主人公は怪盗と相談しました
「君の作り上げた国ですよ」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。しかし、それも仕方のないことだ。
「今更あんな国にどんな価値があるっていうんだ?」
あの村と呼んだほうが相応しいほど小さな国は、もうこうじと郷田によって完全に実権を握られている。今あの国に帰ったところで、俺にできることなんて一つもない。どう考えたって殺されるのがオチだ。
「その前に君に謝らないといけない」
運転席に座った怪盗はさっきからずっと正面をみて顔をこちらに向けない。困ったように薄く微笑むその横顔を、俺は黙って注視していた。
辺りは既に真っ暗。車のライトに照らされてぼうっと浮かび上がる前方の道や、道路わきに生える木々のみが外の景色だ。延々と続く道路を照らす街灯はなく、空は厚い雲に覆われているのか、月の光さえ見えない。低いエンジン音とタイヤがセメントで舗装された道路を噛む音がやけに大きく聞こえる。深い闇と静寂に包まれながらのドライブは、まるで出口のない迷宮の中を必死に駆け抜けているような気分にさせた。
「正直、私は君をずっと馬鹿にしていた」
フッと笑いながら怪盗が言った。
「何のことかというと、君がアリスに騙されて幽閉されていたことです。もう随分前に思える。そういえばあの時初めて君と私は顔を合わせたんでしたね」
「そんな事、何で今更?」
怪盗に馬鹿にされても、不思議と怒りは湧かなかった。ただただ、今の状況に困惑することしかできない。
「君は生前沢山の女性とお付き合いしたくせに、あんな女狐一人にコロッと騙されちゃうんだから。でも違ったんです。君が騙されたのは仕方のないことだった。彼女には想像をはるかに上回る秘密があったんですよ」
「彼女?」
「アリスのことです」
アリスだって? もうあの女はこうじに籠絡されて、話に挙げるような脅威ではなくなっているはずだ。さっきから話の目的が分からない。
「私の調査では彼女は転生後、マザーズ・クラウンに引き取られて育てられたことになっていた。しかしそれはある意味で合っていたがある意味で間違っていたんです」
「どうでもいいからもっと簡潔に状況を説明しろ」
怪盗のもったいぶった言い方にいい加減じれったくなってしまう。
「アリスは二人いたんですよ」
「…………」
何を言われているのか全く理解できん。
「もっと分かりやすく言えば、アリスと名付けられた女性は二人いた。その二人は双子というわけでも、血がつながっているわけでもないが、顔が瓜二つだったんです。一人は私達と同じ世界から転生した後マザーズ・クラウンの実の娘として生まれ、もう一人はナリタの貧民街から見つけられてクラウンの養子となった」
「何……?」
唐突に明かされた事実に呆気にとられて、話についていけない。
「今郷田によって手籠めにされているアリスは養子のほう。ただの影武者です」
「……じゃあ、本物のアリスは?」
「会いましたよ」
ようやく怪盗が視線を動かして、俺のほうをチラリと見た。
「私とナイフ持った彼女がナリタ中枢部に潜入した時にね」
そうだ、下らない余興をはさんで、そのせいで殺されかけたりしたせいで記憶の淵に追いやられがちだったが、二人にはナリタ強襲を頼んでいたのだった。しかし、今の状況を鑑みるに……
「申し訳ないが私たちの作戦は失敗しました。手短に話せば、私たちがナリタの中枢で出会ったのは死体となったマザーズ・クラウンでした。やっぱりというか、ナリタの実権を影で握っていたのはクラウンだったようです。そこで私たちは待ち構えていた衛兵に囲まれました。何のことはない。ただの罠ですよ。私たちを国家要人暗殺の犯人に仕立て上げるためのね。そこで私と影の薄い彼女は懐かしの再会を果たしたわけです」
「……アリスに……か」
アリスはクラウンの忠実な部下だと思っていたが、そうではなかったのだ。俺と、恐らく郷田をも手のひらで転がした挙句、実の母をいとも簡単に殺した。かつてないほどの戦慄が走る。
「その後、私たちは命からがら逃げてきました」
ここに至って状況は一変したといっていい。アリスはナリタを手に入れた。一体、何のために?
「アリスは郷田と戦争するつもりです。これは推測ですが、前に話した『パンドラの箱』が絡んでいると考えられます。でもその正体が一切不明な以上、真意までは分からない」
変わったのはこの世界の情勢だけではない。例のイカれたデスゲームにおける役割についてもだ。俺はアリスが被害者だと思っていた。しかし、違ったのだ。被害者は別にいる。いや、そもそも被害者は必要か?
思わず頭を抱えてしまった。どうしてこんなことに今まで気づかなかったのだろう。事件には確かに被害者が必要だ。しかしそれは事件に必要というだけで裁判に必要だというわけでは必ずしもない。例えば殺人事件の場合、裁判に被害者がいないなんて当たり前じゃないか。転生後の世界だという事実に惑わされて、そんな初歩的なことを見落としていた。女神が俺たちに裁判をさせたいなら、そしてそれが俺の予想通り殺人事件なら、まず間違いなく被害者はこの世界に転生していない。何らかのミスがない限り。
ミス。もしそんなことがあったなら、それは女神すら予想しなかった事態が起きたということだ。そんな事件に心当たりはあるか?
「大丈夫?」
そんな風に俺が思案に暮れていると、ブルーが不安そうに俺の顔を覗き込んできた。そんな風に心配してくれるなら、俺を殺そうとするなと言いたい。
「ここで君の作った国の立場が問われることになります」
怪盗が話を再開した。
「今君の国にいるアリスは偽物で、郷田に嵌められたということが間もなく世界中に発表されます。おまけに、アリスは強襲した私たちを郷田の手先と報じるでしょう。実際、一人は元々郷田の手先だったわけですし」
「当然、俺の国の国民は激しく動揺し、このまま郷田について行こうとする者とアリス側に付こうとする者で真っ二つに分かれるだろう。そこに俺が姿を現せば、どうなるかなんて聞かなくてもわかる。しかし……」
「今更あんな小さな国を手に入れたところで、どうなるんだ。そう言いたいんでしょう?」
怪盗がクスリと笑った。相変わらず考えが読めず、溜息をつく。
「今日はここで夜を明かしましょう」
そう言って、怪盗が車を減速し始めた。
「そんな余裕あるのか?」
「ないです。でも今日はここまでしか行けないのです。君が国に戻るためには協力者が必要なんですが、彼はまだここに着いていないのでね」
「彼?」
誰のことだ?
「君もよく知っている人物ですよ。まあ、会えばすぐ分かります」
さっきから謎かけばっかりしやがって。お前はそんなキャラだったか? ……まあいい。正直このまま敵陣の真っただ中に突っ込むには気持ちの準備がまだできていない。ゆっくり考えたいこともある。
車が停車した脇には、薄らと何かの建物の影が聳え立っているのが窺えた。明かり一つもないので、全貌は分からない。今夜の寝床だろう。
車から降りたナイフ女が手に持つ大きな懐中電灯で建物を照らした。煉瓦造りの洋館が俺たちの前に姿を見せる。怪盗が運転席に座ったまま窓を通して鍵をナイフ女に投げ渡した。受け取ったナイフ女は洋館の入り口にゆっくりと近づいていき、それを追うように俺の隣に座っていたブルーが車を出た。俺も車を出ようとするが、怪盗に止められる。
「何だよ」
「実は君にどうしても聞きたいことがある」
目も合わせず、怪盗がいつになく真面目な声音でそう切り出した。どうやら、さっきの二人には聞かれたくない話らしい。ドライブの最中、終始ナイフ女が不満げだったのは怪盗が事前に二人抜きで俺と相談したいと伝えていたからに違いない。
「……いいよ。話せ」
努めて冷静に、ぶっきらぼうにも聞こえるようにそう言った。さっきから藪から棒な話ばかりだ。次はいったい何が飛び出てくるのやら。
「ナイフ女のことでね、一つどうしても気になることがあります。彼女は私たちの持つ手札の中で、実戦においては最強のカードとなる。その彼女に不安要素があることは、この先致命的な事態に繋がりかねない」
「……あいつが、裏切るというのか?」
正直、その可能性は低いと思う。あいつが俺と手を組んだのは郷田を倒すためだ。郷田を倒す前に俺を裏切ったところであいつには何のメリットもない。
「そうは言いません。しかし、気にかかるのは郷田が君への刺客に彼女を選んだことです。君に匹敵するほど優秀だった彼に、彼女の裏切りを想定することができなかったとはとても考えづらい。実際、彼女は郷田を裏切って、私たちは優秀な駒を手にした上に、この世界に郷田が転生して、裏で暗躍しているというこれ以上ないほど重要な情報を手に入れました。ナイフの彼女がいなければそんな情報、知る由もなかったことです。そして、タイミングを計ったかのように君に届いた電話……」
「…………」
そう。郷田の行動は不可解極まりない。まるで俺を誘っているようだ。しかも、随分あからさまに。
「そこで私は考えてしまったのですよ。もしかしたら、彼女はとても大きな爆弾を抱えているのではないか。それも、本人も気づかぬうちに体内に埋め込まれたもので、一度爆発すれば、彼女はもちろん君や私まで巻き込むような、そんな爆弾」
怪盗が何を言いたいか薄らと分かってきた気がする。
「あなたにはきっと心当たりがあるでしょう。ナリタの中枢へ向けて彼女と移動している時、興味本位で彼女に聞きましたよ。君と郷田が最初で最後の勝負をした裁判。枝川の裁判についてです」
「…………」
「随分波乱を呼んだ裁判だったようですね。まず、あなたが数年に渡って戦い続ける必要に迫られたというのが珍しい。開廷のたびに判決をひっくり返すような重要な証拠や証言が検察側、弁護側双方からポンポン出てくる。歴史に残るような数々のどんでん返し、一進一退の果てに、君は勝利した。決め手になったのは何気ない証人の一言だったらしいですね。ナイフの彼女は君が証言を操作したと信じているようですが、聞いている私にはとてもそうは思えなかった。その証言はたまたま出てきたもののような気がしてならない。……失礼かもしれないが、彼女の話を聞いて私は確信しています。君はあの裁判、偶然勝利した」
「…………」
「何故そんな偶然が起こったのか。真に優秀な弁護士と検事の勝負に、偶然が入る余地があるとは考えづらい。だとすれば、それは偶然ではなかった。必然だったのかも知れない」
「…………」
「君みたいな弁護士にこんなことを尋ねるのは愚の骨頂と分かっていますが、それでも尋ねます。ナイフの彼女は枝川が真犯人で、彼が得た無罪判決は偽りだと確信している。しかし実際は、枝川は本当に無罪だったのではないですか?」
「…………」
こんな質問を俺にぶつけることは、怪盗の言った通り、愚かしいことこの上ない。俺にとって大事なのは依頼人が無罪であるかではない。依頼人が無罪になるかどうかだ。事実などには端から興味がない。しかし、枝川に関して言えば、俺は確信をもってこう言える。それは、検察が郷田だったから言えることだ。
「……あいつは、本当に無罪だったよ。少なくとも、俺が弁護した事件に関しては」
「やはりそうですか……」
怪盗が溜息をつく。
「だとすれば、当然次の疑問が生まれます。すなわち、真犯人は誰なのか」
「そうだな。でも期待しているなら悪いが、俺は真犯人までは知らんぞ」
「ナイフの彼女は一つ勘違いをしていた。枝川が真犯人だと思い込んでいたことです。しかし、勘違いは本当に一つだけだったのでしょうか」
「つまり?」
怪盗に、その先を促す。
「彼女は自分の母親が冤罪だったと信じている。しかし、それは本当に真実だったのでしょうか」
「…………」
やはり、そうきたか。
「現状、私たちが持っている情報で彼女の母親が本当に冤罪だったかは分かりません。しかし、仮に郷田が、ナイフの彼女の母親が真犯人だという決定的な証拠を握っていたとしたら……」
誰よりも真実を重んじて、事実を捻じ曲げる二人の天才に復讐しようとしているあいつが、もしそんな真実を知ってしまえばどうなるだろう。
「このまま郷田に挑むのはあまりに危険です。そこで、君に尋ねたいのです。今後、彼女をどう扱うべきか」
「そんなことは、今後どう行動するか分からないと考えようがない。いい加減もったいぶってないでとっとと教えろ。俺の作ったあの国に戻って、俺に何をさせようとしているのか」
「それもそうですね」
怪盗が、いつもの調子で軽やかに微笑んだ。
この回はおもちが担当しました




