1章 (5)
ライターの名は磯崎巧といった。その磯崎の目を、ユウは数秒見つめた。その言葉をぶつけてきた真意を探るためだ。単なる興味本位なのか。それともより深い意味があるのか……。
ライターの目からはなにも読み取れなかった。
「眠くて、うっかり間違えただけです」
ユウは無難な答を言った。
「間違えた?」
「疲れてて。だからあの回で切り上げたんです」
ユウは走って逃げたかった。しかし磯崎が業界人で、これからも顔を合わせる場合がある。それに走れる体力もない。さらに質問を重ねてくると分かってはいたが、ユウはじっとその場に体を抑えつけた。
「眠そうにも見えなかったし、間違えて悔しそうにもしてなかったよね。なんだかとてもびっくりしたもので」
「けっこうポカをやるんです」
ぶっきらぼうに言った。言いながら、あの最後の場面を後悔していた。うしろで見られているということを確認しなかった自分の甘さを罵りたかった。
「すみません、急ぎますので」
そう言ってユウは歩き出した。追って来るかな、と思ったが、磯崎は追ってこなかった。
ユウは電車に乗った。目的地などなかったが、とにかく逃げたかった。
それから地下鉄に乗り換え、バスに乗り、また地下鉄に乗った。そこでさすがに、追ってきていないだろうと安堵した。
コーヒーショップに入り、沈み込むように椅子に座った。
心臓が高鳴っている。磯崎とのやり取りだけでなく、ここまでの移動で息が切れてしまったのだ。
「ぼくは今、何歳なんだ?」
いつも思う疑問を、ユウはドクドクと激しく打つ左胸に手のひらを充てながら考えた。