深夜と溶ける
倦怠感に包まれた体を捩って真横を見れば、伏せられたまつ毛。
心地良さそうに眠っている上半身半裸男の姿があって、正直なことを言うと、ムカついた。
いつの間にか腕枕をされていたが、軋む体に鞭を打って起こす。
蹴りの一つでも入れてやりたいのだが、倦怠感しか残っていない体で、無駄に体力を消耗出来ない。
「みず……」
起きてから実感する喉の乾きに、眉を寄せる。
掠れた声が暗い部屋に溶けて消えた。
全裸のまま寝ていたので、今更服を着るのも面倒臭く、素足でぺたぺたとフローリングを踏み付ける。
暖房はついているし、窓もカーテンも閉めているし、他にも色々と断熱のためにしていることがあるはずなのに、どうしたって冬の夜は寒い。
水を飲み終わったら、何か着て寝ようと決意をするが、優先順位的には水だ。
部屋からリビングへ向かい、キッチンへ入る。
電気を一切つけずに、寝起きの足でも迎えるのは、大分長い間ここで暮らしているからでもあり、それなりに整理整頓がされているからだと思う。
キッチンでも電気を点けるのが億劫で、棚から適当なコップを取り出して水を注ぐ。
氷欲しいんだけど、ダルイ。
三秒くらい考えたけど、やっぱり氷はいいや、となって、そのまま水を飲み干した。
カラカラの喉が、ごくごくと音を立てて上下する。
今日……というか昨日のは少しシンドかった。
抜かずの三発、だっけ、ああいうの。
後半は意識が飛び飛びだったし――むしろ、意識が飛んでは戻されてだった――最終的に声も出なかった。
「……しんど」
先程よりは声が出るようになったが、やっぱり風邪とかとは違う掠れ方をしている。
喉の真ん中辺りがスカスカして気持ち悪い。
まだ水が残っているコップを、シンクに置きながら、自分の喉を撫でる。
体はダルいし、喉も掠れてるけど、体自体はベタついていないので、それなりに後処理はしてくれたんだろうな。
さっきも言ったが、後半は意識が飛び飛びで記憶が曖昧だし、最後の最後に終わった時には気絶したんだろうし、処理くらいしてもらわないと困る。
明日が休みで良かった。
溜息を吐き出して、もう一杯だけ水を飲んで寝よう、とコップに手を伸ばす。
水を一度捨てるために傾けた瞬間に、ひたり、と足音がして「何してんの」と声が掛けられた。
すぐ近くで足音が聞こえる前に気付かなかったせいで、大袈裟なくらい肩が跳ねて手が滑る。
シンクとの距離がそんなになかったことから、ガンガンゴロゴロ、と大きな音を立てて転がるコップ。
割れなくて良かった……。
「……水、飲みに来たの」
寝ていた時と同じで上半身半裸のまま、私と同じように裸足でフローリングを踏み付けながらやって来た彼は、大きな欠伸を一つ。
私は私で答えながらコップを拾う。
「ふーん。俺にも頂戴」
拾い上げたコップで、再度水を飲んでいたら、彼が更に距離を詰めて手を出した。
自分でやりなよ、というのも面倒で、飲み掛けのそれをそのまま渡す。
上下する喉仏を眺めながら、キッチンだけ電気を点けてた。
それにしても、何で自分は服を着ておいて、私は全裸で寝かされていたんだろうか。
処理をしてくれたなら、パンツくらい履かせて欲しかったんだけど。
そう思いながら、水を飲み干した彼を睨み付ける。
「何?てか、何で裸なの」
「死ねよ」
ほぼ反射で出た言葉に、彼が肩を竦める。
仕方のない奴、みたいな態度なのだが、悪いのは私なのだろうか。
違う気がする、絶対に違う気がする。
シンクにコップを置く彼を見ながら、髪の毛を掻き上げて違和感。
――違和感というよりは、ちょっと待て、と言いたくなるような感覚。
眉を顰めて、自分の体を見下ろす。
そこには、いつもと変わらないスタイルがあって、割とインドアな方だから肌も白い。
胸のサイズが大きいってわけじゃないけど、小さくもなくて丁度いいサイズだと自負しているし、何より形は最高だと思う。
くびれもあるし、腰も足も綺麗な曲線を描いているはずだ。
「おいこら」
「ん?何、俺まだ寝るよ?」
そんなこと言ってねぇよ、掠れた声だとドスも効かない。
上半身半裸のせいで、掴む胸倉もない。
だから、彼の進路を塞ぐように立ち、頭一つ分くらい高い場所にある彼の顔を見た。
「付け過ぎじゃねぇですか、お兄さんよぉ」
グリグリ、と右手をグーにして彼の脇腹に押し付ける。
ほんの少し眉を歪めて、彼は私の体を見下ろした。
頭から爪先まで、ザッと流すように見てから、ゆっくりと首を傾ける。
あざとい、その一言で表せてしまう仕草に、今度は足が出た。
素足で彼の足を踏み付ける。
右手と右足の両方でグリグリしながら、ばかあほしね、と子供のような悪口を吐き出す私。
「ファンデあるじゃん、ファンデ」
私の頭を撫でながら、やんわりと右手を押え付ける彼が、宥めるようにそう言った。
そう言ったのはいいが、インドア派な私の少しばかり不健康な肌の色に、散りばめられるように残った赤と青の痕は隠しきれないだろ。
前しか分からないけれど、ここまで来たら後ろも酷いことになっていそうだ。
何か、あれだ、死斑か変な病気みたいで怖い。
しかも見える場所には重点的に付けてあって、わざとです、と主張している。
「包帯巻く?」
「巻かないから」
指の腹で首周りの痕を撫で始める彼の手を払い除け、髪の毛でガードする。
触り方が卑猥だった。
ぞわぞわした肌を、自分の手で撫でながら、これみよがしに溜息を吐く。
勿論、そんなことで彼がめげるはずもなく、楽しそうに笑って、私の頬に唇を落とす。
反省の色が欠片も見られないのも、ある意味凄い。
無理はさせられて意識は飛ぶ、声は枯れる、冬なのに全裸で眠らされてる、痕付けまくりって、厄日か。
ふてくされる私を見下ろしている彼が、またしても大きな欠伸を一つ。
犬歯が見えていて、猫みたいだ。
それから、気だるそうに首ら辺を掻きながら私の手を掴む。
カチッ、と音がしてキッチンの電気が消えた。
「まだ深夜だし、取り敢えず寝よ。俺、眠い」
「いや、服着たいんですけど」
自由か、自分勝手か、自己中心か。
突っ込みたいのに、腕をしっかりと掴まれて寝室まで連行される。
ダブルベッドに投げ捨てられて、痛いっ、と抗議の声を上げたのに、彼がベッドに沈んだスプリング音によって掻き消された。
服着たいって言ってるのに、なんて文句も言えずに、ベッドから抜け出すことすら出来ないように、ガッツリ抱き締められる。
私は抱き枕じゃないんですけど。
彼のしっかりした胸筋に鼻が当たって痛い。
「服……」
「や、無理、寒い。さっきもそれで起きたし」
諦めきれずに呟けば、即座に飛んでくる言葉。
私も寒いから服を着たいのに、これなら温かいから、とか勝手なことを言う。
更には、起きて来たのは私がいなかったから、という可愛い発言をしている。
これ眠いんだろうなぁ、なんて思いながらも、胸が締め付けられるのは止められない。
でも、取り敢えず、やっぱりパンツくらいは履かせて欲しかった。
そう思いながら、私は彼の立派な胸筋に顔を押し付けて目を閉じるのだった。