主人公はヤムヤムに戻ります
「いろいろ遠回りになりましたが、あなたにはあなたの国を取り戻してもらいます。郷田も国持ち、アリス――ここではナリタを掌握した新アリスですが、国持ちです。我々だけが国なしなんてフェアじゃないでしょう?」
確かにフェアではないだろう。だが、あんな未開のジャングルの集落のような国を取り戻したところで有利と言える材料があるだろうか。あるのはせいぜい、頭数とヤムヤムだけだ。
「あの田舎を獲るよりはもう一度、新アリスにアタックしてこの国を手に入れるほうが有意義だと思うがな」
俺はまだ腹に一物を隠した表情でこちらを見つめる怪盗を嘲るような口調で言った。怪盗は、俺がこういうことを予想していたかのようににっと口元に笑みを浮かべた。
「ええ、メリットはそちらのほうがあるでしょう。ですが、私たちには四人しかいない。それも爆弾付きだ。とても二回目のアタックを新アリスにかけられるとは思えない。それはお嬢ちゃんも自覚しているんでしょう?」
まったく忌々しいやつだ。そんなことは分かっている。それに何から何までお前やあの二人にお膳立てされるのはいい加減、飽きてきたのだ。なによりもこうやって流されるだけでは俺にはいつになっても主導権が回ってこない。
「お嬢ちゃん、と言うな。俺は間宮勝弘だ。いくらこの世界で艶やかな小麦色の肌をした艶かしいエロさがにじみ出る美少女と化していてもその言い方は癇に障る」
「私はたまに思うのだが、君はその姿、結構気に入ってきてないかい?」
欲望にまみれきった汚れた目で怪盗が俺を見る。まったく気に入っているなど濡れ衣もいいところである。俺は元々、滲み出る大人の余裕を持ったナイスガイだった。笑顔ひとつで女の十人や二十人を投網にかけられた。俺はそんな俺――間宮に戻りたいのだ。
この健康美を集約した美少女の姿などまったく気に入っていない。
「そんなわけないだろ。まったく人をなんだと思っているのか。まぁ、それは置いておいてだが、新アリスに今は勝てない、というのは認めよう。だが、いま俺の国をおさえているこうじになら勝てる算段があるというのか?」
「あります」
怪盗は自信を見せた。とはいえ、これまでコイツと関わってから逃げる。逃げる。そして逃げる、の繰り返しである。言葉通りに受け取るのは危険というものだろう。俺が考え込むように腕を組むと怪盗が更に言葉をつなげた。
「もうすぐ、あなたの国からヤムヤムを積載した船が到着します。これは旧アリスがあなたの国を一時的に手に入れ、こうじに奪われるまでに送り出した最初で最後のヤムヤム運送船です。この船にはあなたもご存知の谷垣さんが乗っています。彼こそが私たちの協力者です」
ご存知、と言われても谷垣ってだれだ? 俺は灰色の脳細胞を懸命に動かす。脳内のミトコンドリアが発熱し、電気を生み出す。生み出された電気は信号となって脳内を隅々まで行き渡る。そして、俺は一つの答えにたどり着いた。
「すまん。谷垣ってだれだ?」
「君は自分の部下も覚えていないのか? ヤムヤムの配給を担当していた安倍が亡くなったから後任に谷垣をつけたのは君だろう」
ああ、すこし思い出してきた。俺があの田舎にいたとき、ヤムヤムという芋のせいで殺人事件が起きた。そのせいでヤムヤムの配給係であった安倍が死んだ。その後釜が必要だったので、安倍の下にいた谷垣を繰り上げて配給係にしたのだった。
「冗談だ。覚えているに決まっているだろ。まったく冗談もわからない奴が怪盗だなんてルブランが聞けば涙を流して悲しむだろうよ」
「涙を流すのはルブランじゃなくて、谷垣の方だよ。彼は国の所有者がころころ変わる中でも君を信じて船から通信を送ってきた、というのにそれを忘れていたなんて」
「忘れていない! くどいぞ」
谷垣、すまん。いまのいままでさっぱり忘れていた。お前のことは名前付きのモブAくらいにしか思っていなかった。次にあったらちゃんと覚えてやる。そんな俺の心の謝罪を知ってか知らずか怪盗がこちらを疑いの眼差しで見つめている。
「まぁ、いいよ。この谷垣が乗っているヤムヤム運搬船を使って私たちは君の国に戻る。そして、こうじを倒すなり、言いくるめるなりして国を取り戻すんだ。谷垣の話じゃいまでも君を信じる人々は多い」
そりゃ、そうだろう。おれがいなければあの土人たちは満足に食っていくこともできず、いまも泥にまみれてヤムヤムを掘っていたのだろうから。こうじがいくら俺の代わりを努めようとしても、人々が俺に抱く感謝の念を超えるようなことはできないはずである。
「こうじを倒したとして郷田と新アリスに攻められればあんな未開発地すぐに終わるぞ。アステカ王国が少数のスペイン人に負けたようにだ」
「いいえ、そうはなりません。なぜなら、新アリスはこのままではモードリ病でナリタが終わる。だからヤムヤムが欲しい。だが、郷田はナリタにこのままでいて欲しい。だから、彼はこうじをそそのかしてヤムヤムがナリタに行かないようにした。では、私たちがヤムヤムの生産地をおさえればどうなるか?」
ヤムヤム。あの現地人の主食とする芋には新アリスの治めるナリタの国民の多くが発症しているモードリ病の治療に効力がある。ヤムヤムを手に入れれば新アリスはナリタの国民を救い。落ちる一方の国力を取り戻すことができるだろう。だが、それは郷田にとっては良くないことなのだろう。だから、こうじを取り込んだ。そう考えれば、俺たちがあの田舎を手に入れる利点はある。
一つに、ヤムヤムを餌に新アリスあるいは郷田のどちらかと有利な同盟を結ぶことができるかもしれない。二つに、同盟を結んだ相手と一緒に残る一方を攻めれば、二正面作戦をせずに済むのだ。
「敵の敵は味方、というわけだな」
「そうです。ヤムヤムという芋だけが私たちのカードになるのです」
「芋頼みだなんて、泥臭い話だ。まぁ、なんだな。結局はあのヤムヤムに戻ってくるのか」
スコップを持ったブルーに追い回されていたのがずいぶん前のように感じる。だが、実際には半日前にも満たない。まったくこの世界に来てからいろいろなことがめまぐるしい。一人だと思っていた奴が二人だったり、味方が敵になったり、敵が味方になったり、せわしないことだ。
これほどにもせわしないのは郷田とやりあったあの事件以来では初めてな気がする。谷垣が現れるまでにあの事件のことを少し思い出す必要がある。どうにもこの世界にはあの事件の関係者があまりにも多いからだ。
「あれは今から……」
この回はコーチャーが担当しました




