83 美玲さんの返事
結局池袋で泊まって、病院には朝帰りでの出勤となった。皆さんそれぞれに忙しいようで早朝に解散となりました。タフやね。
さて新しい辞令によると、外来でのお手伝い勤務になってました。当分出張はないということかな。俺は病院での外来診療は嫌いではない。基地勤務だと何が来るかわからない怖さがあるが、外来受診で血まみれの人はあまり来ないし(救急ならあるけどね)手術だってたまに助手で入るぐらいだし、まあ勉強にはなりますけど。
防衛医大付属病院といっても外来は普通の病院と変わらない。地域の総合病院と同じことだ。朝早くから外来に患者は並ぶ。俺は眼の前の仕事を黙黙とこなしていく。
で、慌ただしかった夏が終わった頃に王さんがやってきました。ごめんなさいメールは池袋反省会のあと、速攻で書いて送っていたからお返事を待ってはいたんだが、御本人がいらっしゃいました。
ここはちょっと外出して…「喫茶室でも行きましょう。喉が乾いちゃった」さっさと上の階に連れて行かれました、よく知ってるな。学生食堂よりはマシな作りではありますけど。
このところ会うことがなかったとはいえ長い付き合いです、近況などをからめた世間話をしながら飲み物でそれぞれ一服。さてここは俺から切り出さなきゃね、内心気合を入れて言おうとしたところに「あの、ごめんなさい」いつになくしおらしいというか、両手を腿に置いて頭を下げられました。俺は出そうとした言葉をとりあえず引っ込めるしかない。
「どうしたの、なんか美玲さんらしくないね」すぐに上げた俺を見つめる瞳が光ってます。あ、これはヤバイやつや、説教タイムかと身構えたんですが。
「お手紙ありがとうね。お返事も返さずにごめんなさい。お盆には直接会えるからと思ってたから」
「ああ、そんなのいつでもいいんだ、気にしてくれてたんなら嬉しいけど」
「でもね、急いでお返事を書かなくて良かったと思ってるの、今は」
「それは…」
「もう聞いたのかもしれないけど、あの日皆んなでテレビを見てたの、ずっと。夜から次の日のお昼まで」
「ごめんね、連絡もせずに心配かけて」
「それはいいんです。あんなことがあったんだから、あなたの行動は正しかったと思ってるし、第一山の上からじゃ電話もかけられないでしょうに」少し笑いながら言ってくれる。そうなんだよ妹様たちにも言ってやってよ「でもだめなんです」え、それは。
「私の娘の父親としてはだめです、許せません」そんなこと言わないでよ。
「娘をもらえたのはとっても嬉しかったし感謝しています。無理を言ったけど後悔はしてません。これでもしあなたが私達のもとに来てくれたら、とも期待してたの」だからそのつもりで手紙を「いつ消えてしまうかもしれない父親などうちの娘にはいりません」
「いや、俺は死なないから。君たちのためにいつも帰ってくるから」
「信用出来ません。聞きましたよ、このために生かされ来てたんだ、なんて口走ったらしいじゃないですか、そんなことおっしゃる人なんて信用できません」俺を見つめる目から涙が次々と溢れている。俺はなにも言葉に出来ない。
「あなったって人は娘の一人や二人ロープ代わりに首に巻いておいても平気で引きちぎって出ていくんです。そんな人を私の娘の父親には出来ません」どうすればいいんだ、これは。
「私がもっと大人になったら違う答えを出せるのかもしれないけど、今はこれが私のお返事です」そして二人の秘密は秘密のままこれからも続くのだ。
王さんは「それじゃ行きますね」と言って席をたつ。送ろうとする俺をやんわりと拒絶する。
「今日はごめんなさい。でも早くあなたに伝えないとかえって迷惑をかけると思って」「俺は美玲さんを迷惑になんて今までもこれからも絶対に思わないからね」
「そんなこと言って知りませんよ」またみんなでお茶しましょう、と言って下りのエレベーターに乗って行った。俺はしばらくエレベーターホールに立ち尽くしていた。
「振られちゃったの、おじさん先生」なんでこんなところに、君は病室に居なきゃいかんじゃないか。
「リハビリで歩くようにしなさいって言われてるもん」それはスタッフさんと一緒でしなきゃ。
「順子ねえちゃんの言うとおりやな、女心のわからん男は話にならん、て怒ってたもんな」何を言ってたんだこんな娘に、ウチの妹様は。
「まあいいでしょ。私が大きくなるまで待っといたらええよ、私がお嫁さんになったげるからね」子供になぐさめられました。




