主人公は推理しました
「ブルー! 聞いてくれ俺は……」
「うるさい黙れ死ね」 ブルーは低い声で言い放ち、スコップを振るう。直感で、俺は脚をバネにして後ろに跳んだ。その刹那、目の前を鈍器が猛スピードで通りすぎる。
「くそったれが! 落ち着けよ、ブルー。今ここで争ってどうする? まだやるべき事が、俺たちには残ってるはすだ」
「やるべき事……。なんだっけ?」
そう言って、彼女はケタケタと狂ったように笑い始めた。雛人形のように黙って動かなければ、美人なのに。俺は場違いにもそんな感想を抱いていた。
その時、ふとあることに気づいた。人形は目を開けたまま瞬きをしないが、ブルーは先程からずっと、目を閉じ続けていることに。
そうかっ! 俺の灰色の脳細胞が鋭く囁きかけてきた。
「ブルー。俺がかけた砂が、目に入ったんじゃないのか?」
先程、ブルーにかけた砂は海の水を含んだものであった。それが目に入ったなら、目を開けられないのは、ごく自然なことである。だかしかし、ここで俺は恐ろしいことに気づいた。
「というか……、ブルー。何で目を閉じているのに、スコップを振れるんだ?」
実際にやってみると分かるが、目を閉じた状態で何かをするというのは大変な事だ。日本で弁護士をやっていた頃、ある裁判で盲目の婦人を弁護する機会があった。婦人はとある駅のホームから転落し、その日の電車を遅らせたとして、賠償責任を問われたものだった。その時に、試しに目隠しをして真っ直ぐ歩けるか実験したことがある。ある程度歩いたあとに目隠しを取ったとき、俺は随分と横に逸れていた。しかもその事に、目隠しを取るまで全く気づかなかったのだ。
あるデータでは、全盲の方の約6割の人が駅のホームから転落した経験があるとされている。だからこそ、目を閉じなから、狙ってスコップを振るなんてことは出来るはずがないのだ。
そんな考えなど知る由もないブルーは、特に気にした様子もなく言った。
「ふ、ふふ。私ね、怒ったときは鼻がすごく効いて、周りの音がはっきり聞こえるようになるの。今でもそうだよ。ミヤミヤの細い呼吸や、男に媚びた体臭がはっきり分かるんだから」 そう続けて、しっかりとした足取りで俺の方へ近づいてくる。
俺も全力で逃げようとするが、さっき避けたときに足を挫いたらしく、動けない。
俺の視界には、土の付いたスコップが近づいてくるのが映った。スコップの軌道など早くて分からなかったのに、今この瞬間ではまるで止まっているかのように見える。俺はそこで鋭い痛みと共に、意識を手放した。
目を開けるとそこは真っ暗な空間だった。何も見えない。目蓋を閉じても開いても、見えるものが変わらない。
何もない。何の音も、触れられるものも、匂いもない。
そんな空間を、いつの間にかに漂っていた。普通ならあり得ないこの感覚に、俺は覚えがあった。
「よお。目、覚めたみたいだな」 どこからかそんな浅ましい声が聞こえてきた。しかし、俺は特に驚きもしなかった。当然だ。人間は一度経験したことに、さほど驚きや感動は示さない。
「久しぶりだな、くそ猫」 俺が見えざる声に応えると、目の前にあの忌まわしいシルエットが表れた。その影の輪郭は次第にはっきりとし、最後は白い毛並みの猫の姿になった。俺を異世界に送った女神の使いである、あの猫だ。
猫は小さく舌打ちをした。猫が本当に舌打ちをするのかは知らないが、とにかくコイツはやってのけた。つくづく忌々しい奴だ。
「おいおい。久しぶりの挨拶だってのに随分な態度じゃねえか。やっぱりお前はクズ野郎だよ、間宮勝弘」
猫は醜い笑みを見せた。実にくだらん。そんな安い挑発に乗っている暇はないんだ。もっとやるべき事がある。
「くだらん挑発には乗らん。それより猫、俺の質問に答えろ」 俺がそう言い放つと、猫は目を丸くして唸った。
「態度がでかいのが気に食わねえが……。俺は女神様のように優しいからな、答えられる範囲でならいいぜ」
思わず心のなかでガッツポーズをする。見知らぬ世界に転生してから早いもので十数年経っている。辛いことばかりだった。しかし、やっとチャンスが回ってきた。この猫を上手く利用すれば、元の世界へ帰れるかもしれない。だからこそ、慎重にいかなければならない。俺はとりあえず一番気になっていたことを尋ねることにした。
「なぜ俺は、いや、俺たちは異世界に転生させられたのか。その意図を知りたい」
「ははん。前に言っただろう。女神様は面食いなんだ。だからお前の魂を異世界へ送った」
この話は猫に会ったときにも聞かされたことだ。しかし、十数年間を過ごした俺はこの理屈に違和感を感じていた。
「そいつは嘘だ。お前、前に言ったよな。『普通、死んだ奴の魂はスクラップされて次に生まれる魂の肥料になるんだ』 とな。だが、俺はイケメンだったから生き残った。こういう話だった。だがな、それじゃ可笑しいんだよ」 俺は、可笑しいという部分を強調して見せた。猫は黙って先を促した。その顔からは、何を考えているのかは判別できない。
「俺は異世界で沢山の転生人と会った。怪盗サンシャイン、アリス、襲撃女、郷田。幾らなんでも『例外』 が多すぎる。ここから推測できるのはただ一つ。女神は容貌など関係なく俺達を選び、何らかの目的で異世界へ転生させたということだ。だから、その意図を聞きたいんだよ」
俺の話を聞き終えた猫は、小さく欠伸をした。その姿は猫そのものなのだが、先程まで喋っていた姿を見た身としては、かえって奇妙なものに映る。
「ふっ、さすが負けなしの弁護士サマ、といった所かね。そうさ。お前さんの言う通り、女神様はとある目的でお前たちを転生させた。まあ、その目的までは言えないけどな」
猫の言いぐさに流石に頭がきて、俺は言い返す。
「死んだ人間を見知らぬ世界に転生させ、そこで十数年も過ごさせて、そのうえ情報を与えないときた。女神やその使いってのは、随分と器が小さいんだな」
すると、急に猫は尻尾を太くし、全身の毛を逆立たせて叫び出した。
「なっ、なんだと! 俺や女神様がけちだって言いたいのか。そこまで言われたら黙っておけねえ。いいだろう。特別に、ヒントをくれてやる」
「ほお……。それで、ヒントってのは?」
「元いた世界から、異世界へ転生する人物はあと一人だ。その後に、転生人に関わる、とある大きな事件が起こる。お前達の運命が、そこで大きく分かれるのさ」
「なるほど……、って随分と情報が少ないなあ」
しかし、猫はそれ以上喋るつもりはないようで、試すような視線を投げ掛けてきた。
さて、ここで強引に新たな情報を聞き出す手もあるが、どうせ無駄であろう。相手は腐っても女神の使い。どうせ重要な事は口が裂けても言うまい。
となれば、だ。今までの体験を元に、推理するしかない。なぜ俺たちは、異世界に転生させられたか。必ず謎を解く鍵があるはずだ。
――と意気込んではみたものの、名探偵のような推理なんて思い付きそうもなかった。思わず、猫にばれないように小さくため息をつく。ヒントが少ないうえに、十年間の異世界生活を思い返すだけでも一苦労だ。せめて、何かきっかけでも掴めれば望みがあるんだが。
「ふっ、どうやらお手上げみたいだな。結局、お前は裁判でしか輝けないんだよ」
猫にバカにされて、俺は項垂れる。確かに奴の言ったことはもっともだ。裁判のときの俺は、もっと生き生きとしていた。無論、これは悪い意味も含まれてはいる。自分が負けるなんて考えたこともなかったし、己の才能に酔いしれた。だからこそ、郷田との裁判では首を絞められたような気分になった。上には上がいると思い知らされた。自分の無力さを思い知った。
そして、この憎たらしい猫に言い当てられた。ここで猫に、
「そんなことはない。俺はいつでも溢れ出る才能で輝いている」 と強がるのは簡単だ。しかし、それは自分を偽ることになる。何せ本当は、自分が愚かで無力でちっぽけな存在なのを自覚しているから。俺はたとえ他人を騙しても、自分だけには正直でいたいのだ。
あれ? ここでもう一度考える。確かに俺は裁判で輝いていた。自惚れていた。しかし猫は、俺が負けなしの弁護士であることしか知らない筈だ。それこそ、粛々と論戦をしていたかもしれないのに、なぜ輝いていたと言い切れたんだ? ただの言葉の綾か、それとも……。
ふと、ここであることに気がつく。そういえば転生人って、裁判の関係者が多いよな。郷田は凄腕の検事だし、襲撃女は冤罪によって母親を亡くしている。もしてして、他の奴も……?
俺は餌を与えられた犬のように、嬉しい気分になった。推理の取っ掛かりが出来たんだ。確実に前進している。こういう小さな積み重ねが偉大なる成功を生むのだ。
よし、じゃあ残りの転生人はどうだろう。怪盗サンシャインは現実世界では窃盗犯だった。そして、実名が世間に知れたこともあり、自首して刑期を短くしようとしていた。つまり、裁判の中では『被告人』 という立ち位置となる。やはり、裁判の関係者だと言えなくもない。
では、アリスは? 向こうは俺を知っていたようだが、俺個人としては面識がない。これでは、裁判に関係がある人物か分からない。
しかし、異世界での彼女の状況には、同情の余地があるなと思う。俺の事を捕まえようとした点は許せないが、最終的にはこうじに薬を盛られ、操り人形として動いている。もし仮に彼女がこうじを訴えれば、必ず勝てるだろう。
訴えれば……? そうだ、アイツには訴える権利がある。つまり、彼女は裁判の中では『被害者』 の立場にある。
少し推理が強引だった気もするが、やはり転生人は皆裁判に関係する人物だったのだ。きっとここから女神の狙いも見えてくるはず。
そして、猫はもう一人、転生人が現れると言った。おそらく、裁判に関係ある者が選ばれる。俺は思考を回らせる。おそらく、まだこの世界には役者が揃っていないんだ。では、何が足りないのか。
裁判には、無くてはならない存在がある。黒の法衣を纏って何者にも染まらず、憲法及び法律にのみ拘束される。
俺は猫に向かって厳しく言い放った。きっと、その顔からは自信が溢れていることだろう。弁護士をしていた、あの頃のように。
「最後の転生人は、日本で裁判官をしていた者だ!」
この回は山元周波数が担当しました




