目に光を灯す 1
ハッと目が覚めた。
反射的に右手でサイドテーブルにおいた目覚まし時計を叩く。
ジ…
まさに今鳴らんとしていた目覚まし時計は、今日もおしゃべりできなかったと、むくれたように押し黙った。
午前7時30分。
いつもと同じ朝だ。
少し開いた寝室のドアからふんわりとコーヒーの香りがただよってくる。
芳ばしい香りに誘われて、僕はベッドを這い出した。ひとまず寝巻き代わりのよれよれのTシャツとジャージから、少しばかりマシなTシャツとジーンズに履き替えて、部屋を出た。
リビングにはコーヒーを片手にヒカリがパソコンを立ち上げている。リビングはシンプルで不必要なものは何もない。机の上にヒカリが入れた2つ目のコーヒーを見つけて、僕は入り口に取り付けられたスイッチを2つほどおした。
カチ
という音と同時に、自動開閉するカーテンがガガガがと音を立ててしまる。
ついで、パチと部屋の明かりを消した。
立ち上がったパソコンの画面がヒカリの顔を明るく照らす。ヒカリは振り向きもせずに、
「ハル遅い」
と言った。もちろん、僕に文句をいってるのだ。そう言いながらも手はキーボードの上を踊る。ほどなくして、平らで無駄なものがない部屋の白い壁、四方に、会議室のような映像が広がった。
そう、この部屋はまるごとスクリーンなのだ。プロジェクターを動作させれば、まるで会議室に来たみたいだ。
僕を囲む会議室にはすでに3人の人間が待機している。真正面にいる背の高い、鋭い刃物のような印象をあたえる人物が腕を組みながら冷ややかに言った。
「遅い。ハルの寝坊か?また。」
僕は茶目っ気たっぷりに肩をすくめて頭をかいた。これで許されるわけもないけど、とりあえずやり過ごす。
「だって、ハヤト。ハルは目覚ましからして7時30分にセットしてるんだもん。」
ヒカリがはぁ、とため息をつきながら追い打ちをかける。
まぁ、いつものことだ。
「ヒカリは大変ね。ハルのお守り。」
右手からクスクス笑うように言ったのは上品な印象の髪の長い女性。レイ。ちょっと歳上だけど彼女を見てると女は35過ぎてからかな、と思わされる。ヒカリの子供っぽさとは大違いだ。
のこる左手の男性は毎朝のごとく繰り広げられるこの光景を前に、はぁ、とため息をついた。すこし丸顔でおだやかなおじさんだ。怒ったとこなんか見たことがない。本名じゃない、と聞いたが、僕らはみんな沼田さんと呼んでいる。
目の前のハヤトも1つため息をつくと
「7時30分は開始時間だ」
と顔をしかめたかと思うと、手元にもったタブレットに指を走らせた。
ピコンとヒカリの前のPCから音がする。レイのPCも沼田さんのPCも同じように一声鳴いた。
つづいてハヤトが抑揚のない声で
「ホログラム」
と言った。会議室の真ん中に、3Dホログラムの映像が現れた。
何やら手に抱えられるサイズの金属製の箱のようだ。
「なんだ…?」
箱じゃあわからない。僕は思わずホログラムに手を伸ばして歩み寄る。とたんにハヤトが板の両端をつかんで無造作に引伸ばすような仕草をする。
一歩踏み出した僕の目の前では突然でかでかと箱が展開し、中身があらわになった。
「…電気回路?」
僕とヒカリがつぶやいたのはほぼ同時だった。向こうで沼田さんがいつものニコニコ顔でうなずいている。ハヤトは僕らの様子を見るようにちらりとこっちを見た後、レイと視線を交わし言った。
「人工衛星ひとみの一部だよ。」
「ひとみ?」
ヒカリが尋ねた。僕も知らない。人工衛星に「ひとみ」なんてあったか?
「Astro-Hの方が知っているかもね。」
横からレイがさらりと言うと、ピンときたようにヒカリが答えた。
「Astro-Hなら知ってるわ。明日か明後日に打ち上げじゃないかしら?」
そういって僕の方を見る。
「Astro-H…そっか。明日打ち上げだっけ?でもハヤト、なんでその部品がここにあるんだ?」
すると、ハヤトは抑揚のない声で言った。
「Astro-Hは失敗する。打ち上げてしばらくして空中分解を起こすんだ。」
僕は時折ハヤトがわからなくなる。これまでも彼は色々と先のことについて”予言”をした。そんな時、僕らはそれに耳を傾けて”仕事”をする。僕とヒカリはさっと視線を交わした。
「それで、この部品はその残骸ってことですか?残骸の割には綺麗ですけど。なぁ、ヒカリ。」
全く。彼は未来人なのか?だが、実際のところ、僕は彼の素性をほとんど知らないと言っていい。
するとハヤトは驚くべきことを口にした。
「これを本物とすり替えてこい。」
「…はい!?」
思わず、僕とヒカリは同時に素っ頓狂な声をあげてしまった。