界が悪いっておもってるんですね。悲しい~」

 適当に茶化せば、センパイから再び叱られた。この人は怒りすぎで早死にしそうだ。

「大概の場合、自分から突っ込んでくるヤツのメンタル値は大したことねェんだ。運転席に行ったら特に気ィ付けろよ」

 メンタル値と言うのは、そのまんま精神の強さだとかを表している。

「頭や体も大事だが、メンタル値が低いヤツァ論外だ。そんなん送ったら俺達が叱られちまう」

 最低限メンタル値が高くて、出来れば知恵や運動能力の優れた逸材を自分たちは探している。

「人を見極め、異世界に送る。それが俺達の仕事なんだからな」


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