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ヤムヤム密室殺人事件

 アリスという名の少女と俺は、ナリタと呼ばれる近代都市に来ていた。理由は、ヤムヤムが若返りの病気の進行を遅らせる効果があるらしいからである。


 しかし、このナリタという都市を歩いていると、元いた地球を思い出す。食べ物がサプリメントという点を除けば、地球の大都市と殆ど変わらない風景なのだ。

 ついこの前まで集落でヤムヤムと呼ばれる変な名前の芋を掘りまくる生活をしていたのだ。文明って凄いな、と素直に感心させられる。

 そして、文明の発達を見ると、どうしても集落で起きたあの事件を思い出すのだ。ふと、俺の意識はあの事件で一杯になっていった。



 前日までのじっとりとした雨が嘘のように、軽やかに晴れたあの日。

 朝食としてヤムヤムを食べていた俺の前に、大慌てでレイがやって来た。


「ヤムヤム、ヤムヤムきえー!!イエス、アイアム、ヤムヤムー!」

 言葉を喋れないレイは奇声を上げた後に、ぱたんとその場に倒れた。

 その後にレイは起き上がり、またその場に倒れこむ。


「……、もしかして、誰か倒れたのか?」

 俺が訊ねると、レイは大きく頷いた。どうやら、全く言葉が分からない訳でもないらしい。

 しかし、レイの驚きぶりから察するに、この集落の中でもよっぽど重要な人物が倒れたのかもしれない。とにかく、レイに現場に付れて行くようジェスチャーで示す。



 連れてこられた先はある住居だった。集落の中でも豪華な造りで、木製の屋根があり、壁は白い石で出来ている。

 その辺りには沢山の人が集まっていた。不安そうな顔をして、こそこそと話している連中が多い。皆の顔色はすこぶる悪かった。顔を青ざめた者や恐怖に体を震わす者までいる。

 俺はその中にいた、小柄の少年に声をかけた。彼の名はこうじ。何事も習得するのが早く、日本語も集落の中で一番上手く喋れるので、幼いながらも幹部の一人なのだ。


「大変です、勝弘さま。安倍(あべ)さまが、ご自宅で亡くなられているのが発見されました」 声変わりをしていない高い声で、こうじは言った。

 安倍(あべ)とは、この集落の幹部の一人で、唯一計算が出来る50代半ばの男である。普段は集落の住人への、ヤムヤムの配布等を仕事としていた。頭はよく働くが、自己中心的なところがあり、いろんな人とのいざこざが絶えなかった。

 しかし、確かに幹部が一人死んだのは痛いが、なぜこんなに大騒ぎになっているのだ、と不審に思う。

 こうじは俺の表情を見て、察したのか小声で耳打ちしてくる。


「しかも妙なことがあるんです」

「妙なこと? 一体なんなんだ」

「実はご自宅には鍵が掛かっていたようなのです」

「なるほど……、ってそれのどこが妙なんだ。安部は自殺したとういうことじゃないのか?」 

 俺の問いに、こうじは苦い顔で首をふった。


「それはないと思われます。わが集落での自殺は、する前に地面に遺言を、言葉か絵で書くのがルールです。今回それは発見されませんでしたし、なにより、彼には何か鈍器で殴られた痕があったようです」

 つまり何者かによる殺人ということか。今まで、ヤムヤムを盗もうとしたり、シャベルを勝手に作ろうとした者を、見せしめとして殺したことはあった。だが、それ以外に人が殺されることはなかった。どうにも嫌な気分だ。


 しかし、いったい犯人はどうやって現場である家から出たのか。そして、なぜ密室等という状況を作りだしたのか。異世界に来て、密室殺人に会うなんて思ってもみなかった。

 さらにこうじは、そばかす顔を曇らせて、

「誰が言い出したかは不明ですが、これは(たた)りだとする噂が広まっています」 と言った。


 それを聞いた俺はふんと鼻をならして、

「まさか、こうじはそんなくだらない噂に惑わされているんじゃないだろうな。祟りなどあるはずがないだろう! とりあえず死体の発見者に会わせろ」 とこうじを怒鳴り付ける。

 実際には異世界転生なんてものを体験している身として、オカルト事を一概に否定はできない立場になってしまった。しかし、ここでいきなりそれを認める訳にもいかないだろう。とにかく、まずは調べてみるに限る。


 俺の八つ当たりを受けて泣きそうになりながら、こうじは一人の少女をつれてきた。雪のような肌、蒼い目をしていて、目鼻のほりが深い、白人のような可愛らしい娘だった。背中に伸びる髪は燃えるような赤で、瞳の色は海のような明るい青色なので、俺からすると何かのコスプレのように見える。

 そして注目すべきなのは、女性らしい丸み帯びた身体にある。胸はボンと出ていて、腰はキュンとくびれている。元いた世界で言うならば、『モデルのような体型』 だ。

 この集落では子供の頃に与えられた服をずっと着続ける慣習があるため、肌を隠す面積はかなり小さい。その少女は草のスカートを履いているのだが、これがえらく短い。元いた世界では、女子高生のスカートが短いなんて非難されていたが、この草スカートを見ると、意外と大したことはなかったのだと気づかされる。更に、彼女は下着を履いていない。これも集落でのしきたりだ。今日は村人もそれどころではないようだが、いつもは無遠慮な男どもが好色の眼で観察しているものだ。

 こんな状況、昔の俺なら鼻血を出して喜んだろう。だが、だがしかし、異世界に女として転生してから全く反応しなくなってしまったのだ。主に俺のバナナが。


 俺を女にした、あのくそ猫は絶対に許さない。次に会ったら俺の唾でコーティングされた鼻くそを食べさせてやる。


 そんな熱い決意をしている俺を、不思議そうに見ながらこうじは言った。

「彼女が発見者の一人である、ヒカリさんです。亡くなられた安倍さまの部下に当たりますね」

「発見者の一人ということは、発見者は一人ではないのか?」 

「は、はい。ヒカリさんと谷垣(たにがき)おじさまのお二人が初めに死体を発見なさったようです」 と、こうじはキーキー声で答えた。


「ふむ。で、その谷垣とかいう奴はどこにいるんだ?」

 こうじはビクビク震えながら、

「そ、それが、人混みが激しくてまだ見つかっておりません。ですから先にヒカリさんをお連れしたのですが……」 と答えた。


 俺は小さく溜め息をついて、

「わかった。じゃあ谷垣をすぐに探しだして、ここに連れてきてくれ」

「御意」 こうじは頷き小走りで人混みの中に入っていった。


 俺はヒカリに向き合って、真面目な顔で言う。

「辛いとは思うが、死体を見つけたときの詳しい状況を教えてくれ」


 ヒカリは死体を見たショックか、青い顔をしていたが、少したどたどしい日本語で喋りだした。

「ハイ。んー、ワタシ、安倍様に今日の朝に谷垣オジサンと家に来るように言われてました」

「いったいどうしてだ?」

 俺の問いに、ヒカリは自分の手を頬に添えて、

「んー、ワタシと谷垣オジサンにとって、安倍様は仕事の上司です。だから、きっと仕事の話だと思います」

「なるほどな。続けてくれ」

「それで、朝に谷垣オジサンと安倍様の家に行って、ノックしました。でも、返事がありませんでした」

「ふむ。それで?」

「安倍様、と呼んでみましたが返事もありません。家の扉を開けようとしたら鍵が掛かってました。ワタシ、何か嫌な予感がして、扉に突進して無理矢理開けました」

「ふーん。そうしたら、安倍が死んでいたということか」

「ハイ、その通りです」

 一通り話を聞いてみたが、特に変わった点は見当たらないような気がした。一人の人物だけから情報を得るのは得策ではない。広い視野で物事を見なければ真実は見えてこないのだ。とりあえず、俺はヒカリから得られる情報はこれぐらいだろうと見当を付けた。

「ふむ、分かった。すまんな、嫌なことを聞いてしまって」 

「とんでもないです。では、ワタシこれで失礼しますね」 と言い残してヒカリは、とぼとぼと人混みの中に歩いていった。息抜きに、俺は去っていく彼女の成熟した臀部をぼんやり見ていた。


 そこに丁度良いタイミングでこうじが、一人の白髪混じりの老人を連れて戻ってきた。

「こうじ、この爺さんが谷垣か?」

「はい、谷垣オジサンです」

 温厚そうなじいさんだな、と思う。髪の大部分が白く、顔には多くの皺が刻み込まれていて、彼が苦労して人生を過ごしたことが容易に伺われた。

 

 なるほどと俺は頷いた後に、谷垣に、

「悪いが谷垣、ここで少し待っていてくれ」 と頼んだ。

 谷垣は目を細めて

「はいはい、承知いたしました」 と優しく微笑んだ。

 

 それを聞いて満足した俺はこうじに向かって、

「よし、現場に向かうぞ」 と声を掛ける。

「ええ? しかし、谷垣オジサンには事情を聞かないのですか」

「後で聞くさ、後で。ほら行くぞ」

 俺はこうじの首根っこを掴んでずるずると引きずりがら、現場の家の扉に向かう。


 さて、被害者である安倍の家に来たわけだが。まず、家の回りを見ると、窓はなく扉が一つであることから、外との出入り口は一つしかないのが分かる。次にその唯一の出入り口であり、鍵が掛かっていたという扉を見る。

「この扉は、家の中に入るときは、扉を内側に押すな。扉に変わった仕掛けがあるわけでもない」


 俺の独り言に対して、こうじは返事をする。

「おっしゃる通りです。それと、現場の保存のため、この家の中にはまだ誰も入れていません」

「誰も入れてないと言っても、第一発見者は入っているだろう?」

「ええ、死体発見時に部屋に入ったので」

「わかった。外から見た感じ、特に変わったところはない。中に入ろう」 

 俺とこうじは、おそるおそる家の中に入る。

 家の中は案外簡素な作りだった。広さは人が5人ほど横に寝れる程度。あるものは、安倍の死体と木で出来た丸テーブルと椅子。配置は入ってきた扉から見て、右端に丸テーブルと椅子、正面に安倍の死体がある。


「うへ、なんか余りいい気分じゃありませんね」 と死体を前にして、こうじは平気な顔をして言う。

「当たり前だ、死体が転がってるんだぞ。気分もクソもあるか」

 どうもこうじは呑気なやつだな。こっちは必死に手掛かりを探してるってのに。


 死体の前で手を合わせた後に観察してみる。状況から見て、死んだのはここ数日のあいだ。殴られた痕は、左耳から左眉毛の辺りにかけてのかなり大きいもの。

 体に着けている服代わりの布切れは湿っている。さらに、布切れの後ろ部分は泥が付着していた。更によく見ると、殴られた痕にも泥が付いている。


「どうして、安倍さんの背中には泥が付いているのでしょう」 こうじは首を傾げて俺に尋ねた。

「そうだな……。例えば凶器に泥が付着していた、とかはどうだ?」 俺の自信満々の推理に、こうじは首を横に振る。

「それだと、殴られた痕に付く泥は説明がつきますが、背中に付く泥の説明にはなりません」

「それなら、こうじ。お前はどう思うんだ?」


 こうじは、うーんと唸った後、なにかに気づいたように、あっと叫んで、嬉しそうに言った。

「安倍さまは殺される前に泥遊びをなさってたんです」

 ……、なにを言ってるんだこいつは。


「参考までに、なぜ安倍が泥遊びをしたと思うんだ?」

「童心忘るべからず、です」 えっへん、と胸を張ってこうじが言う。

 いや、なんで50半ばのおっさんが雨の中、泥遊びをしなきゃならんのだ。


 気を取り直して、家のなかを見渡すが、特に変わった点は見当たらない。争った形跡もないし、どこかが壊れた様子もない。

 強いて言えば、床に泥がいくらか付いているが、これはなんとも言えない。俺たち集落の人間は外でも土足で、家の中に入るときも土足である。しかも、3日前から昨日の夜まで続いた雨のせいで、この辺りの土は完全に、たちの悪い泥となっていた。第一発見者が死体を発見したときの土かもしれない。

 詳しく見ると、もう乾いている泥と、まだ水分が残っている泥が両方ある。



 次に、密室殺人なんてふざけたものの原因を作っている、鍵を観察してみる。鍵は(かんぬき)のタイプである。扉と枠に通すことで開かないようにするものだ。元の世界では古い門などに使われていた。

 安倍の家の閂は木材で出来ていた。家の内部と同様、特に傷ついたり、変形した様子はない。死体などで気になった泥だが、閂には付いていない。


 ふと、何か引っ掛かる物を感じる。今までに見て聞いたことを纏めて、おかしなところはなかったか? 

 じっと考えて、情報と言う名のピースを推理と言う形に、はめこんでゆく。もしかして……。


「おい、こうじ。行くぞ」

「了解です。って、行くってどこにですか? ああ、行き場所くらい教えてくださいよ」 こうじの質問を無視して、俺は家から出た。向かった先は、第一発見者である谷垣を待たせた所だ。

 いつまでも老人を待たせるわけにもいかない。それに、もし俺の推理が正しければ……。


 そうこう考えているうちに、先程ヒカリと話し、谷垣を待たせている場所に、いつの間にか俺は戻ってきていた。

 谷垣は俺にまだ気づいていないようで、ぼんやりと空を眺めている。


 なんとなくその姿が儚くて、ひどく脆くて、簡単に壊れてしまいそうな気がして、俺は呼び掛けることが出来なかった。

 黙って俺が谷垣を見つめていると、気配を察したのか彼はのんびりとした調子で俺の方を向いた。

勝次郎(かつじろう)さまでしたか。現場で何か分かりましたか」


 それを聞いた俺は得意気に笑って見せる。

「まあ、少しな。ところで、俺の名前は勝次郎ではなく、勝弘(かつひろ)だ」

 谷垣はやってしまった、といった感じで、額を手で押さえて、

「ああ、これは失礼しました、勝太郎(かつたろう)さま」 と笑った。

「いや、だから俺の名前は……。まあ、この際それはいいや。あんたにいくつか聞きたいことがある」

「なんなりと」 谷垣は背中をさすりながら応じた。

「あんたとヒカリが安倍の家に行ったとき、鍵が掛かっていたそうだな」

「はいはい、そうですよ」 と谷垣は穏やかに答える。


「あんたら二人は扉が開かなかったから、鍵が掛かっていると思ったんだよな。じゃあ、そもそも最初に扉を開けようとしたのは誰だ?」

「あれは確か……。そうそう、ヒカリちゃんですよ。家の中に入ろうと扉に手をかけたヒカリちゃんが、『扉が開かないよ!』 と叫んで、彼女がそのまま体をぶつけて、こじ開けたんです」

「じゃあ、谷垣。あんたは扉には触れていない?」


 谷垣は考えるそぶりを見せた後に、

「そうですね、触れていないと思います」 と言いきった。

 なるほど、もしかして……。

 そのとき、こうじが人混みのなかから、荒い息をしてやってきた。

「ひどいですよ、勝弘さま。黙ってさっさと行ってしまわれるんですから」 とこうじは拗ねたように言う。


「まあ、そう言うな。それより、こうじ。皆を広場に集めてくれ」

 こうじはポカンと俺を見て、

「集めるって……。じゃあ、この事件の真相が分かったんですか」

「ああ。謎はほとんど解けた」


 こうじは俺のことをキラキラと輝いた目で見て、

「さ、さすが勝弘さまです。分かりました、直ぐに集めます」 と宣言する。

 しかし、俺は直ぐにこうじを引き留めた。

「いや、やっぱり集めるのは谷垣とヒカリだけでいい。俺はヤムヤム畑に行った後に広場に行く」



 こうじと別れた俺は、安倍の家の直ぐ近くにあるヤムヤム畑に来ていた。確か連日の強い雨のせいで、農作業は何日か行われていない。俺は思わず高笑いをする。

「フッフッフッ、あーっはっはっは」

 ヤムヤム畑で俺は『あるもの』 を見つけていた。これで全ての謎は解けた。後は弁護士で培った話術を使いこなすのみだ。



 自信満々な状態で、俺は広場に向かっていた。広場には第一発見者のヒカリと谷垣、そしてこうじが待っていた。


「悪いな、集まってもらって」 俺はヒカリと谷垣に素直に謝った。いくら国の指導者になっても、こういう礼儀は大切だ。

「いやいや、構いませんよ。それより、用はなんです?」 と谷垣が静かに訊ねる。

「今回の事件のあらましが分かったんだよ。そのタネあかしさ」

「んー、あれは祟りではないんですか?」

 ヒカリは俺の目をじっと見て訊ねてくる。


「ああ、違う。これは人間によるによる意図的な殺人だ」

 と宣言して、俺は一度息を深く吸う。

 そのあとに二人に向かって語りだす。真実という名の物語を。


「まず、ヒカリ。お前は安倍の家の鍵が掛かっていないことを理由に、一発の体当たりで扉を開けた。この間に谷垣はこの扉には触れていない。間違いないか?」

「ええ、間違いないです」 とヒカリはたどたどしい日本語で答える。


「あの、それって重要なのですか?」

 とこうじは訊ねる。

「その答えは直ぐに分かるさ。その前に死体の服の後ろと、殴られた痕に付着していた泥だ。これがいつ、なぜ付いたのかだ」


 こうじは俺に向かって誇らしげに、

「それは既に解決したじゃないですか。安倍さんは死ぬ前に泥遊びをしたんです」 と言う。

「全く解決してねえよ。だが悔しいが、お前の推理はあながち的はずれでもなかった」

「どういうことですか?」 谷垣は怪訝そうに訊ねた。

「つまり、安倍は外で殺され、家の中に連れてこられたんだ」

「どうしてそう思うのですか?」 こうじが興味津々、といった感じで聞いてくる。


 俺はキザっぽく笑ったあと、

「安倍の家のすぐ近くにある、ヤムヤマ畑の土が随分とぐちゃぐちゃになっていた。まるで何かの跡を消すかのようにな」


 こうじは意外そうに、

「ええ、それだけですか。それがどうしたっていうんです」 と俺の方を心配そうに見つめてくる。


「忘れたのか、こうじ。ここ数日はかなり強い雨だったんだ。そこにそんな跡が残っているなんて可笑しいじゃないか」 俺は、出来の悪い子供に教える教師のように教えた。

「んー、その跡はヤムヤムを育てている方が、農作業の時に作ってしまったのでは?」  

 ぱちぱちと目を瞬かせて、ヒカリは遠慮がちに言う。


「いや、それはまずない。ここ数日の強い雨の日のせいで、誰も農作業なんてしていない」

 それに、と俺は人差し指をピンの伸ばして続ける。

「仮に農作業が行われたにしてもだ。土に出来た跡の中には、足跡が沢山あるはずなんだよ。なのに実際にあったのは、土がめちゃめちゃに荒れた光景だ」

 俺はパフォーマンスとして、手をブンブンと振り回す。  


「つまり、どういうことになるんですか」

 こうじは目をキラキラと輝かせて、弾むような声で聞いてくる。


「真相はこうだ。犯人はヤムヤム畑で安部を鈍器で殴って殺害した。凶器は俺の推測では、農作業で使うシャベルだ。これで殴られた痕に泥が付いていたのも納得できるし、倒れたときに背中に泥がついたのも推察できる。そして、畑で殺人が行われた痕跡を消した。土を荒らすことによってな」

 気づくと俺の息は荒くなっていた。謎を解いたときのあの興奮が、またよみがえってくる。落ち着け、落ち着け、俺。ここでしくじれば、すべてがお仕舞いだ。

 俺は大きく深呼吸したあとに、また口を開く。


「ここで犯人はある策を思い付いたんだろう。もし、死体が自身の家にあり、なおかつその家が密室だとしたら? 

 この集落では殺人事件なんて殆ど起きたことがないんだ。これが密室殺人だったら、民衆はパニック状態になる。そこに、祟りなんて噂を流せば、犯人探しは非常に困難になる……」

 そして、俺は高笑いをして言い放つ。

「そうだろう、第一発見者のヒカリ?」


 ヒカリは目をぎょっとさせて、大きく首を振った。

「ちょ、ちょっと待ってください。勝弘さまは、私が犯人だと仰るんですか」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、証拠を見せて下さい」 とヒカリは俺を睨み付ける。それを見た俺は、思わず自分の身体中を若い血がのたうち回るのを感じた。ああ、女は慎ましく笑う姿も美しいが、憎悪で汚れた瞳で人を睨み付ける姿も尚のこと美しい。どうして女はこうも美しいのだろう。俺はここで、少しだけ自分が女になれたことを喜んだ。俺の中に官能の波が押し寄せてきた。気づくと身体が仄かに赤く染まっていた。

 

 俺は様々な興奮から逃れるように大声で叫んだ。

「元からそのつもりだ! まず、お前は安倍の家に突入するときに、一度の体当たりで扉を開けている」

「ええ、それがなにか?」 ヒカリは俺を睨んだまま、ふんと鼻をならす。ああ、そんな憤怒の瞳で見ないでくれ! 俺は自分でも顔が赤く紅潮していくのが分かった。

「普通、そんなことあり得るか? お前みたいなうら若い女に、一度の体当たりで開けられた? そんなに鍵が脆いはずがなかろう」


 こうじは、考えるそぶりを見せたあと、

「安倍さまはこの集落の幹部の一人です。ですから、家につけられた鍵も、この集落の中で一流のものです。いくら木で作られたと言っても、そこまで(やわ)ではないかと」

「んー、人間、焦ったときは凄い力が働くものですね」 とヒカリは平気な顔をして白化(しらば)くれる。


「しかし、それだけでヒカリちゃんが犯人だと決めつけるのは、些か無理がありませんか?」 谷垣は意外と冷静に俺に問い掛けてきた。


「証拠はもうひとつある。現場の鍵を見たところ、全く壊れた様子がなかった。それどころか、傷ひとつなかったんだよ」

 俺は思わず、きっとヒカリを睨み付ける。そして、糾問する。興奮と快楽の波がもうそこまで来ていた。

「可笑しいじゃないか。お前がその凄い力で扉をこじ開けたのならば、なぜ扉は壊れていない? なぜ扉は無傷なんだ? それはお前が、鍵が掛かっている、と嘘をついたからだ!」


 ヒカリはうっ、と呻いて、

「ち、違う。ワタシは嘘なんかついてないです。そ、そうだ。誰かが、ワタシと谷垣オジサンが死体を見つけたあとに、鍵を取り替えたんですよ」 


 しかし、これを否定したのはこうじだった。

「それはあり得ません。死体発見後すぐに、あの家は立ち入り禁止にしました。現場保護のために、です」


 ヒカリは目から涙を流して、

「でも、でもでも、鍵が掛かっているという嘘を、ワタシが言ったにしても、ワタシが安倍さまを殺した証拠にはなりません」 と悲しげに叫ぶ。


「いいや、それこそが証拠となるんだよ。その嘘があったからこそ、密室殺人なんだ。そして、偽りの密室殺人なんて状況を作り、捜査を混乱させようとする奴がどうして、殺人犯じゃないと言えるんだ? 逆にそれ以外の理由でなぜお前は嘘をついたというんだ? 俺に分かるように、論理的に、明快な答えを教えてくれよ!」 

 俺は全ての力をヒカリにぶつけていた。弁護士時代に鍛えた話術、好きだった推理小説の論理展開、学生時代に育て上げた、思考力。俺の今持つ全ての力を、才能を、能力を、この推理に捧げているのだ。


 ヒカリはしくしくと泣いていた。暫くして、小さな声で、

「ワタシがやりました」 そう告白した。その瞬間、俺の体が快感で激しく痙攣するのが分かった。嗚呼、ついにここまでやりっきたのだ。充実感を感じながら俺は小さく伸びをした。そしてふと気付いた。身体中が汗や別の体液でベトベトになっているのに。集中しすぎて気づかないなんて、まだまだ俺も未熟だと頭をボリボリ掻いた。


 ヒカリが泣き止んで落ち着くまで暫く待ったあと、

「どうして、どうしてだい、ヒカリちゃん」 と谷垣は目を細めて悲しげに訊ねていた。


 ヒカリはぽつり、ぽつりと語りだした。

「昨日、仕事終わりに、安部さまとお酒を飲んでいた時です。酔った安部さまが仰ったんです。『実はな、俺は家の床下にヤムヤムを隠して持っているんだ。なあに、民衆に配るべき物を窃盗(くす)ねてやったんだよ。あいつら計算も出来ない阿呆ばかりだから、気付く奴なんていないんだ』 」

 ヒカリは手で青白い太股を叩いて泣きながら続けた。


「豊かになってきたとはいえ、ヤムヤムが足りなくてお腹を空かせた子供たちは沢山いるんです。それなのに、それなのに安倍さまは自分の私腹を肥やすためだけに、そんな無責任なことをしていたんです。

 許せませんでした。どうしても、許せませんでした」






「……、おに……、お兄さん。ねえ、お兄さんってば」 


 ふと気づくと、おさげの幼い少女が俺を心配そうに見つめていた。

「大丈夫? お兄さん、道の真ん中でボーッと突っ立ってるんだもん」


 ああ、昔のことを思い出していて、思わず立ち止まっていたのか。俺は少女になんとか作り笑いをする。

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね、お嬢ちゃん」

「ふーん、それならいいんだ」

 そう言うと、少女は鼻唄を歌いながら、軽やかに去っていった。



 安部を殺したヒカリは、俺と幹部達との協議の結果、ヒカリに、給金として、ヤムヤムの量を生活最低限度のみ支給し、そのぶん人の二倍以上の仕事を一年半させる、ということで折り合いがついた。彼女の殺しの動機がある程度認められた結果だった。


 あんな事件は、このナリタのように、集落が発展していれば防げたのではないのか。確かにヒカリが犯した罪は許されるものではない。でも、彼女は、先程のおさげの少女のような子供たちが、腹を空かせて死んで行く不幸を許せなかっただけではないのか。


 殺人は許されることではない。これは自明の理だ。殺人を犯した犯人はどこか気が狂っている。そうでなければ、簡単に実行出来ることではないから。これは弁護士時代からの俺の持論だった。しかし、今回の事件を見るとどうだ? 自分の私利私欲の為だけに動いて死んだ被害者と、それが許せなかった犯人。いったいどちらの気が狂っているというのだ。


 なんとも言えない、気だるげな気持ちが俺を襲っていた。あの事件では多少推理が出来た。でも結局、根本的な解決にはならなかったし、どうすれば二度と同じ事件が起きないようになるのかも分からない。結局、何も出来やしないじゃないか。

 俺は途方もなく無力な、ちっぽけな存在じゃないか。



 俺は豊かで活気溢れるナリタの町を歩いていた。ふと、道の端で誰かが、うずくまっているのが分かった。

 肌は真っ黒に日焼けし、服はあちこちが破れ、体からは異臭を放っている、髭の長い男だった。


「くいもの、たのむ、食い物をくれ。ほんの少しでいいんだ」

 俺の中に雷撃に似た衝撃が走った。

 そうだ、なにも変わらない。日本だろうが、地球だろうが、あの集落だろうが、発展しているナリタだろうが、変わらないんだ。なにも変わらないんだ。

 多かれ少なかれ、程度の違いはあれ、腹を空かせた子供がいれば、他人を踏み台にして、ふんぞりかえっている大人だっているんだ。その場所の貧富は大した問題じゃない。そこに住む、人自身が問題なんだ。


 俺はポケットの中にあるサプリメントを取りだし、その男に投げて渡した。


「あ、ありがとう。ほんとうに、ありがとう」 その男は本当に眩しい笑顔で言った。


 俺の行為は唯の自己満足なのかもしれない。でも今まで、俺はこれらのことを考えもしなかった。いや、違う。目を背けていたんだ。

 でも、今は違う。俺は今決めたんだ。俺一人の力なんてたかが知れてる。けど、そんな力が集まれば、大きなものになる。


 俺は豊かで活気溢れるナリタの町を歩いていた。どこからか、幸せそうな家族の笑い声が聞こえてきた。

この回は山本周波数が担当しました

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