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2015年/短編まとめ

深夜と溶ける

作者: 文崎 美生

倦怠感に包まれた体を捩って真横を見れば、伏せられたまつ毛。

心地良さそうに眠っている上半身半裸男の姿があって、正直なことを言うと、ムカついた。


いつの間にか腕枕をされていたが、軋む体に鞭を打って起こす。

蹴りの一つでも入れてやりたいのだが、倦怠感しか残っていない体で、無駄に体力を消耗出来ない。


「みず……」


起きてから実感する喉の乾きに、眉を寄せる。

掠れた声が暗い部屋に溶けて消えた。

全裸のまま寝ていたので、今更服を着るのも面倒臭く、素足でぺたぺたとフローリングを踏み付ける。


暖房はついているし、窓もカーテンも閉めているし、他にも色々と断熱のためにしていることがあるはずなのに、どうしたって冬の夜は寒い。

水を飲み終わったら、何か着て寝ようと決意をするが、優先順位的には水だ。


部屋からリビングへ向かい、キッチンへ入る。

電気を一切つけずに、寝起きの足でも迎えるのは、大分長い間ここで暮らしているからでもあり、それなりに整理整頓がされているからだと思う。


キッチンでも電気を点けるのが億劫で、棚から適当なコップを取り出して水を注ぐ。

氷欲しいんだけど、ダルイ。

三秒くらい考えたけど、やっぱり氷はいいや、となって、そのまま水を飲み干した。


カラカラの喉が、ごくごくと音を立てて上下する。

今日……というか昨日のは少しシンドかった。

抜かずの三発、だっけ、ああいうの。

後半は意識が飛び飛びだったし――むしろ、意識が飛んでは戻されてだった――最終的に声も出なかった。


「……しんど」


先程よりは声が出るようになったが、やっぱり風邪とかとは違う掠れ方をしている。

喉の真ん中辺りがスカスカして気持ち悪い。

まだ水が残っているコップを、シンクに置きながら、自分の喉を撫でる。


体はダルいし、喉も掠れてるけど、体自体はベタついていないので、それなりに後処理はしてくれたんだろうな。

さっきも言ったが、後半は意識が飛び飛びで記憶が曖昧だし、最後の最後に終わった時には気絶したんだろうし、処理くらいしてもらわないと困る。


明日が休みで良かった。

溜息を吐き出して、もう一杯だけ水を飲んで寝よう、とコップに手を伸ばす。

水を一度捨てるために傾けた瞬間に、ひたり、と足音がして「何してんの」と声が掛けられた。


すぐ近くで足音が聞こえる前に気付かなかったせいで、大袈裟なくらい肩が跳ねて手が滑る。

シンクとの距離がそんなになかったことから、ガンガンゴロゴロ、と大きな音を立てて転がるコップ。

割れなくて良かった……。


「……水、飲みに来たの」


寝ていた時と同じで上半身半裸のまま、私と同じように裸足でフローリングを踏み付けながらやって来た彼は、大きな欠伸を一つ。

私は私で答えながらコップを拾う。


「ふーん。俺にも頂戴」


拾い上げたコップで、再度水を飲んでいたら、彼が更に距離を詰めて手を出した。

自分でやりなよ、というのも面倒で、飲み掛けのそれをそのまま渡す。

上下する喉仏を眺めながら、キッチンだけ電気を点けてた。


それにしても、何で自分は服を着ておいて、私は全裸で寝かされていたんだろうか。

処理をしてくれたなら、パンツくらい履かせて欲しかったんだけど。

そう思いながら、水を飲み干した彼を睨み付ける。


「何?てか、何で裸なの」


「死ねよ」


ほぼ反射で出た言葉に、彼が肩を竦める。

仕方のない奴、みたいな態度なのだが、悪いのは私なのだろうか。

違う気がする、絶対に違う気がする。


シンクにコップを置く彼を見ながら、髪の毛を掻き上げて違和感。

――違和感というよりは、ちょっと待て、と言いたくなるような感覚。

眉を顰めて、自分の体を見下ろす。


そこには、いつもと変わらないスタイルがあって、割とインドアな方だから肌も白い。

胸のサイズが大きいってわけじゃないけど、小さくもなくて丁度いいサイズだと自負しているし、何より形は最高だと思う。

くびれもあるし、腰も足も綺麗な曲線を描いているはずだ。


「おいこら」


「ん?何、俺まだ寝るよ?」


そんなこと言ってねぇよ、掠れた声だとドスも効かない。

上半身半裸のせいで、掴む胸倉もない。

だから、彼の進路を塞ぐように立ち、頭一つ分くらい高い場所にある彼の顔を見た。


「付け過ぎじゃねぇですか、お兄さんよぉ」


グリグリ、と右手をグーにして彼の脇腹に押し付ける。

ほんの少し眉を歪めて、彼は私の体を見下ろした。

頭から爪先まで、ザッと流すように見てから、ゆっくりと首を傾ける。


あざとい、その一言で表せてしまう仕草に、今度は足が出た。

素足で彼の足を踏み付ける。

右手と右足の両方でグリグリしながら、ばかあほしね、と子供のような悪口を吐き出す私。


「ファンデあるじゃん、ファンデ」


私の頭を撫でながら、やんわりと右手を押え付ける彼が、宥めるようにそう言った。

そう言ったのはいいが、インドア派な私の少しばかり不健康な肌の色に、散りばめられるように残った赤と青の痕は隠しきれないだろ。


前しか分からないけれど、ここまで来たら後ろも酷いことになっていそうだ。

何か、あれだ、死斑か変な病気みたいで怖い。

しかも見える場所には重点的に付けてあって、わざとです、と主張している。


「包帯巻く?」


「巻かないから」


指の腹で首周りの痕を撫で始める彼の手を払い除け、髪の毛でガードする。

触り方が卑猥だった。

ぞわぞわした肌を、自分の手で撫でながら、これみよがしに溜息を吐く。


勿論、そんなことで彼がめげるはずもなく、楽しそうに笑って、私の頬に唇を落とす。

反省の色が欠片も見られないのも、ある意味凄い。

無理はさせられて意識は飛ぶ、声は枯れる、冬なのに全裸で眠らされてる、痕付けまくりって、厄日か。


ふてくされる私を見下ろしている彼が、またしても大きな欠伸を一つ。

犬歯が見えていて、猫みたいだ。

それから、気だるそうに首ら辺を掻きながら私の手を掴む。

カチッ、と音がしてキッチンの電気が消えた。


「まだ深夜だし、取り敢えず寝よ。俺、眠い」


「いや、服着たいんですけど」


自由か、自分勝手か、自己中心か。

突っ込みたいのに、腕をしっかりと掴まれて寝室まで連行される。

ダブルベッドに投げ捨てられて、痛いっ、と抗議の声を上げたのに、彼がベッドに沈んだスプリング音によって掻き消された。


服着たいって言ってるのに、なんて文句も言えずに、ベッドから抜け出すことすら出来ないように、ガッツリ抱き締められる。

私は抱き枕じゃないんですけど。

彼のしっかりした胸筋に鼻が当たって痛い。


「服……」


「や、無理、寒い。さっきもそれで起きたし」


諦めきれずに呟けば、即座に飛んでくる言葉。

私も寒いから服を着たいのに、これなら温かいから、とか勝手なことを言う。

更には、起きて来たのは私がいなかったから、という可愛い発言をしている。

これ眠いんだろうなぁ、なんて思いながらも、胸が締め付けられるのは止められない。


でも、取り敢えず、やっぱりパンツくらいは履かせて欲しかった。

そう思いながら、私は彼の立派な胸筋に顔を押し付けて目を閉じるのだった。

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