主人公は何でもすると言いました
最善な策なんて思いつかなかった。
こんな海のど真ん中で敵の船に囲まれて何が出来るってんだ?
こっちには使い物にならない怪盗と、ミサイル発射機だけ。ミサイル発射機を使って敵の船を一艘打ち落とせたとしても、逃げられるとは限らない。
俺は急いで運転席に移動し、エンジンはつけっぱなしのままでモーターボートにブレーキをかけ、動きを止める。
ついでにモニターを見てみると、俺達の乗るボートを取り囲む黄色い点が、ゆっくりと接近してきていた。
ボートと敵の船との間隔が短くなっていくにつれ、俺の焦りや不安も比例して増していく。
しゃがんで身を低くした状態のまま、床に這い蹲っている怪盗の傍に移動。
しゃがんだのは敵の攻撃を避ける為。怪盗をこんなにした薬を当てるには射撃するしかないだろう。それならば平然と歩いて移動する訳にはいかない。
「おい、しっかりしろ」
怪盗の上半身を軽く殴る。
「ひいい何だよ、もう駄目だよ。どうしようもないよ。逃げられないよ」
這い蹲ったまま早口で返事をする怪盗にイラっとした。
考えるより先に身体が動いた。言葉にするなら自暴自棄。容疑者がよく口にする『ついカッとなってやってしまった』という心情に近い。そもそも敵の攻撃を食らった今の怪盗にまともな回答を求める事自体が間違っている。そんな事にも頭に血の上ったというより、若干パニックを起こしている俺の頭じゃ考えられなかった。
近くに転がっていたミサイル発射機を片手で掴み、自分の近くに引き摺り寄せる。
「お前が諦めると言うのなら自爆してやる」
実際に死ぬ度胸はない。こんなことをしても状況が改善されるとは考えられない。それでもこのまま何も出来ずに捕まるのも癪だ。
「ま、待て待てお嬢ちゃん。冷静になれって、死んでしまったら元も子もないんだぞ」
「うるせぇタコ野郎、そもそも大勢に囲まれたのはお前のせいだろ!? モニター見とけ屑。しかも敵の攻撃をあっさり食らってその様かよ!! 少しは警戒しとけよ!!」
俺は拙い脅しをした挙句、怪盗に思った事をそのまま口に出してしまう。
俺の暴言が止むと、今まで小刻みに震えていた怪盗から震えがピタッと消えた。
「私の才能があればどうにかなるかも知れないが、無傷で居られるかは分からない。それに……」
「それに何だよ」
はっきりとしない怪盗の物言いにイライラしてしまい、つい声を荒げてしまう。
こんなくだらないやり取りをしている間にも、敵の撃った何かがモーターボートの何処かに当たって鋭い金属音を辺りに響かせている。
「それに怖いし……」
「俺だって怖いわ!!」
目尻に涙が溜まってしまう。情けなくて泣けてきた、という事にしてくれ。
「私1人の力じゃこの状況から逃げる事なんて不可能だ。きっとそうだ。だからお嬢さんにも協力して欲しい。私1人じゃ無理だから」
1人じゃ無理という事をやたら強調してくる。平常時の俺ならその違和感にも気付いただろう。
「お、おう。俺に出切る事だったらなんでもしてやる」
今はこの淡い希望に縋るしかない。
「ん? 今何でもするって言ったね? 確かに聞いたよお嬢さん」
勢いよく立ち上がる怪盗に驚いた。
「お、お前。敵の薬が効いてるんじゃ?」
「敵の正体が分かってるのにその対策をしてない訳ないだろう」
懐からプチッと押し出すタイプのシートに入れられた、白い錠剤を取り出し、俺に見せ付けてくる。
先程とは逆に、怪盗が敵の攻撃から身を守る為に四つん這いになっている俺を見下ろしている。
俺が奥歯を擦り合わせてゴリッと鈍い音を出すと同時に、怪盗は運転席に素早く移動して何かしらの操作をしてから俺の元に戻ってくる。
「さぁ、逃げよう」
俺の腰に手を回してそのまま腋に抱えられる。重くないのだろうか? いやいや、そこじゃない。
「何をするつもりだ?」
俺の問いに怪盗が答える前に、モーターボートがいきなり超加速する。
敵のボートが目視で確認できる近距離での加速。これじゃあ衝突してしまうじゃないか。
「よっ」
水溜りを飛び越すような、そんな軽い感じで怪盗は、俺達の乗っていたモーターボートから敵のモーターボートに飛び移る。
3人の人間が、飛び乗ってきたばかりの俺達に銃らしき形状の物を向けている。
敵が発砲する前に爆音が轟く。揺れる視界の端が赤黒く染まった。
怪盗は俺を抱えていない方の手で、小型な銃器を取り出す。爆発の影響で揺れる足場に気を取られている敵を無力化していく。
「たまやー。な、私はこの程度じゃ捕まらない。死にもしない」
「しるか、まだ助かった訳じゃないだろ」
爆発の元が何なのか、顔を動かして確認した。自分達の乗っていたモーターボートと、敵のモーターボートが衝突して何故か爆発したみたいだ。その爆発がミサイル発射機のせいなのか、怪盗の才能のせいなのかは分からない。
海水がボートに入り、そのまま出て行く。そのせいで怪盗の靴とズボンの裾は濡れてしまった様だ。結構な量と勢いだったのにも関わらず、体の軸がぶれない怪盗。それよりもだ、怪盗の射撃で倒れた2人が海水に攫われボートから海へ落下していった。倒れている時点で安否が分からないのに、海に放り出された事を心配しても無駄だろう。色々と考える余裕があるのは、こうして怪盗に抱きかかえられているので、何もする事がないからだ。
「で、君はどうする? 仲間と一緒に水泳でもするかい? それとも燃えとく?」
火の消えてない焦げたボートを傍目に、怪盗はボートに残った敵の1人に質問をしながら銃を撃つ。
倒れる敵を海に蹴り落とし、怪盗は運転席に俺を抱えたまま移動。涼しい顔してやる事が鬼畜すぎる。
「もういいだろ、降ろしてくれ」
「私としてはこのまま抱いていても構わないのだが」
「さっさと降ろせ」
手足をバタつかせて暴れると怪盗は降ろしてくれた。
他の敵船が俺達の奪ったモーターボートを囲もうと動き出している。このままじゃまた囲まれてしまう。せっかく中心部分から抜け出せたんだ、また律儀に囲まれてやる筋合いはない。
「それじゃあランデブーと洒落込もうか」
怪盗はボートを反転させ、体制を立て直そうとしている敵船から逃げ始める。
とりあえずは危機を脱する事に成功したのか? だから怪盗の臭い科白は無視しよう。流石に俺の肩に伸びる奴の手は叩き落した。
夜の海を進み続ける。後ろを見ても黒い景色が流れていくだけで、敵が追いかけてきているかは分からない。
この回は銀魚が担当しました




