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主人公はクソ野郎でした

 目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。

 何も見えない。目蓋を閉じても開いても、見えるものが変わらない。

 何もない。何の音も、触れられるものも、匂いもない。

 そんな空間を、いつの間にかに漂っていた。


「ここは……」


「よお。目、覚めたみたいだな」


 どこからかそんな浅ましい声が聞こえてきた。


「誰だ?」


 その声に尋ねる。

 最悪の場合を想定した。俺は拉致されたのかもしれない。

 それにしては、この浮遊感が気がかりだが。


「ここだよ」


 また先程の声がすると、目の前に奇妙なシルエットが現れた。

 その影は少しずつ輪郭をはっきりとさせていき、最後には真っ白な毛並みの猫の姿になった。


「何だお前は」


 その猫に尋ねた。

 もしかして、さっきの声はこいつの声なのか? まるでフィクションだな。

 それにしても拍子抜けだ。強面の、ヤクザみたいな連中を想定していたのに。


「オレサマか? オレサマはな、魂の管理をしていらっしゃる、とある女神の使い。まあ、天使みたいなもんだな」


 その白猫が、口を開いてペチャクチャと喋りだした。

 奇妙な光景だ。信じられないが、まあ、そんなことはあまり重要ではない。


「お前が何者かなどどうでもいい」


「てめえが訊いたんじゃねえか」


 その声を無視して、先を続ける。


「俺は忙しいんだ。早く解放しろ」


 喋る猫に言い放つ。

 そう、目の前の猫が喋るだとか、天使だとか、そんなことは大して重要じゃない。問題なのは、俺がこんな場所にいて、この俺の、この世のどんな宝石より貴重な時間がいたずらに費やされていることだ。

 猫がニヤリと笑った。動物など飼ったこともないから、動物の表情など分からないが、それでもはっきり分かるほどニヤリと笑ったのだ。


「間宮勝弘。先月28回目の誕生日を迎えたエリート弁護士」


「…………」


 突然猫が俺の経歴を語りだした。

 それを聞き流しながら、この状況について思案していると、ふと思い出されたことがあった。

 いつだったか忘れたが、アニメを見て小学生に強い性欲を抱き、小学五年生の女児を拉致、監禁、犯した後に殺した中年のおっさんを弁護したことがある。

 その弁護の際、おっさんが話したそのアニメをちょっと調べたことがあるが、そのアニメの中で幼い女児に魔法の力を与える役目を負った喋る獣が出てきた。

 確か猫ではなかったはずだが、今の状況に似ている。

 そんな下らないことを考えている間も、猫は喋り続けた。俺の歩んできた歴史を。俺の小学生時代、中学、高校、受験、大学……


「現在まで負けなし。黒を白に変える悪魔として有名。依頼者には多額の依頼金を払わせることで悪名高い」


「それで?」


 猫の話を遮って俺をこんなところに寄こした理由を尋ねる。

 この怪しげな喋る猫が俺について異常なほど詳しい、ということも大したことではなかった。

 この時代、ちょっと本気になれば個人の経歴を探ることなんて容易い。プライバシーの保護などあってないようなものだ。


「……まあいい。それでさ、お前さんよお、反省は無いわけ?」


「反省だと?」


 俺は笑ってしまった。猫の言ったことが可笑しくてたまらなかったからだ。


「今お前がクチャクチャ話した内容のどこに、俺が反省しなければならない部分があった?」


 猫が肩をすかして溜息をついた。随分人間らしい猫じゃないか。


「まあ、てめえさんが自分のことを省みることができるとはこれっぽっちも思ってねえよ」


 それより、と挟んで猫が微笑んだ。


「お前さんは死んだんだ。まあ、自業自得っていうんだろうな」


「死んだ? 俺が?」


 腹の底から湧き上がってくるものがあった。笑いだ。堪えきれず、口から漏らす。


「ク……ククク……」


「なんだ? 気色悪いな」


 散々笑った後、不機嫌そうに言う猫に向き直る。


「俺が死んだ? 冗談も大概にしろ。俺はこうしてここにいるじゃないか」


 猫はまたニヤリと笑い、俺を嘲笑うかのように話し出した。


「まあ、気づいてないのも無理ねえなあ。何しろ、背後から一撃で頭を撃ち抜かれたんだからねえ」


 ケラケラと笑う猫を眺めながら、俺は段々と猫を信じ始めていた。

 喋る猫なんて、よく考えると死後の世界でもないと出会えないかもしれない。それに、こいつはさっき天使だと言った。


「……誰だ?」


「は? 誰って?」


 とぼける猫を睨みながら俺はもう一度尋ねる。


「俺の完璧な人生を踏みにじったのは誰だと訊いているんだ」


「ああ」


 猫は愉快そうに笑いながら、ある女の名前を口にした。


「憶えてるか?」


「知らん」


 どうでもいい人間の名などに興味はなかった。俺の脳は、もっと価値のあることに使われるべきだ。


「本当に酷いな。てめえが捨てた女だよ。アメリカでお前に出会ってから献身的に尽くした挙句、30を迎えたその日に捨てられた」


「ああ」


 その女を思い出したわけではないが、何人かの女を捨てたことは憶えていた。だいたい、三十路を迎えた女を女と呼ぶのには抵抗があるが。


「いやあ。いっそ清々しいくらいのクズだな、お前って。まあいい。てめえと話していると吐き気がしてくる。手短に話すとするか」


「ふん……」


 猫の戯言に耳を貸す道理はないが、兎にも角にも俺は死んだようだ。この猫の説明を聞かないわけにはいくまい。


「お前は死んだ。普通、死んだ奴の魂はスクラップされて次に生まれる魂の肥料になるんだが、お前は例外だ」


 つまり、本来俺の魂、つまり記憶は俺が死んだ時点で粉々に壊されるはずだったというわけだ。それなら……


「ちょっと訊いていいか?」


「は? なんだよ。口を挿むなよ」


「なぜ俺だけ例外にされるんだ?」


 猫を無視して尋ねると、予想外にも猫は言い淀んだ。


「な、なんでそんなこと訊くんだよ。それに、口挿むなって、言ったじゃねえか」


 その不自然な態度に、俺はピンときた。このポイントに何かある。


「言え。この俺に、隠し事ができると思っているのか?」


 凄むように睨みながら、猫に詰め寄った。猫はジリジリと後退する。


「ちっ、下種が。まあ、答えてやろう。それはだな……」


 この期に及んでも、猫の歯切れは悪い。どうやら相当言いにくい事情のようだ。


「実はな、その、オレサマの雇い主である女神、つまり魂を管理する女神様がな、ううう……」


「早く言え」


「くそ! 分かったよ!」


 観念したように猫が叫び、白状した。


「女神様、面食いなんだ……」


「は?」


 シュンと項垂れながら話す猫の言葉が、一瞬理解できなかった。が、すぐ飲み込んだ。


「ククク……ハッハッハッハ!」


「なんだ? 突然笑いだしやがって!」


 高笑いする俺を、悔しそうに睨む猫。だが、その視線も今は心地いい。

 要はこういうことだ。その魂を管理する女神とやらが、俺に惚れてしまったのだ。それで俺に特別処置を施すらしい。


「クク……自分の美貌が憎い……」


 天は常に俺に味方していた。死んだ後も、それは変わらなかったということだ。


「ケ! ほざいてろ」


 憎々しげに俺を見上げる猫に、勝ち誇った顔で返す。


「ああ、分かった」


 猫の顔が一変した。今度は逆に猫が勝利を隠したような表情を浮かべる。


「女神様からはとびっきり贅沢で何一つ不自由ない環境にお前を届けるよう言われていたが……」


「何?」


 猫の表情に不穏なものを感じ、猫を睨みつける。


「とびっきり貧乏で、貧相な家にお前を送り込んでやる」


「なんだと?」


 猫に詰めよろうとしたが、猫は俊敏な動きで俺の手から逃れた。


「そして、てめえの魂が与えられる肉体はとびきり醜い顔に成長する肉体だ。ざまあみろ。ちょっと女神様にお仕置きされるが、お前を地獄に送り込めるなら安いもんだぜ」


 そう言い残し、猫の姿がふっと消えた。


「待て!!」


 そう叫んで猫を追いかけようと手を伸ばした、その瞬間だった。ぐらりと体、いや空間全体が揺れ、俺の体がどこかに飛ばされるように吹き飛んだ。


「うわあああああああああ!」


 絶叫しながら、バラバラに崩れていく自分の体を見る。

 意識が、漆黒に塗りつぶされた。

この回はおもちが担当しました

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