76 長い夜
「おい!今から出せる機体はあるのか」俺はあえて乱暴な口をきく。まわりの連中は一斉に押し黙り、すぐに一人が返事をする。
「バートルが出せます」
「準備に何分掛かるのか」
「30分あれば…」
「遅い!15分で用意しろ。搭乗員は四名、パイロットとコパイ、救難員二名。すぐに選抜せよ、残りは各方面との連絡係となる。まず全員で機体の準備にかかれ」
今のここでは俺が一番上だ。医官故ではあるが俺の実力は皆んな知っている。日頃の訓練がものを言った。
「まだ発令がありませんが」
「ばかやろう、出てからじゃ遅いんだ。出ると同時に発進するんだ。ファントムのスクランブルに負けるな」
今頃同じ基地内にある偵察航空団ではF4Jファントムがスクランブル発進に備えて待機しているに違いない、JAL123便の行方を追うために。
だが俺は知っている。今一番詳しいのがいるのはどこか。まずは電話だな。俺は手帳を取り出し目当ての番号を探す。日頃から立場を利用してあちこちにコネを作っていたのはこんな時のためだ。
「Hallow this is hyakuri air rescue wing」
横田中央管制の知人を呼び出してもらう。
「四の五の言わずに位置情報を教えてくれ」やりとりをしてみると、横田でも現場近くを飛行していた輸送機から火の手が上がっているという報告を受け日本側に情報を出そうとしていた。しかしそれが有効に働いていない。そうこうしているうちに業を煮やしたファントムがスクランブル発進をしたようだ。見切り発車だな。こちらでもヘリコプターの準備が出来た。中央からはまだ指示が出ない。俺は俺で準備を整えた。 「よし。俺たちも出るぞ。現状でわかっていることを確認しておく。日航のジャンボ機は群馬県山中に30分ほど前に不時着したと思われる、乗員乗客は約500名、不時着と言っても相手は山だ、被害は大きい、しかし相当数生存者がいるぞ。位置については横田からの情報を確認した。もうすぐファントムからも連絡がくるから場所を上空から目視した上でラベリング降下して現場にて救助活動をおこなう。俺と救難員二名の合計三名が降りる。操縦員は現場付近で他の救助活動の誘導援護を行う。残った者はこちらから逐一情報を送るので各所との連絡に当たれ。言っとくが楽はできんぞ山程注文を出すからな、ヘリで行ける病院の用意ぐらいはさっさとしておけよ、頼んだぞ」
時刻は19:05、荷物を投げ込みバートルKV107は発進した。ここから直線距離で160キロぐらいだ、40分ぐらいで到着出来るだろうか。
俺の記憶では夜間のうちには救援活動が出来ず、夜明けを待って地上から、上空からは明るくなってからしか現場にたどり着いていなかった。それでも四名の生存者を確保していたはずだ。今いけばもっと助けることが出来るはずだ。
俺と二名の救難員は機内で装備を身に着ける。医薬品はもちろんだが無線設備や照明などかさばるもが多い。いくら俺が当たりをつけていると言っても闇の中の活動になる。当然足場も劣悪だろうな。皆んなの前では見栄を切ったが内心は恐怖感で一杯だ。夜間の事故現場にロープ一本で荷物を背負って降下するって、誰がやねん!俺かよ馬鹿じゃないか、落っこちて死んでも知らんぞ。命令も受けていないし、完全な独断専行じゃねえか。帰ったらクビだな、間違いないな。まだお礼奉公も済んでないのにな、罰金も取られるな。まあいいか、いままでのいろんな事故や事件には積極的に関われなかったが、こいつにはひっかかった。きっとこういう運命なんだよな。あ、また怒られるな。明日絶対神戸に行けんもんなこれは。明日飛行機かっぱらったらなんとかなるか。
「見えました!」操縦席から興奮した声が聞こえた。黒黒とした山々のシルエットの中に点々と炎が見える。俺は空中降下のための扉を開き身を乗り出す。降下地点を特定しなければならない。機体後部を探せ、確か斜面をずり落ちているはずだ。そこに生存者がまとまっていたはずだ。サーチライトを動かしなんとかして見分けようとする。なんという残骸の量だ、一望できないためかえってどこまでも残骸が続くような気になる、どこだ。どこにいる。
「あれだ!あそこに降りるぞ」夜間の山岳地帯という悪条件のなかで大きな機体を操る見事なホバリングだ。
「行くぞ!」俺は先頭を切って降下する。斜面への着地だから受け身をとって転がるように降りた。大荷物を抱えているしな。ところが後の二人は妙にスマートに着地しやがった。お前ら余裕だな、上等だたっぷりこき使うから覚悟しとけよ。
大きく手を降って合図を送るとヘリは上昇し大きく旋回して空中待機する。
さあ始めるぞ。長い夜の始まりだ。




