クリスマス商戦
ここは北欧のどこかにあるという、サンタの家。
サンタは、相棒のトナカイを呼び出した。
「トナカイや、トナカイ」
「お呼びですか? サンタさん」トナカイはサンタの部屋にやってきた。
「今年もクリスマスが近づいてきたから、そろそろ準備をしようと思ってな。子どもたちからの手紙を持ってきておくれ」
承知しました、と言ってトナカイは一度部屋から出ると、すぐに大きな箱を持って戻ってきて、サンタの前に差し出した。
「どうぞ、サンタさん」
「ほっほっほっ、はてさて、今年はどんな願いが書かれておるんじゃろうなあ。それを読むのがわしにとって最大の喜びじゃ」
サンタは満面の笑みを浮かべ、箱を開けた。しかし、中を覗き込んだ瞬間、表情が凍りついたように固まってしまった。やがてゆっくりと顔を上げ、トナカイに向かって言った。
「手紙がたった三通しか入っておらんではないか! まさかトナカイ、手紙を隠しておるんじゃなかろうな? だったら早く持ってこぬか」
「どうしてボクがそんなことを。それで全部ですよ」トナカイは手紙に向かってあごをしゃくった。
「そんな馬鹿な。わしのご先祖様の時代より、毎年クリスマスには世界中の子どもたちから、願い事を書いた手紙がこの家に入りきらないほど送られてきたではないか」
「それはいつの時代の話ですか、サンタさん。最近はずっと手紙の数が右肩下がりだったじゃないですか。去年なんて、たった百通だったでしょ。まさか、お忘れですか?」
「お、覚えておるわい……。わしを馬鹿にするな」サンタは唇をかんだ。「……しかし、どうして、こんなことになってしもうたんじゃ。サンタと言えば、世界中の子どもたちの憧れの存在だったはずなのに」
「まっ、時代っすかね」トナカイはなんでもない様子で言った。「すべてはアイツらのせいですよ」
「アイツら……、とは?」
硬い表情を浮かべるサンタに向かって、トナカイは言った。
「ネット通販です。特に密林ドットコムいう通販サイトが有名ですね」
「密林ドットコムじゃと!」
「品揃えも豊富で世界中に物流網も張り巡らせて、大人気だそうで」
「世界規模の物流なら、わしのご先祖様が大昔に築き上げておるわ。どうして、誕生してまだ四半世紀も経っておらん新参者に、超老舗たるこのわしが負けるのか?」
「とにかく便利なんですよね。例えば、ウィッシュリストって言うんでしたっけ、子どもたちが欲しいおもちゃをワンクリックで登録しておくと、あら不思議。クリスマスの朝にそのおもちゃが枕元に置いてあるってわけです。もちろん、子どもたちのご両親なりおじいちゃんおばあちゃんなりがリストを見て、購入しているんですが。手紙を書いてお願いするよりもずっと便利ですから、みんなそっちへ行っちゃいますよね」
「ふざけた話じゃ。子どもたちが、雪降る街を窓から見下ろしながら、拙い文字でプレゼントのお願いを手紙をしたためる。そして寝る前に、枕元に置いた靴下と暖炉を交互に見ながら、「サンタさんお願いします」と心の中で祈る。これこそクリスマスの醍醐味ではないか。その大切な風習を壊そうなんて、なんと嘆かわしい」
「古いなあ。今の子どもたちは、みんなSNSで、手紙なんて書きませんよ。プレゼントだって、サンタさんが持ってこようと、黒猫の親子が持ってこようと、デリバリープロバイダーが持ってこようと、届けばなんでもいいんです」
「嫌な時代になったものだ」サンタはがっくりと肩を落としてしまった。「これが、ネオリベ、グローバリゼーション、シンギュラリティってやつかのう……」
「サンタさん、それらしい横文字使ってますけど、多分違うと思います。そんなことよりも……」突然、トナカイは真面目な表情になった。「前々から言おうと思ってたんですが、ここらでこの仕事を引退しませんか?」
「トナカイ!」サンタは顔を真っ赤にして叫んだ。「ご先祖様より受け継いだ、クリスマスになくてはならないこの仕事を、わしの代で辞めろ、というのか!」
「現実を見てくださいよ」トナカイは三通の手紙を指差しました。「それに、ご自身の年齢も考えてください。後継者だってもういないですし」
「後継者ならおる。わしの息子じゃ」
サンタは壁に掛けられた額縁にある、まだ若かりし頃の自分と、小さな息子が写った古い写真へ目を向けた。
一方、トナカイはため息を吐きながら首を振った。
「息子さんは、大学を卒業した後、シアトルに行ったっきり、連絡もないじゃないですか。継ぐ気なんてありませんよ」
「……っ!」サンタは言葉を詰まらせた。
「ここらが潮時ですよ、サンタさん。もう休みましょう」トナカイは労わるような声で言った。
しかし、サンタは手紙へ目を向けて言った。
「今、わしらが辞めたら、この手紙の子たちたちはどうなる? わしは、わしのことを信じてくれる子どもたちを裏切るようなことはできん。たとえ密林ドットコムがどれだけ世界の覇権を握ろうと、ここ手紙が届く限り、わしはクリスマスにプレゼントを届け続ける。それがサンタの名を引き継いだ者の使命なのじゃ」
「でも、サ、サンタさん……」
「つべこべ言うな、トナカイ。早く支度を始めよ」
トナカイの言葉には耳を貸さず、椅子からサンタは立ち上がった。そして、部屋を出ようと歩き始めた直後、サンタは胸を押さえてその場でうずくまってしまった。
「サンタさん!」
トナカイはサンタに駆け寄った。サンタは表情を歪ませ、ハアハアととても苦しそうに息をしていた。
「これは大変だ」
トナカイは急いでサンタを抱き抱えると、寝室のベッドに運び、それから医者を呼んだ。
トナカイの迅速な対処のお陰で、大事には至らず、やがてサンタの容態は落ち着いた。
医者が帰った後、ベッドで横になるサンタに向かって、トナカイは言った。
「長年の無理がたかったんですよ。それに興奮して頭に血が上ったから……。さっきお医者さんも言った通り、しばらくは安静にしている必要があります」
「子どもたちへのクリスマスのプレゼントはどうなる?」
「無理ですよ。そんな身体じゃ」
「しかし、それではサンタとしての役目が果たせん。わしは這ってでも行くぞ」
ベッドから起き上がろうとするサンタをトナカイは押し留めた。
「使命に燃えるのはいいですけど、万が一子どもたちの前で倒れたら、それこそサンタの名に傷がつきますよ。本当に子どもたちのことを想うのなら、どうか安静にしてください」
サンタは、力なく再びベッドに横になった。
「無念じゃ。わしはわし自身が情けない……」
「いえ、サンタさん。これまで十分やってきました。誰もサンタさんを責めたりなんかしません」
「しかし、せっかく手紙をくれた子どもたちのことを想うと……」
「わかりました、手紙のことはボクに任せてください。ですからサンタさん、今はゆっくり休んでください」
こうしてトナカイは、ようやくサンタを大人しくさせることができたが、すぐに頭を抱えることになった。サンタとトナカイが一夜にして、世界中の子どもたちにプレゼントを配ることができるのは、代々のサンタに受け継がれた特別な魔法の力のおかげで、トナカイだけでは、手紙を送ってくれた子どもたちのところへ行けないのだった。
「1人は日本、もう1人はメキシコ、最後はニュージーランド……、こりゃ無理だ……」
手詰まりだった。しかしサンタの苦悶に満ちた表情を思い出すと、子どもたちにプレゼントを配ることを諦める、という選択肢を、トナカイは選べなかった。
散々悩んだ末、トナカイはとうとう決断した。
サンタに気づかれないよう、トナカイはPCをを立ち上げた。そして、密林ドットコムのサイトにアクセスすると、手紙をくれた子どもたち宛に、クリスマスカードを付けてギフト配送を依頼したのだった。
サンタさん、私はプレステ4Proが欲しいです。