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序章『選択』

「異世界転生?それは宜しいのですが……」


俺がその言葉を聞いた頃には全てが手遅れだった。

見たことの無い世界に憧れていた俺の心には、奴の言葉は魅力的過ぎた。

何故こんなことになってしまったのだろう。

別世界を望んだ俺たち20人が掴んだのは幸せな航路へのチケットなのではなく、

数奇で絶望的な航路への赤紙だったのだ。


話は2週間前に遡る。


俺、峠木月(とうげきづき)は何の特徴も無い平凡な高校生だ。

特技無し、金も無し、趣味も無し、おまけに友達無し。

既に15歳だが、夢も希望も無くして日々の生活にウンザリし続けていた。

一見悪い所しか見当たらない俺でも一応、小学校の頃はクラスを盛り上げるムードメーカーだった。

でも、中学校の3年間が俺の生きる気力をごっそりと奪っていったのだ。


俺の中学校は生まれや才能の格差が凄い場所だった。

公立ではあったが進学率が異常に高かった事で、有名な家名のお坊ちゃまが入学してきたり、

有名企業の御曹司やお嬢様がわんさか集っていた。

だけど公立だから平凡な家に生まれた奴もわんさかいる訳で、

その格差が混沌とした空気を作ってしまった。


何より俺の心に響いたのは、あからさまな"えこひいき"だった。

先生は皆、熱意のある授業や指導を行うがそれは位の高い奴に対してだけだ。

結局進学率が良いなんて言われているが、有名進学校に入学しているのは、ほとんどお嬢様やお坊ちゃま。

俺はその光景に嫌気が差して学校へ行く事が苦痛となった。


それに気付けば俺の周りには誰一人友達がいなかった。

理由は分からない。

でも周りを見渡してみれば皆、あの御曹司やお坊ちゃまにすり寄っているんだ。

俺は奴らの行動の意味が分からなかった。

あいつら御曹司やお坊ちゃまの何が良くて媚びへつらうんだ?

あいつらは俺らと違う。

周りの恩恵だけで……運だけで裕福な生活をしている馬鹿ばかりじゃないか。

なのに何故、皆があいつらに、あいつらに……!


そんな周りの理解できない行動や思考に辟易していた俺の元に、ある日一通の手紙が届いた。

その手紙は自宅のポストに投函されていた訳ではなく、俺の勉強机の上にひっそりと置かれていたのだ。

何の変哲もない、真っ白な封筒。

だがその一見普通な封筒に俺は何故か憎悪を感じた。

理由など分からない。

だが、封筒へと差し伸ばした右手を咄嗟に左手が止めたのだ。

俺の意思ではない、左手が勝手に憎悪から俺自身を遠のける為に右手を止めた。

だが、俺はその自分の行動を理解できた。

この手紙を掴んでしまったら全てが終わる気がする。

直感が、感覚がそう指し示していたのだ。


しかしそれと同時にその手紙に期待する感情もあった。

今まで味わったことの無いこの感覚、一体何だろう。

この手紙を手にした時、俺はどうにかなってしまう気がする。

でも、何が起こるのか、それを確かめてみたいという気持ちも少なからずある。


好奇心に負けて手紙を読むか、それとも自分が感じた嫌な予感を信じて手紙を読まずに捨てるか。

俺の気持ちは揺れ動いていた。

しかし俺の心は一瞬で好奇心へと傾く。

きっと、日々の生活に満足していれば掴むことの無かった道筋だろう。

だが今の俺はどうだ。

日々にウンザリし、無気力な時間を過ごす日々。

その堕落した感情が、虚無な心が、俺の体を危険な世界へと吸い寄せた。

俺の右手は左手の制止を振り切り、手紙へとにじり寄る。

気付けば俺は自分の感情を無視して手紙を手に掴んでいた。


手紙を掴んでしまった俺は、心の中に大きな後悔を感じた。

それは何故か、何故なら手紙を掴んだ瞬間、得体の知れない光景を目の当たりにしたからだ。

俺は今まで自宅の部屋にいたはずだ。

だが、今はどうだ?

何故か俺は見知らぬ薄暗い個室に立ち尽くしているのだ。

目の前には壁一面を覆いつくすモニター。

そして怪しげな機器。

鉄製の机に大量の椅子。

窓はない、だが出口はある。


此処は一体どこなのだろう。

手紙を握りしめていた右手は恐怖に震えていた。

俺は心の底から後悔している。

自分の直感を信じてこの手紙を手に取っていなかったら、こんな状況に身を置く事は無かった。

なのに俺は取り返しのつかないことをしてしまった気がする。


「あなたが最後の参加者ね」


「なっ!?誰だ!?」


俺は背後から聞こえた細い声に体を強張らせた。

勢いよく後ろへ振り向くと同時に、その恐怖から俺はその場に尻もちをつく。

恐怖に錯乱しながらも薄暗い部屋の奥、椅子に座っている何者かが俺の瞳に映った。

その何者かはゆっくりと立ち上がり腰を抜かす俺の元へ近づいて来る。


「よ!寄るな!あっちへ行け!」


俺の言葉を無視してその何者かは近づいて来る。

そして近づくにつれ、その何者かの正体が徐々に露わとなった。

細い脚、白いシャツに白い短パン。

非常に質素でシンプルな服を着たその人物は中学生程の少女だったのだ。


「怖いの?私が?」


細々しい声で少女は俺に問いかける。

薄暗い影の中から現れたその姿は何処か儚げだった。

肌も髪も血が通っているのか疑問になる程、白い。

それに表情も何処か元気が無く、俯き気味。

幽霊と言っても差し支えないくらい生気を感じられない。

だが確実にその場に実体がある人間だ、それは分かる。


俺も少女の全容が分かり、やや冷静になり始めていた。

静かに立ち上がり少女を見つめる。

数秒前までは人間かどうか怪しいほど、弱々しい見た目と錯覚していたが、

よく見るととても綺麗で可愛げのある風貌だ。

やはり真っ白な全体像が気になるが……。


「お前は一体何なんだ?」


「私はナナコ。この部屋の管理者」


「管理者?お前まだ子供だろ?」


「そうね、でも管理者は管理者」


「よく分かんないけど管理者ならこの手紙の事なんか知ってるか?

 俺この手紙読もうと思って手に取ったら此処にいきなり移動したんだ!」


「その手紙は転送装置なの。

 手に取ったらこの部屋に転送されるようになってる」


「は?転送?意味が分かんないな……」


「あまり気にしないで。それは単なる転送装置。

 重要なのはあなたが参加者であるということだけ」


「あのさ、もっと分かるように説明してくんない?

 この手紙のことと!移動したこと!一体何なの!?」


俺は興奮して思わず少女の肩を思い切り掴んでしまった。

しかし掴もうとした手は何故か少女の肩ではなく空を掴む。

予想外の結果に俺は少女の体をすり抜けて前かがみに倒れた。


「いって……!え!?何ですり抜けた!?」


俺は即座に後ろへと振り返る。

確かに俺は少女の肩を掴もうと腕を伸ばした!

なのに何ですり抜けたんだ!

何で少女は平然とその場に立っている!?


「……手紙は転送装置だって。それ以外に意味は無いよ。

 転送装置に触ったから移動した、それだけ」


「お前……何もんだ!?やっぱり幽霊!?」


「落ち着いて、私は別に何者でもない。

 私はあなたたちを導く物に過ぎないの」


少女はゆっくりとこちらへ振り向き、倒れる俺の方へと手を差し延ばす。

俺はその手から遠ざかるように後ずさりした。


「導く!?一体何のことだ!?」


「新しい世界に導くの。あなたたちをね」


「あ、新しい世界!?」


「もう他の19人は新しい世界へと旅立っているわ。

 残りはあなただけ……さぁ手を伸ばして。

 私の手が、新しい世界への転送装置になっている」


少女はそう言ってゆっくりと俺の方へ手を伸ばす。


意味が分からなかった。少女の言葉も、状況も。

ただ、この手に触れたら何かが起きる。

それだけは確実だった。


俺は即座にその場に立ち上がり、凄い勢いで少女から遠ざかる。

少女は逃げ惑う俺の姿を見て首を傾げた。


「どうしたの?」


「どうしたの?じゃないだろ!?お前は俺に何をしようとしているんだ!?」


「私は世界と世界を繋ぐ転送装置。その役割しか持っていない。

 だから何をしようとも思ってないよ」


「嘘だね!俺を家に帰せ!今すぐだ!」


「……家に帰りたいの?」


「当たり前だろ!?こんな場所いられるか!」


「あなたは、今の世界にウンザリしているんでしょう?」


「な、なんだと!?」


「今の世界に居続けて、納得できるの?」


「今の世界……」


「家に帰る事は簡単だよ。今必死に握りしめているその手紙。

 それを手放せば元の場所に戻る」


俺は自分の右手に視線を移した。

焦りと恐怖で汗が滲んだ右手にはクシャクシャになった手紙が握りしめられている。

これを手放せば俺は元の生活に戻れる。

この意味不明な空間と意味不明な少女から逃げることが出来る。


「…………」


俺は、俺自身が今すぐこの手紙を手放すものだと思っていた。

しかし意に反して手紙は中々手から離れてくれない。

右手が手紙を手放してくれない。

何故だ!早くその手紙を手放せ!

俺は表面上でそう思った。

だが、深層心理の奥深く、俺は理解できない自分の感情に気付き始めていた。

何を考えている、馬鹿な事はやめろ!

そう思いつつ、俺は自分の心の奥深くに宿る心理に打ち負けつつあった。


"この手紙を本当に手放して良いのか?"


「良いんだ……」


"それで納得できるのか?お前は勇気を振り絞って手紙を手にした。

 自分が想像もできない新たな世界へと踏み出せるチャンスかもしれないんだぞ。

 それを易々と手放していいのか?"


「良い……良いはずだ……」


"はず?何故言い切らない。本当はこの先を見てみたいんだろう?"


「違う……見たくない……」


"本当に?最後のチャンスかも"


「それは……」


"今の世界に希望は?魅力は?何がある?何が?"


「…………」


俺はどれだけ自分と自問自答したのだろう。

まるで自分の中にいる悪魔と格闘している気分だった。

手紙を手放すだけの簡単な作業だ。

だが、その簡単な行動に対しての決意がどうしても決まらなかった。

ただ一つ、引っかかっていたのは些細な好奇心。

その好奇心が俺の気持ちを掴んで離さない。

俺自身の選択、それがどう転ぶかは分からない。

でも挑戦してみたい。

見たことの無い、先が見えない、だけど希望があるかもしれない道筋に進んでみたい。


「俺は……」


俺は馬鹿だ。正真正銘の大馬鹿者だ。

意味の分かぬ世界に身を投じるなんて馬鹿げてる。

俺が望んでいたものがそこにあるかも分からないのに。

なのに、俺は危険な道へと進む決意ができていた。

自然と、安全への道を閉ざしていた。


「参加で、良いのね」


「あ、あぁ……」


俺は納得できない感情を抱きつつ気づけば少女の右手と握手していた。

本当に馬鹿だ……好奇心が俺を危険な道へと誘致する。

だが後悔してももう遅い……。

俺は現実の世界を捨てた……。


意識が薄れていく。

俺はその場に膝をついた。

訳の分からぬまま目の前の少女の前で俺は朦朧としている。

少女は、そんな俺を変わらぬ冷たい目で見つめていた。

俺は結局危険な道へと足を進めてしまったのだろうか。

分からない、でも俺はこの短時間で2回もあった逃げるチャンスを逃した。

誰の妨害が入る訳でもないこの状況で。

何故、何故なんだろう。


だがそんな疑問も頭から薄れて消えていく。

意識が消える……。

俺は一体どうなるんだ……。


「…………」


続く。

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