主人公は交渉しました
「そうだったのか!?」 俺と怪盗は声を合わせて叫んだ。
扉を開けて入ってきたのは二人の女であった。どちらもつい先程に顔を会わせたばかりである。片方は部屋に突入してきた威勢のいい女。もう片方はエレベーターに乗るときに会った、暗い表情の就活女である。
二人の共通点は髪が非常に長い点と、どちらも黒いスーツを着ているところ。逆に相違点だが、突入してきた女は俺を憎悪の瞳で睨んでいるのに対し、就活女は相変わらず暗い表情で、のんびりと欠伸をしていた。服装と髪型を除けば、この二人は光と影のように対照的な存在だ。
素早く状況を把握した俺は、この二人にわざと挑発するように、ふんと鼻をならした。交渉は既に始まっている。弁護士時代に培った最高技術を、見せつけてやるぜ。
「俺たちは突然襲撃された混乱もあって、襲撃犯は一人だと勘違いをしていた。だが、実際は違う。そこで可愛らしく俺を睨んでいるお姫様が特攻隊員。そこの辛気くさくて無駄に髪が長い就活生が下の階層の監視役。違うか?」
俺の華麗な問いを受けて、偉大なる俺を睨んでいた襲撃女は、パチパチとやる気のない拍手をしてきた。
絶対誉めてない拍手だ、あれは。バカにしてるやつだ。ちくしょう、覚えてろよ。いつか東京湾に沈めてやる。あ、ここ異世界だった。
「ご名答。さすが悪徳弁護士として名高い、間宮センセイだ。では、一つ問題を出してやる。
なぜ貴様らは、この私の顔や具体的な特徴を覚えていないんだ? 私は貴様らをナイフや拳銃で襲った張本人だ。ならば、なぜそんな危険人物のことをよく覚えていない? さあさあ、聡明な間宮センセイなら分かるはずだよねえ?」
「ふん、当たり前だ。その程度の問題、この俺が解けないとでも思ったか? もし思ったんだったら、貴様らの頭の中は空っぽなんだろうなぁ。ふふふ、あーはっはっッハッハッ!」
俺の挑発を受けて、襲撃女は親の敵でも見るように俺を睨んでいる。逆に就活女はまだ一言も喋っていない。
ふと、そのとき後ろから視線を感じた。チラリと振り向くと、怪盗が心配そうに俺を見つめていた。
『お嬢ちゃん、問題の答えなんて分かるのかい?』
怪盗の瞳がそう言っているように見えた。
ふう、この程度の話、簡単に分かるさ。そう、簡単に……。 ーーさっぱり分かんねえ!!
大見得を切ってみたものの、実際は答えなんてこれっぽっちも分かっていない。挑発をするためにやったことだが、これで間違えたら赤っ恥だぞ。
そもそも、だ。なぜ俺と怪盗が襲撃犯の顔などを覚えていなかったことを、あの女は知っているんだ。俺たちの話を聞いていたのか? というか、そもそもこの問題に答えなんてあるのか? ただ俺たちの記憶力が残念なだけじゃないのか。
「あれぇ。あれれのれぇ。レレレのれぇ。どうしたのかな、間宮センセイ。こんな問題、楽勝なんだよね? じゃあ、そろそろ答えを教えてくれるかな。まさか、分からないなんてことはないよねぇ?」
襲撃女が嫌らしい笑みを見せている。絶対こいつ性格悪いぞ。違法すれすれを渡ってきた、この俺が言うんだ。大したもんだよ、あいつの性格は。お隣の就活生の爪の垢を飲ませてやりたいぜ。少しはくだらないお喋りが止まるだろうよ。
そんな件の就活女は、一人でぶつぶつと何かを呟いていた。
「私の何が悪いって言うのよ。顔、体型、お金? 私はこんなに頑張ってるのに……。ああ、もういやになっちゃうわ。こういうときは、甘いものでも食べて、あの二人を殺して、家に帰って早く寝るのが一番ね。うん、それがいいに決まってるは」
ーー訂正させて頂きます。やっぱりこいつもヤバイです。こいつ、『こういうときは』の中に殺人が混ざっていやがる。しかも、『あの二人』って絶対俺と怪盗のことだ。
もう嫌だ。この部屋には変人しかいない。この場にいるだけで恐ろしく疲れる。
俺は助けを求めるように怪盗の方に振り向いた。まだ怪盗の方がましだと思ったのである。
「おいおい、どうしたんだいお嬢ちゃん。もうとっくに答えなんて分かっているんだろう? 早く教えてやりなよ。それとも、まさかとは思うけど、まだ分かってないのかい?」
怪盗はニタニタと気持ちの悪い笑いを見せていた。
「ふざけんな、何でお前まで煽ってるんだよ! そこは仲間らしく、時間を稼いだりしてくれよ」
「ふふ、自慢じゃないけど、私はそういう交渉が一番苦手なんだ」
「だとしたら黙ってろよ! なんで更に状況を悪くしようとするんだ」
「なんでって……、そりゃあ面白いからに決まってるじゃないか」
ふふふ、と怪盗は実に楽しそうだ。ふとその瞳から、何だか薄気味悪いものを感じた。この感覚には覚えがある。弁護士時代、多くの犯罪者の弁護をしたが、たまにいるのだ。瞳の奥に、獣の本性が、憎悪が、狂気が、人の醜く薄汚い塊が、見え隠れする者が。
成り行き上、怪盗とずっといっしょにいて忘れていたが、彼も『あちら側』 の人間なのだ。そう思うと、急に怪盗の近くにいるのが怖くて仕方がなくなった。
自分の後ろにいるこの男は、常人では理解できない存在だ。理解できないからこそ、恐怖を感じるのだ。
彼が俺に危害を加えるはずがないと、理屈では分かっている。いや、分かっているつもりだった。だが、一度意識してしまうと、どうしても不安で一杯になっていくのだ。
だって、今までそうやって生きてきたから。全ての物を疑い、観察し、悲しみ、怯え、必要があれば排除する。排除したくても出来なければ、二度とそれと出会わないように逃げ回る。相手を信用するフリはしても、どこかで裏切られるんじゃないかと猜疑心に襲われる。
そうやって俺は生きてきた。だからこそ、弁護士という職業が肌にあったのかもしれない。
日本にいた頃、法学部の権威と呼ばれた教授から、よく言われたことがある。
『お前の生き方はとても寂しいな。もっと他人を信用したらどうだ』 と。
一般的に見ると、そうなのかもしれない。だが、俺からしてみれば、それが普通であり、それ以外のものが異常に見えるのだ。人を信じる? いつか裏切られるに決まっているじゃないか。
だって人の性は、悪なのだから。
「さて、間宮センセイ。時間はたっぷりと取ってやった。問いの答えを言いたまえよ」
考え事に気をとられてコイツの存在を忘れていた。そうだ、この襲撃女の問いを答えなければならないのだった。
だが、一つの答えが俺の中で組み立てられていた。考え事をしながらもちゃんと考えていたのだよ。さすが、俺様だぜ。
「答えはこうだ。襲撃女、貴様には他人の記憶に残りにくい、言い換えるならば影が薄いという才能の持ち主だ。違うか?」
俺の答えを聞いて、襲撃女は何かを考えている様子だった。問題を出しておいて、正否を教えないとはどういうことだ。襲撃女は、ポツポツと呟く。
「随分と変わったな……。想定外だ。しかし、そんなことがありえるのか?」
俺は思わず疑いの目を向ける。いったいコイツは何をいってるんだ?
しかし、襲撃女は特に気にしていないようで、何か吹っ切れたようにパチンを指をならした。
「よろしい。正解だよ、間宮センセイ。だが、意外だったよ」
「なにがだ?」
「一種オカルトめいた言葉を、貴様が使うことよ。昔のお前に同じことを言ったら、激怒するかもね」
「まあな。『影が薄い才能』 なんて普通なら鼻で笑われるのがオチだ。俺だって、昔なら同じ対応をしただろう。だが、忘れたか? 俺たちは異世界転生しているんだぜ? これほどオカルトめいたこともあるまい。逆にこの状況でオカルトを信じないのなら、そいつの脳の中身はさぞかし綺麗なお花畑なんだろうよ」
襲撃女は俺の方を気持ち悪そうに見ていた。まるで、全然知らない人に、いきなり仲良さげに話しかけられた時みたいに。
「成る程ね、人は変わると言うわけか。それで昔とは変わった貴様は、そろそろ私のことを思い出してくれたかい?」
襲撃女の楽しげな問いに、思わず不快感で顔をしかめる。俺の名前を知っていることと、突然襲ってきた状況から、おそらくこの女も転生者であろう。しかし、そこから先が全く分からないのだ。
日本にいた時に恨みを買われていた人物……。思い当たるふしが多すぎる。
弁護を拒否した依頼者、検察、警察官、探偵、マスコミ、元彼女、元彼氏、小学校のときに虐めてしまったタカシ君。今思い付くだけでも膨大な数だ。ごめんよ、タカシ君。君のことは忘れない。
「そ、そそそ、そんなことより、まずお前たちの要求を聞かせてもらおうか」 声が上擦るのを悟られないようにしながら、話題をそらしてみる。少しでも交渉がこちらに有利なようにしなければ。
襲撃女は就活女と何か目配せしたあとに、俺たちに向き合った。
「ああ、そういえばまだ言ってなかったわね。ああ、そうそう。言っておくけど拒否権はないからね」
「おいおい、それって……。ーーって、なにぃ!?」
なんと、襲撃女がいつの間にか拳銃をこちらに向けていた。しかし、いつ、どこから拳銃を? 全く気づかなかった。
そんな俺を見た襲撃女は嬉しそうに笑った。
「驚いたみたいね、間宮センセイ。いつ、どこから私が拳銃を取り出したのか、知りたいんでしょう? でも、少し考えれば分かることよ」
「考えればって言われても。いや、待てよ。ーーまさか、影が薄い才能の為か?」
「ふふ、その通りよ。私は影が薄いから、何をしても簡単には気づかれないわ」
「だからお前が拳銃を取りだし、こちらに向けたことも認識できなかった、というわけか。それで、その拳銃は俺たちへの脅し、というわけか?」
「察しがよくて助かるわ。貴様らが私たちの要求を呑まなかったり、反抗的な態度を取るようであれば、今ここで射殺する!」
その言葉を聞いて、思わず背筋から嫌な汗がだらだらと流れてくる。絶望的な状況だ。この女は襲撃の時にも、俺たちを殺す気で突撃してきた。つまり、拳銃を撃ってくる可能性は充分にあるということだ。
そもそも、この交渉に至った一つ理由として、怪盗の『逃げる才能』 がある。こんな不思議な力があればなんとかなると楽観視していた。しかし、この女にも不思議な力があるとなると、話は変わってくる。いったい何が起こるのか皆目見当がつかないのだ。
さて、そうこうするうちに、襲撃女が要求をしてきた。
「私たちの要求はーー」
それを聞いた俺と怪盗は背筋を凍らせた。
この回は山元周波数が担当しました




