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主人公はゴキブリかもしれません

「いやー、私の直感はこうすることで逃げられると言っているんだ。付き合ってくれよ」

 

 怪盗のそのイカれた言葉を聞いて、俺はどうすれば逃げれるのか必死に考える。

 目の前にはアリスの部下が乗ったボートが三台。突然Uターンした俺たちを、今は呆然と見つめているが、いつ攻撃してきてもおかしくない。

 しかし、怪盗は特に気にした様子もなく、軽い調子で言った。


「言ったろう、お嬢ちゃん。私には神がかった逃げる才能があると」

「まあ、それなら安心ね、とでも言えば満足か? ふざけるのも大概にしろよ」

 

 俺は怪盗に悪態つきながら、追っ手から逃れる手段が何かないか、必死に辺りを探す。

 俺はふと、自分の乗っているボートの端に、棒状の何かがが置かれているのに気づいた。オープンカーで逃げているときに使った、小型ミサイル発射機だった。手を伸ばして、拾おうとした直後--俺が乗っているボートのエンジンがおそろしい音を鳴らして、振動を始めた。


「いったい何をするつもりだ!」 

 エンジン音でかき消されないように、俺は大声で怒鳴り付ける。


 目の前のキザな怪盗は、からかうようにニヤリと笑った。

「しっかり掴まっていてくれよ、お嬢ちゃん」 


 --その瞬間、俺は後ろに吹っ飛ばされそうになった。俺は無我夢中で、ボートに掴まる。突然の出来事で思考を停止した、灰色の脳細胞が再び高速で動き始める。

 どうやら、怪盗がモーターボートを急に発進させたようだった。視界の端の方で、敵のボートが後ろの方に行くのが一瞬見えた。

 つまり、俺たちのボートが、キチガイじみた速さで敵の隙間を通り抜けたのだ。

 

 敵が追ってこないか、恐る恐る後ろを見てみる。俺たちが猛スピードで逃げたときに、大きな波が出来たようで、敵は海に沈んだようだ。


 追っ手を振り払った俺たちのボートは、真っ暗な夜を静かに渡っている。だが、俺の中には一つの疑問がある……。

 

「おい、怪盗。ひとつ聞かせてくれ」

「なんだい、お嬢ちゃん」

「このモーターボートはいったいどんなエンジンを使っているんだ? あのエンジン音、揺れ、そして、スピード……。あれは普通じゃなかった」


 怪盗は目を細めて得意気に俺を見つめ、そのあと笑った。


「だから言ったじゃないか、お嬢ちゃん。僕は逃げのプロなんだよ」

「ふん、答えになってないな」

「いいや、それこそが答えだ。それ以上でも以下でもないさ」


 ……、あくまでしらを切るつもりか。


 しかし、怪盗は俺の顔をじっと見て、違うよ、と微笑んだ。


「別にはぐらかしてる訳じゃないよ。本当に言葉の意味のままなんだ。逃げるというのは、足の速さだけで決まるものじゃない。どこにいけば追っ手がいないとか、ここに逃げれば追っ手をまける、とかね。私はそういうのが直感的にわかる。今回だってそうさ。私はあそこでボートを発進すれば逃げれると、確信していた」


 逃げる才能というものが存在するのか。あまり信じたくない話だが、このキザな怪盗のおかけで助かったのは事実だ。


「お嬢ちゃんは、エンジンに何か細工があると思ったんだろう? けど、それは違うよ。私の逃げる才能が、一時的にエンジンを高性能にした。それこそ、神がかり的にね」


 俺はとりあえずは、こいつの才能を信じることにした。役に立たなければ、こいつを裏切るだけだ。


「ふん、悔しいが認めてやる。おまえの才能は本物だ」

「お褒めいただき光栄だよ。どうだい、今日の夜、私とベットを共にしないかい」

 

 雰囲気と見た目に酔っていやがる、このナルシストが。


「忘れたのか、俺は男だぜ」


 ナルシストは本当に忘れていたらしく、これは失礼、と顔を真っ赤にしてコホンと咳をした。しかし、そのあとに今度はいたずらっぽく言った。


「でも、体は女の子だよ。成熟した、美しい肌だ」

「いやいやいや、誉めても無駄だから。そういうのは他所でやってくれ」

「つれないねえ、お嬢ちゃんは……」

「そんな悲しそうな顔しても無駄だ。泣き落とししようとしても、そうはいかないんだよ」

「チッ……」

「おいテメェ今舌打ちしたな。良い度胸だ、海に沈めて差し上げるぜ」

「おお、怖い怖い。ゴキブリ並みに怖いね、お嬢ちゃんは」

「一瞬誉めたのかと思ったけどやっぱり全然んなことなかったなぁゴラあ!!」

「悪いけど私はゴキブリ語が分からないんだ」

「いや、これは失礼しましたゴキ。まだ人間語に慣れていないものでゴキ。つい母国語が出てしまいましたゴキー」


 怪盗は世界で認められている、俺のジョークが面白かったらしく、腹を抱えて笑いだした。


「あはは、お嬢ちゃんは本当に面白いね」

「そいつはどうも。ところで、そろそろ本題を話してくれよ」


 さっきまで、けたけたと笑っていた怪盗は、急にすっと目を細めた。


「ああ、そのことか。まず前提として、モードリという病を知ってるかい?」

「ここ、ナリタで流行っている病のことだろう? 症状は若返りみたいだな」

「さすがお嬢ちゃんだね。だが、話は続きがあるんだ」

「というと?」


 怪盗はふうと息をはいて、語りだす。


「この病は、政府の公式発表では空気感染症としている。しかし、それは誤りだとする情報が入った」

「なに? どういうことだ」

「お嬢ちゃんはこの国の食べ物を知ってるかい?」

「はあ? 急にどうしたんだよ。この国の食べ物は全てサプリメントだろう」

「その通り。実はこのサプリメントは全て、食品会社と製薬会社が共同で作っている。先程の情報提供者は、食品会社『アイアムペン』 の社員だ。いわゆる内部告発ってやつだね」

「おい、怪盗。もう少し分かりやすく教えろ」

 こいつの話は回りくどくて、訳がわからん。


 怪盗は苦笑いを浮かべて、ごめんよと謝った。


「この提供者によると、病の原因は、最近発売開始となったサプリメントにあるらしい。そのサプリに含まれる成分が病を引き起こしていると」

「何だと、それは本当なのか?」

 


 俺の質問に怪盗は苦い顔をした。


「それが分からないんだ」

「分からない……? 分からないって、どういうことだよ」

「情報提供者は既に死亡していたんだよ」


 おいおい、話が急すぎてついていけないぞ。この国でいったい何が起きているんだ--。

 

 しかし、怪盗は俺の考えなどお構いなしに喋り続ける。


「私はこの情報の真偽を確かめるために、直接会おうとしたんだ。だが、情報提供者は先日、階段で足を滑らせて死亡していた」

「じゃあ、警察は事故死と判断したのか?」

「うん。警察は現場の状況などから、事件性はないとして事故とした」


 実にきな臭い話だな。真偽は別にして、重要性が高いとされる情報を告発した者が、階段で転落死。それが事故だと? いくらなんでも話の都合がよすぎる。


 怪盗は気だるそうに、ため息をついた。


「実におかしな話だろう、お嬢ちゃん。何者かが、情報の広がりを抑えるために階段から突き落とした、と考えた方が、よっぽど腑に落ちる」

「同感だな。だが、怪盗。俺には一つ分からないことがある」

「何だい?」

「お前は俺に、『あなたに世界を救っていただきたい』 と言った。具体的にはお前は俺に何を望んでいるんだ」


 怪盗は一瞬目を丸くしたあと、キザったらしく俺を指で差した。


「簡単なことさ。この一連の事件の真相を、私と一緒に調べてほしい」


 そんなことをしたって、俺の得には微塵もならないと、鼻を鳴らすつもりだった。しかし、それは突然の怪盗の悲鳴に遮られた。


「ああ、そんなバカな!」

 怪盗は運転席にあるモニターを見て、手をプルプルと震わせていた。

 

 俺もモニターを見てみると、中央に赤い点があり、それを囲うようにして、黄色い点が大量に円上に並んでいた。


「おい怪盗、何があった?」

「モニターの赤い点がこのボート、黄色い点は恐らくアリスの部下だ。私たちは囲まれたんだよ、お嬢ちゃん」

 

 黄色い点が敵だとすると……、何て数だ。少し数えただけでも、何十機とあるぞ。


「おい、怪盗。このモニターはレーダーの役割もあるんだろ? なぜこんなに敵の接近を許したんだ」

 

 思わず大声をあげた俺に、怪盗はビクッと震えて、急に泣き出した。


「さ、さっきまでレーダーには何の反応もなかったんだよぉ。なのに突然点がいっぱい表示されて。おーいおいおい。おーいおいおいおい」


 目に涙をうかべる怪盗に俺はイラつく。こいつ、意外と泣き虫なのかよ。いや、だが待てよ。こいつにはあの能力があったじゃないか。俺は怪盗を励ますように言った。


「怪盗、お前にはあの凄い力があるじゃないか。どんな状況からでも逃げれる才能がな!」


 だが怪盗が泣き止む様子は全くなかった。それどころか、さらに激しく泣き声を上げ始めた。


「こんなに敵の数がいるんだよ。無理だ、無理に決まってる。そうだ、降伏しよう。命は助けてもらえるかもしれない。今すぐにアリスに謝ろう。きっと許してくれる。そうしようよ、お嬢ちゃん。ねえねえ、そうしよう?」


 怪盗は運転をほったらかして、俺の足元にしがみついてくる。

 いくらなんでもこれは異常な状況だ。さっきまでの自信満々でナルシストな男はどこにいった。こいつが泣き虫だとしても、ちょっと極端すぎないか?

 

 そのとき、俺の灰色の脳細胞に一つの閃きが浮かんだ。まるで曇った空に一筋の光が差し込んだようだ。


 俺は足にへばりつく怪盗を蹴飛ばす。ぎゃ、という悲鳴が聞こえるが無視だ。俺は怪盗の体を隅々まで観察する。


 それは意外なほどすぐに見つかった。怪盗の足に小さな切り傷があった。その傷に、濃い緑色の液体が付いていた。

 

 恐らく、アリスの部下の攻撃が当たったのだろう。精神を不安定にする、毒が塗ってある攻撃をな。


 さて、問題はこれからどうするか、だ。逃げのプロである怪盗は、役にたちそうもない。

 俺が今、取るべき最善の策は--。

この回は山元周波数が担当しました

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