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主人公は恨まれてました

 綺麗な海岸を切り取っていた大きな窓ガラスが突如として砕け散り、突風がカーテンを大きく広げる。

 思わず顔を背けながらも様子を確認すると、風と共に何か黒い物体が飛び込んでくるのが確認できた。カーペットの上に着地した黒い物体がむくりと起き上がる。人だ。黒い物体は漆黒のスーツを身に纏い、真っ黒な長髪を靡かせる女だった。

 呆気にとられて口をぽかんとあけたままの俺と怪盗を睨むように睥睨した黒髪の女が、俺に目を留めて数秒の間静止した。

 硬直した俺を睨む内、みるみる女の顔が怒りに歪んでいく。

「間宮ぁぁぁああああああああああ!!」

 女が絶叫し、スーツの胸部分のホルダーから刃渡り20cm以上はありそうなナイフを取り出して俺に向け突進した。一発の弾丸と化した女が一直線に俺に向け迫る。

「危ない!」

 間一髪、一歩も動けなかった俺と女の間に入った怪盗が女の右腕をつかんでナイフの軌道をそらす。真っ直ぐ俺の心臓を狙っていたナイフの行く先がねじ曲がり、頬を掠めて一筋の傷を刻み付けた。零れた一滴の血が涙のように頬を伝り、顎の先から滴り落ちて纏っていた服に真っ赤な染みを作る。

「グッ……」

 女がギリギリとこちらまで聞こえそうなほど歯軋りし、俺を凄まじい形相で睨みつけた。その目にははっきりとした憎しみの炎が宿っている。

「…………」

 無言のまま怪盗が女の腕を振り払い、鋭い蹴りを女のどてっぱらに向け繰り出す。女は左手を回して蹴りを防いだが、勢いに押され後退した。

「逃げますよ!」

「……へ?」

 いつになくシリアスな表情の怪盗が俺をいつかのように脇に抱え込み、駆けた。情けないことに俺は全く持って状況の変化についていけていない。反面、流石と言うべきか、こんな突発的な状況にも慣れている怪盗はいたって冷静だ。

「逃がすか!」

 一瞬でナイフを持ち替えた女がナイフを投擲する。空気を切り裂くように鋭く飛来するナイフを、しかし怪盗は引き抜いた銃を続けざまに二発撃って撃ち落とした。

 怪盗が床を強く蹴る。床の一部がくるりと一回転し、底の見えない穴が顔を見せた。

 と同時に、女が跳躍した。超人的な軌道を描いて襲いかかる女に向け、怪盗が銃を乱発する。しかし、弾は全て女の靴裏にはじかれた。

 女の蹴りが怪盗の脳天を捉えたかに見えた瞬間、怪盗は俺を抱えたまま深い穴に身を投じた。一瞬の浮遊感の後、怪盗が穴に据え付けられた棒を掴んでそのままスルスルと下る。

 憎々しげに見下ろす女が懐から銃を取り出す。怪盗は右腕に俺を抱え、左手で棒を掴んでいるため応戦できない。しかし、やっと頭が回転し始めていた俺はすでに怪盗のズボンに挟まれた銃を握っていた。

 頭上に向け出鱈目に銃を撃ちまくる。女はたまらず穴から顔を逸らした。

 そのまま、俺と怪盗は穴の暗闇の中へと姿を暗ました。



 怪盗がすたりと地面に降り立ち、棒から手を離す。

「このまま海へ脱出しますよ」

 何も見えない暗闇の中怪盗がある方向に向かって蹴りを繰り出すと、ガンという音とともに扉が開いて外の世界が目に飛び込んできた。さっきの暗闇に比べたら明るいが辺りは薄暗い。ここはホテルの裏だ。とっくに日が沈んだ薄闇の中、波の音が聞こえる。

「こっちだ」

 俺の手を引くように怪盗が海に向け駆けだす。

 大きな岩の陰に隠された懐かしいボートに飛び乗り、エンジンを起動させる。

「ガソリンは?」

「抜かりないさ」

 暗くてよくは見えないが怪盗がニヤリと笑ったのが見えた気がした。いかんな。こいつと長く一緒に居すぎたかもしれない。

 けたたましいエンジン音とともにボートは急発進し、みるみるうちに海岸が遠ざかっていく。

 ふーっと怪盗が息を吐く。俺も脱力してその場にへたり込んでしまった。

「あいつは君の知り合いかい?」

「知らん」

 あの黒スーツの女は俺に大層ご執着のようだったが、記憶を辿っても思い当たる節はなかった。いや、むしろ思い当たる節がありすぎて逆に分からない。

「まあ、どうであれあそこはもう使えないな」

 怪盗があっけらかんとした調子で言った。さっきまでの様子が嘘のようだ。

「ふふふ。君に恨みを持つ人間は数えきれないくらいいるからねえ」

「その減らず口を今すぐ閉じろ」

「うわあ怖い怖い」

 無駄口をたたきながら、内心でほっとしている自分を感じた。さっきの怪盗はらしくなかった。あれじゃ本当にかっこいい怪盗のようじゃないか。まったく、調子が狂ってしまいそうだ。

「さて、これからどうする? 私と御嬢さんが安心して眠れる場所はなくなってしまった。手がかりがほんの少しあるとはいえ、君が心血注いで作り上げた王国は奪われてしまったし、私は国際指名手配中だ。この状況をどう打破しよう?」

「…………」

 考えは纏まっていた。しかし、怪盗に教える前にもう一度自分の考え出した一手を吟味する。穴はないか? その一手の後、敵はどんな手を打ってくるか。間違いは許されない。

 一通り逡巡した後、やはりこの手に決めることにする。舵を切る怪盗に向き直り、ニヤリと口元を歪めた。

「それは……」

この回はおもちが担当しました

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