悪魔と可愛い少女
今日は暑い日だ。ちょっとしたことでイライラして切れてしまいそうな日。
あたしはスポーツバックに麦藁帽子に白ワンピというスタイルで、この真夏のさなかを歩いていた。
そんなとき、彼と出会った。
「俺さまは悪魔だ。お前の願い、何でも叶えてやるぞ!」
目の前に、一人の時代錯誤な服を着た男の子が突如、出現したのだ。
悪魔~? そんなの、いる訳ないじゃない?
どう見ても不審人物にしか思えなかった。
「悪魔だって、証明出来るの?」
「しょ、証明? ほら、空に浮かんでるだろ? それにこの美貌はとても人間では無理ではないか!」
「証明できないのね? 浮かんでるのだって、手品かもしれないじゃない。それにいくら美貌だって、悪魔の証明にはならないし。そんなんで、悪魔って信じろなんて、虫が良すぎるわ」
「ならば何でも願いごとを言ってみよ。お前の魂と引き換えに、叶えてやるぞ」
「結構よ、あたし、叶えて欲しい願いなんて何もないから」
あたしはぷいっ、と顔を逸らした。本当に叶えて欲しい願いなど、思いつかない。
今、あたしはすっごく幸せなのだ。それなのに、わざわざ魂まで差し出して、叶えて欲しい願い事など、あるはずがない。
「美貌は欲しくないか? どんな男でも魅了する美しい美貌が?」
「あたし、今でも十分可愛いもーん。これ以上は高望みしすぎだし、めんどーい」
「なら、お金は? 俺さまに願えば巨万の富が手にはいるぞ」
「あたし、社長令嬢だもん。パパに甘えたら、何でも買ってもらえるもーん」
「じゃあ、恋人は? 俺さまのような、素敵な彼氏、欲しくないか?」
「あたし、もう現在ラブラブ中の彼がいるもーん。彼以外の男の人なんて、どんな素敵な人でも、きょーみなーい」
「これがリア充、というやつか」
がくっ、と悪魔と名乗ってる男の子はうなだれた。
ふーんだ。そんな訳だから、本当にこの子が悪魔だとしても、あたしには用はないの。さっさと消えてくれないかなあ。
それよりも今は陽くんの方が大事だ。早く行かないと、デートに遅れちゃう!
あたしは陽くんと待ち合わせをしていたバス亭に来た。ここから陽くんとバスで水族館に行く約束をしていた。
でも、その場所には誰も立っていなかった。勿論、陽くんもだ。
それは当然だけどね。
あたしは時計を見る。まだ待ち合わせの30分前だった。バスが来るのもまだまだ当分先だ。
あたしはのんびり待つことにした。しかし悪魔と名乗ってる男の子はふよふよやってきて、バス亭前に陽くんらしい人が立ってない状況を見て取ると、あたしにからかうように言ってくる。
「その様子、どうやら、振られたようだな?」
「もう……うっさいなあ、黙ってて! 黙らないなら、あたし、ここで、この人ストーカーです、と大声で叫んでやるんだから!」
「怖いな、女というやつは。だが安心しろ。俺さまに頼めば、お前の恋人、永遠にお前を裏切らないようにしてやれるぞ」
「そんなの嫌だよ! あたしは陽くんの心を縛りたくない! 陽くんにはいつでも自由で幸せでいて欲しいの!」
「そこまで言うなら、どれどれ、お前の恋人、今何してるか、この俺さまがお前に見せてやろう」
悪魔と名乗る男の子は鏡を取り出した。そこに何やら呪文みたいなものを唱える。しかし、鏡には何も映らない。あたしの姿すらも消えてしまった。鏡は真っ白だった。
男の子は驚いた顔をする。
「これはふむむ……」
「どうしたの?」
「陽というもの、もうすでにこの者はこの世に存在しないのかもしれない……」
その言葉を聞いて、あたしは不思議に思い、首を傾げた。
「何、馬鹿なこと、言ってるの?」
「信じられないというのも仕方ない。だが、俺さまの魔法に間違いはありえない。ソロモンの悪魔の中でも最強と呼ばれたこのバアルさまの魔法は常に悲しい真実を暴いてしまうものなんだ」
「そうじゃなくて、陽くんなら、ここにいるよ。ほら」
あたしはスポーツバックを開いて中身を見せた。何故か悪魔と名乗った男の子は恐怖に怯えたような絶叫を上げた。
「陽くんはあたしとずっと一緒なの。らぶらぶなの。だから、悪魔の力なんて、必要ないんだよ」