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主人公は新聞を読みました

 快速の船が、敵を振り切る。夜の帳を突き抜ける。

 俺たちは、人間二人では窮屈な船の上で、それでも生きて朝日を拝むことができた。


「お嬢ちゃん、それではスイートルームにご案内するよ」

 モーターボートが岸に着く。河川を下り、入江に出ると、その海の裏に建てられた、古ぼけたホテルが見えた。中世ヨーロッパの荒れ城を思わせるそのアジトに、招き入れられる。相変わらずうすら寒いほどにキザったらしいセリフと共に、二階のドアが開かれる。

 うやうやしく下げられた頭の先には、なるほどその言葉に違いはないと思える、オーシャンビューの絶景が見えた。

 内装も相当凝っているようで、壁紙一つとってしても、外観のみすぼらしさからは大きくかけはなれた意匠だ。

 室内の調度品の数々は豪勢とは言い難いものの、一級の品だと俺の審美眼は確信していた。……もっとも、それもどこかのお屋敷からくすねてきた盗品に違いないが。


 景色にも、美術品にも心揺さぶられるほどに、俺はロマンチストでもなかった。

 だが夜を徹して、小舟で強行突破をした直後の俺の身体は、そこに安息を見出していた。



 それから数日は、休息のいう名の無為の時間を過ごしていた。

 ベッドは一つしかなかった。これまでの振る舞いから貞操の危機を十分に感じさせた。が、怪盗は手出しどころか肌にさえ接しなかった。

「私は紳士さ」という宣言どおりに。紳士という単語の頭に、「変態」とつかなくて何よりだが、かえってそれが不気味でもあった。

 もっとも、この何日間は「情報収集のため」と称して、このアジトからさえ姿を消していた。何か目論見があったとしても、手出しできるはずがなかった。


 その男が白マントに風穴開けて帰ってきたのは、俺が地下のワインセラーから持ち出した十年ものの白を、ベッドで一本開けたその時だった。

「もう少し寝かせた方が美味かったのに……もっと極上の、高級マンションの上で宝石箱のような夜景を愛で、君と楽しむつもりだったのに……」

 サンシャインタウンは、ことさら嘆いてみせた。

 『お日様の街』男が、何言ってんだ。そう口走ろうとした矢先に、奴は指を目の前で二本突き立てた。


「グッドニュースとバッドニュースがある。どっちから聞きたいかね?」

「……この一杯ぐらいは美味く干したいもんだ。朗報から聞かせてほしい」


 そう促すと、怪盗も自分のグラスを棚から取り出して白ワインを注ぎ始めた。

 片手でそれを呷りながら、左手で新聞紙を投げ置いた。

 数日かけずり回って得られたのがこれだけか? と目で咎める。

 そう言わないでくれお嬢ちゃん、今はこれが精一杯……と怪盗は口で答えた。

 だが第一面、その大見出しで書かれていたものは、俺にとっては重要な情報には違いなかった。


「国賓、怪盗サンシャインタウンにより誘拐されたことが判明!」


 テロリストから、怪盗の仕業に差し替わっていた。

 ……国賓、国家の間の賓客ね。

 曰く、疫病より国を救う手立てを持参したその迎賓は、歓待を受けている中に怪盗に身柄を奪われたのだという。

 その末尾にはアリスのフルネームと役職において、見つけた者には相応の報酬を与える旨が記されていた。

 結局皮肉な気分に陥りながら、俺は「これのどこがグッドなのか?」……とは尋ねなかった。それが分からないほど、酔いは回っちゃいなかった。


 この記事自体が、この数日の間で俺たちが奴らに発見されていないことの証明だったのだから。

 懸賞金をかけているのは、逆にあいつらの焦りを感じさせ、民衆の目さえ借りようという余裕のなさを想像させる。


 手の中の祝杯をまずく飲みながら、俺はアルコールと、程よい甘さと酸味とが身体に回りきらないうちに、もう一つの報せを尋ねた。

 サンシャインタウンは無言で新聞紙を裏返した。

 なるほど、文字通りの吉凶は表裏一体だったというわけか。

 同じ新聞社と、同じ日の新聞の裏面に、それはあったのだから。

 社会欄と思われるページの紙面に、二度と忘れはしないあの女、アリスの朗らかな笑顔が映し出されていた。


「王女行方不明の悲しみを糧に! 新たな国家元首の誕生!」


  もし俺があのまま牢で獄死していたのなら、「行方不明」のあたりは本来は「不幸」だとか「貴い犠牲」だとかになっていたんだろうか?


 フンと鼻を鳴らし、二杯目を注ごうとした俺の手は、ピタリと止まった。

 アリスのにこやかな横顔の、その視線の先、手を固く握り交わす少年の姿が、俺の目に飛び込んできたのだから。



 無邪気な笑顔を、俺の仇敵に向ける小柄な子どもは、幹部の一人、こうじだった。

この回は瀬戸内弁慶が担当しました

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