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主人公は怪盗を知っていました

「あなたに世界を救っていただきたい」


 俺は不覚にも声をあげて笑ってしまった。この怪盗は何を言っているのだ。三流映画でもそんなセリフは言わないだろう。ましてや、先程まで幽閉されていた土人の長に願うようなものではない。


「そんなに可笑しいですか? お嬢ちゃん」


 怪盗は少し気を悪くしたのか、硬質な声で尋ねた。


「ああ、可笑しいさ。世界を救うなんて子供じみた願いを聞かされれば笑う他になにがある」

「確かに、子供じみた願いです。ですが、あなたにはそれをするだけの力があります」


 俺たちを乗せたモーターボートは、夜を切り裂いて進む。前方には、人工的な明かりはなく、闇しか見えない。怪盗は運転席についているモニターを頼りに舵を切っているようで、外を見る様子はない。俺はこのいかにも怪盗です、と言わんばかりの男がいう力がなにか分からなかった。


 いま、俺に残されているのは地球での記憶とヤムヤムの産地である貧相な村だけである。この二つをどう掛け合わせても世界を救えるような力になるとは思えない。


「力ね。とても心当たりがないな。きっと真面目くさった顔で、分かりました。世界を救いましょう、とでも言えば満足して貰えるのだろうが俺は無い袖は振らない主義なのだ。他をあたってくれ」


「君は、自分というものをどうも小さく見積もるタイプの人間なんだね。お嬢ちゃん」

「夢想家のように自身の器を万能感で満たす趣味がないだけだ。それと、そのお嬢ちゃんというのはやめてくれないか?」

「ああ、そうだった! もともと、君は間宮勝弘という男性なのだった。その姿を見ているとどうしてもそのことを忘れてしまう」


 怪盗は、片手を額にあてると困った、とばかりに苦笑いをした。何から何まで演出過剰で気に障る男だ。こういう劇場型の犯人は、自己顕示欲の強いやつが多い。この男もきっとその手の人間に違いない。


「お前もそうだが、なぜアリスも俺が男だと知っている?」


 そう、ずっと気になっていたのだ。

 怪盗から予告状が届いたときアリスは言った。


『この国に眠る秘宝よりも、こんな男の身柄を奪うなんて馬鹿な盗賊ですよ』


 俺は生まれ変わって女になった。俺自身は、自分を男性だと思っているが、他人からはそうは見えない。俺の今の外見はうら若い褐色の肌を持つ女性なのである。一度でも出会ったことのある者なら俺を男性だとは思わない。


 だが、この怪盗とアリスは俺が男性だと知っていた。


「ああ、そのことか。それは簡単だよ。私が前世の間宮勝弘を知っているからだ」

「俺のことを知っているだと? 俺はお前なんて知らない」

「そりゃ、そうさ。前世では私が一方的に君を知っているという関係だからね」


 怪盗は、パチンと片目を閉じると爽やかに微笑んだ。


「……まさかお前、俺のストーカーでもしていたのか?」


 ぞっとする想像であったが、一方的に知っていると言われると、どうしてもそのような考えになってしまう。確かに俺は何度かストーカー被害に遭っている。それは時に捨てた女であったりクライアントやときには刑事ということもあった。俺にその気がなくても美貌は女を惹き付ける。それが引き起こした悲劇だった。


「やめてくれ、私は怪盗だ。ストーカーのような下世話なことはしない。むしろ、私が間宮勝弘を知っていたのは弁護士としての力量を評価してのことだ」


 弁護士としての俺を知っているということは、この怪盗も転生者なのだ。やはり、この世界には俺の他にも生まれ変わった者がいるのだ。


「力量を評価して……。まさか、お前は犯罪者だったのか?」

「犯罪者という言い方は気に食わないが、私は君たち弁護士や警察の言うところの窃盗犯だった。韋駄天の松。聞いたことくらいあるのではないか? まぁ、私は韋駄天なんかではなく怪盗と呼んで欲しかったが」


 韋駄天の松。


 その名前には聞き覚えがあった。広域重要指定事件になった容疑者の通称である。金庫破りを専門にした窃盗犯で、その大胆な犯行と逃げ足の速さから韋駄天の松と呼ばれていた。本名は確か松田希まつだのぞみと言っただろうか。


「その韋駄天がなぜ、俺を知っている?」

「弁護を頼もうと思っていたのだ。警察には本名もバレていたし、一時的に逃げることはできても長期間に渡って身を隠していられる、とは思っていなかったからね。そこで自首して、優秀な弁護士をつければ十年程度で出所することができると踏んだ。弁護を頼む相手として候補に挙がっていたのが君だ。間宮勝弘」


 怪盗は懐かしそうに細めると、愉しそうに笑った。


「だが、俺はお前から弁護の依頼を受けていない」

「その必要がなくなったからね。私は死んでしまったんだ。とても些細な事でね。あれは今思い出しても痛恨事だった……」

「なら、お前もあの猫にあったのか?」

「魂の女神が派遣したという猫だな。会ったよ。私の魂をすりつぶすというから逃げてやった。そうすると、気づいたときにはこの世界に転生していた」


 飄々とした口調で怪盗はいう。


「逃げただと」


 あんな神の使いとかいう訳の分からないものから逃げきったと言うのか。俺はこの怪盗を少しだけ見直した。とてもではないが俺にはできない芸当である。自分にない力は素直に賞賛を贈ろう。


「昔からなのだよ。隠れたりするのは苦手なのに、逃げるのは神がかり的に上手かった。小学校のころ隠れんぼは下手くそですぐに捕まっていたが、鬼ごっこでは誰も私を捕まえることは出来なかった。鬼の中には私よりも足が早い子供もいたのだが、私を捕まえる寸前になると決まって石につまずいたり、ボールが飛んできたりして私を捕らえることはできなかった。あまりにも私が捕まらないものだから、最後には誰も私と鬼ごっこをしてくれなくなった。

 これは悲しかった。私は何故か逃げるという行為に快感を覚えるようで誰かから逃げていると自然と笑うことができた。この快感が忘れられなくて私は窃盗を行うようになった。そこで気づいたのだ。私には神がかった逃げる才能があると」


 逃げる才能、そんなものが果たして存在するのか。俺には今ひとつ判断がつかなかった。怪盗は考え込む俺を無視してさらに話を続ける。


「逃げる才能は、単純に足が速いというものではない。どこに逃げれば警察がいない、とか、あの刑事は私を捕らえる寸前にころんでしまう。そんなことが直感的に分かる。だから、神がかり的なのだ。今だってどこをどう通ればいいか私には分かっている」


「お前が俺を知っている理由は分かった。では、なぜアリスも俺が男性だと知っている。まさか、あいつも転生者なのか?」


 脳裏に浮かんだ可能性は、非常に高いように思える。そうでなければ説明がつかない、と思えることがいくつかあったからだ。しかし、そのことを詳しく検討している時間はなくなった。


 モーターボートの後ろから激しい破裂音が鳴り響いたからである。


「おっと速いね。噂のアリスちゃんの部下かな? ほんと、お嬢ちゃんはモテモテで羨ましいよ」


 軽口を飛ばすと、怪盗はボートの舵を大きく切る。船体が大きく傾きながらUターンを始める。速度は落ちるどころか上がっている。自殺行為とでも思えるような速さである。後方から俺たちを追ってきたボートは、反転した俺たちに驚いたのか発砲を止めた。


「何を考えている! こんなことをして」

「いやー、私の直感はこうすることで逃げられると言っているんだ。付き合ってくれよ」


 悪びれる様子もなく怪盗はさらに舵を切る。一気に船体が反対側に沈み込む。とてもではないが正気の動きとは思えない。こうして、真夜中の海を舞台にして逃亡劇が始まった。

この回はコーチャーが担当しました

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