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怪盗と共に

 夜風が頬を叩く。

 自分をさらった男は建物から出ると、地上の駐車場に停めてあった真っ白なオープンカーの後部座席に俺を放り込んで逃走したのだった。

 左前席に座り、運転を続ける男を改めて見る。

 建物から出るまでの間は暗くて黒い影としか見れなかったが、その男が纏っている服は純白だった。

 真っ白なタキシードに白いマント。ハット帽子まで白いから感心してしまう。真っ白なその姿の中、真っ赤な蝶ネクタイが眩しい。

 清々しいくらいに怪盗だった。怪盗サンシャインなんてふざけた名前を名乗っているだけのことはある。

「何だ? お前は」

「怪盗ですよ」

 右目に付けたモノクルの鎖を揺らし、少しだけ振り向いて怪盗が言った。

「そんなことは知っている。何の故があってお前は俺を助けんだと訊いているんだ」

「ふふふ。まあまずは感謝の言葉の一つでも貰いたいですねえ」

 苛立たしげな俺を気にする素振りもなく、怪盗は飄々としている。

 問い詰めようと俺が口を開きかけたとき、轟音と共に頭上から眩しい光が降り注いだ。思わず目を閉じて顔を背けてしまう。

 強烈な光を目で遮りながら上空を見上げると、そこにはヘリの姿があった。サーチライトの強い光をこちらに向け、大気を鳴動させながら空を舞っている。

様相を確認しようと逆光の中目を凝らした。明らかに武装しているのが分かる。ミサイルと機関銃らしきものの影が見えた。

「ああ、ハエが追ってきましたよ。そこにあるハエ叩きで始末してもらえますか?」

 怪盗が運転したまま後座席の足元に置かれた何かを指さした。

 さっきまでは何かが置かれていることしか分からなかったが、そこには金属でできた棒状の物体があった。

 ヘリが投げている光のおかげでその物体をよく見ることができる。無骨なそれは、明らかに兵器だ。

「望遠鏡みたいに覗けるところがあるでしょう。箱形の部分についた電源スイッチを入れた後、そこを覗いてあのヘリを捕捉し、引き金を引いてください」

 何という名前の兵器かは分からないが、その形状から携帯型のミサイル発射機であることが想像できる。随分用意がいい。感心してしまう。

 兵器を持ち上げ、右肩に担ぐ。女になったとはいえ、ヤムヤムを掘ったりと、それなりの運動はしている。少し手間取ったが、持ち上げることができた。

 怪盗に言われた通り、電源を入れ、レンズを覗いてヘリの姿を捕まえる。こちらの動きに気付いたのだろう。ヘリは慌てたように距離をとろうとした。

 ヘリの動きを追い、引き金を引いた。破裂音とともに細長いミサイルが放たれ、白煙の尾を引きながら真っ直ぐヘリに向かって飛んで行く。

 一瞬でヘリに到達し、命中。爆発による光が人影のない街を明るく照らした。

「人を殺さないというのが信条だったのですがね。あれだけ明確な殺意を向けられてしまっては話は別です」

 ヘリの方を見向きもしなかった怪盗がポツリと言った。思うところがあるのだろう。

 俺も複雑な気持ちを隠せないでいた。

 俺は今まで何人もの人々を死に追いやった。以前の世界で弁護士をやっているとき、俺はどんな手を使っても勝利した。それが俺の使命だったからだ。俺にとって裁判はただの勝負で、勝つか負けるかしか意味をなしていなかった。

 その裁決の果てに何人もの人が死に追いやられた。当然だ。敗残者に生きる資格はない。

 こちらの世界に来てからも、国を作るために人を殺めた。言葉の通じない世界では他に手段がなかった。今でもそれが間違っていたとは思わない。

 だが、この国の惨状を見た今、何も感じないというのは無理があった。

 あのヘリの操縦席に乗っていた人物は病気に侵されていたのだろうか。もしそうなら、その人は生きるために必死だった。生きようと足掻き続けたのだろう。

 この街の深奥で見た、ひなびた果実のように縮みきった赤子の死体を思い出した。

 彼は俺のように、新しい命を与えてもらえるだろうか。

 そんな自分らしからぬ感傷に浸る己に、自嘲じみた笑いを浮かべる。

 何を考えているんだ俺は。そんなことを考えても、何一つ変わることはない。

「これから海に出て船に乗り換えます」

 怪盗は前を向いたままそう言った。

「ああ、任せるよ」

 俺はそう言い、天井のない車の中で頭上を見上げる。

 いくつかの星が瞬いていた。




「逃がしたですって」

 壇上に立つ豪勢なドレスを着たその女性は、侮蔑に満ちた目で深くこうべを垂れているアリスを見た。

 厚化粧がほどこされたその顔は、しかしこの世のものとは思えないほど醜い。顔中に走る溝のような皺は全く隠せておらず、鼻の下には丸々と膨らんだほくろがある。

「申し訳ありません。我々の不注意で」

 アリスの言葉が途中で途切れる。女の持つ鞭に叩かれたからだ。

 痛みに耐えるようにアリスが唇を噛む。

 女が笑った。嘲笑にも似た笑み。

「不注意? は! 笑わせる」

 女はもう一度鞭を振るった。アリスの白い肌に、赤黒いひびが入る。

「お前の能力のなさを注意不足に転嫁するんじゃないよ。小娘が」

 そう言って、女はまた鞭を振るう。

「まったく、人手が足りなければ誰がお前など……」

 苦々しげに女が爪を噛む。

 女はアリスが嫌いだった。アリスは自分にないものを全て持っている。美貌、配下からの信頼、若さ……

 それ以上に、アリスと自分をつなぐ到底受け入れられない事実が、一層女の憎しみを駆り立てた。

「すぐに追い、これを奪還します」

「当たり前だよ!」

 女は叫んで鞭をアリスに叩き付けた。

 鞭に打たれる間、アリスは微動だにしなかった。ただ頭を垂れ、じっとしている。それがアリスの矜持だとでもいうように。

「早く行きな」

 女が憎々しげに言う。

 アリスは首を持ち上げ、答えた。

「はい。お母様」




 浜辺に車を乗り捨て、怪盗の後に続いて小型のモーターボートに乗り込む。

「どこに向かうんだ」

 俺の問いに、怪盗は首を振って答えた。教えられないという意味か。

「俺を何に使う気だ?」

 どうせ答えないだろうと思いながら聞いたが、怪盗はこちらに顔を向け、居住まいを正した。

「あなたに世界を救っていただきたい」

 俺の目を真っ直ぐに見ながら、怪盗は言い放った。

この回はおもちが担当しました

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