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主人公は頭が痛くなりました

 アリス達首脳部がいなくなったあと、この国の政治はたった一つの官庁によって取り仕切られていた。立法、行政、司法、そのすべてを一つの官庁が取り仕切ることは近代国家であれば考えられないことである。


 しかし、このナリタでは年齢後退を起こす奇病モードリ病の蔓延によって労働可能な成人の数が激減した。それは国家機構を維持する力の衰退に直結していた。それでもナリタが国家として最低限の体裁を守っているのは、人的資源を強制的に政府系組織に集中させているためである。


 その組織の名は国家中央運営庁。俺たちが打倒する相手である。


「ミヤミヤ、キョロキョロしてるとおのぼりさんっぽいよ」


 目元を覆う長い黒髪にどこかくたびれたリクルートスーツを着た女が、前を向いたまま言う。珍しげに辺りを見ていたことは認めよう。テレビ局など入ったのは初めてなのだ。だが、そのミヤミヤというのは俺のことか? 俺のことだというのなら一度この就活女にはキツイお仕置きが必要である。


「おい、就活女!」


 一発、ガツンとカマしてやろうとした矢先、俺は就活女によって口を塞がれた。彼女は両の手で繊細で美しい俺の唇を押さえつけると「就活女違うよ。ブルー。いい?」と俺を死んだ魚のような目で見つめながら言った。俺はこの目を知っている。よくわからない切っ掛けでとんでもない事件を起こす奴の目だ。給食のコッペパンが小さいとか、三分おきにメールしてくれないとかそういうことで人を殺めるそういう類のやつだ。


 慌てて首を縦に振ると、ブルーはぱっと笑顔になり、手を放した。


「分かればいいよ。ミヤミヤ。でも、次いったらそのイケない唇はいらないよね。千切るね」

「分かった。言わん。それで、あいつらは本当に成功するんだろうな?」

「どーかな? 怪盗さんは死ぬかもしれないけど、あのがいれば大丈夫。虐殺確定大フィーバー」


 抑揚のないがどこか間の抜けた調子で話すこの女に俺は、心底疲れていた。これなら怪盗やナイフ女と話をしている方がよっぽどましである。だが、ここにあの二人はいない。頭脳労働者である俺と違って身体をはった仕事が専門のあの二人には、それに見合った仕事を用意してあるからだ。


 俺たちがこの国を打倒するために立てた作戦は簡単である。アリス達首脳部がいない今のうちに国家中央庁を制圧し、俺たちが国家代表になる。そのためにアリスのいない間の代行達をあの二人には処分しに行ってもらっている。逃げる天才と気づかれない天才が一緒に行う暗殺である。万が一にも失敗することはないだろう。


 そして、頭脳労働を行う俺たちはといえば。


「クーデター宣言って何言おうか? 国民を奴隷のように扱う政府は今日で終わる! 政府高官の土豚どもを生贄として、新たな国家として生まれ変わるのだ! とか?」

「お前、自分もその一人だということを忘れてないか? ブルー局長」


 ブルーは、しまったというように目を白黒させると、えへ、と言った。前回、俺がナイフ女の出自を確認したのに、ブルーの出自を確認しなかったのはワケがある。それは、ブルーがいかなる人物か分かったからである。あのとき、ブルーはアリス達首脳部が国外にいることを示す新聞を俺たちに見せていた。その紙面の下の方にこの女の写真があった。


 記事の見出しは、

『最年少公安局長誕生! 二十三歳ブルー局長に期待』であった。公安局は国家中央運営庁の下部組織である。つまり、この女は本来ならばこの国の反逆分子や異分子を見張る立場にある者であった。だが、こいつはアリスの不在を狙ってクーデターを起こそうとしている。


「しかし、どうしてクーデターを起こそうと思ったんだ? 病魔に苦しむ国民のためか?」


 もし、そうだとしたらこいつはこいつで正義を掲げているのだろう。ナイフ女は真実という正義を胸に、こいつは人民のためという錦を持っているのだ。俺はかつて弁護士として善悪を量る天秤を胸につけていたが、天秤は正義でも悪でもなかった。それを測定するものである。それ自体に意味はない。そういう思想のなさは道具としては正しかったに違いない。だが、人としてはどうだったのか。


「国民のため? んー、ミヤミヤ何言ってるの? あの土豚たちを屠殺する理由なんて必要あるの。この私を無理やり公安局長にした挙句に、キミは飾りでいい。ここで座っていることが仕事だ。どんな馬鹿にでもできるいい仕事だろう? 病気にならなかった。それだけでその地位につけたんだ。キミは本当に運がいい、と言った。それってどうか、私たちを殺してください。お願いしますって懇願してるようなものだと思わない?」


 ブルーが色のない目で微笑む。俺は無理やり作った笑顔で彼女に応じると、正義とは何かについて考えざるを得なかった。あのナイフ女はどうしてこいつと組む気になったのか、知りたいものである。


「お前とあのナイフ女はどうして知り合ったのだ?」

「あの娘は、公安局に捕まっていた。暇だから尋問したらミヤミヤの名前が出てきた。そして、アリスもあなたを探すように命令を出していた。天恵だと思った。ああ、神サマは私にれって言ってるんだって。敵の敵は味方、使わなくっちゃ」


 頭が痛くなってきた。

 この女には正義はない。あるのは音もなく立ち上る私怨の紫炎である。


「殺したあとはどうするんだ? 次はお前が国家元首になるのだろう?」

「国家元首? そういうなのはあなたたちにあげる。そーいうの興味ないから」


 分かったことがある。なぜ、ナイフ女がこいつと組んでいたのかである。こいつは私怨さえ晴らせれば満足なのだ。そのあとの利権とか責任なんかには全く興味がない。だから、国家を手に入れてもすぐに放棄する。子供が気に入らないおもちゃを与えられたようにだ。ナイフ女は、こいつが放棄した国を手に入れることで郷田に対抗する気なのだ。


 郷田。かつての世界で検察最強として俺の前に立ちふさがった本物の天才である。法廷での争いでは俺が辛くも勝利を納めた。しかし、ここはかつての世界とは全く違う世界である。ましてや、奴は俺よりも先にこの世界で国を手に入れているという。

 あいつが本気で、口を開けば馬鹿な国民は喜んで他国に攻め入る。あれほどの弁論の天才はそうはいない。ないものをも現実にする。それが奴にはできた。それゆえに俺はあいつとの戦いで敗北間近まで追い詰められた。そこで勝利できたのは真実、という青臭いもののためだ。俺の力でもなんでもない。なにが善でなにが悪か正確に計られた。ただそれだけの話である。


 もし、このクーデターが成功したとして、ナイフ女が郷田とまともにやりあえるかといえば答えはノーである。あの女はあまりにも直情的すぎる。正義が云々など犬の餌にもならないしろものである。正義は作れる。人々は正義を好む反面、なにが正義かなど風向き一つで変わってしまう。おそらく、それがあの女にはわかっていない。


 それでは、郷田には勝てない。勝てるとすれば――。


「ミヤミヤ、楽しそうだね」


 ブルーが俺を眺めていう。俺が楽しそう? そんなわけがない。俺は郷田との対決など求めては――。


「なに今頃、肉体労働チームは鉄火場だと思っただけだ」

「それが終われば、クーデター宣言だよ。ミヤミヤが国民を煽動してくれれば完全勝利。できなければ……」


 できなければ、どうなるのか。また逃亡生活に戻るのか。監禁生活か。どちらにしてもいい未来はこないに違いない。まぁ、いいさ。どんな形になるにしろ最低から始まったのだ。落ちる場所はもうない。そんなことを考えているとブルーの携帯が鳴った。相手は当然――。

この回はコーチャーが担当しました

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