初グラアン
「ぎょぎょー!俺の思ってるグラアンじゃない!」には「しーらない」で返させていただきます。あと長いとかよく分からないとかも別に、わざわざあの、いいです。俺知ってるもんな。
ABCの友の会のメンバーたちはその若さゆえに、たいていのイベントやお祭りごとを好んでいた。ニューイヤーやクリスマスといった大きな行事は数日前から密かにカウントダウンが行われていたし、そんな日には各々が持ちうる限りの上等な服で身なりを整え、もっともらしい顔をして「やあ君、トリックオアトリート!なあんてね!」などとやるのを楽しんでいた。もっとも、アンジョルラスは度々仲間たちに討論の方を推奨してことあるごとになだめられていたが、誰かの誕生日となれば、さすがの彼も企画された会合に参加していた。その誕生日会というのが、一年を通して彼らがもっとも凝った演出を用意するイベントだった。去年のボシュエの誕生日には"お見舞いパーティー"なるものを催し、不運にも風邪をひいていた彼のベッド周りで、彼の健康を祈る胡散臭い歌や踊りの演目が披露された。しかし前日の特訓の甲斐無く、そして不遇なことに、それらは彼の風邪をこじらしたきりだった。ともかく、普段の論争に込める熱い思いの影で、祭りという名の元にドンチャン騒ぎをかましたいという秘めた願いをもつ彼らだったが、中には歓迎しがたい行事も存在した。正しくは、歓迎したいのに歓迎すべからざる理由を持つ行事が存在した。エイプリルフールである。
その日は誰もが普段通り振る舞い、正しくは振る舞おうとし、エイプリルフールのエの字すらおくびにも出さず、正しくは出さないよう努力し、お祭り好きの血を必死に押さえつけ、しかしどう控えめに見たって誰もが落ち着き無く、それでいてカップの中のコーヒーには何のおかしなものも映っていないと信じこんでいた。実際映っているのは変に強ばった、今にも笑いだしそうな自分の顔だったが、皆コーヒーには琥珀色の表面のみが存在すると念じるのに必死だった。しかし例外も存在した。その例外こそが全ての発端であり、今もってこの楽しいイベントを完全無視しなければならない起因となったものである。
アンジョルラスはそれまで低いトーンで机を挟んだ向かい側に座るコンブフェールと言葉を交わしていたが、ある拍子に勢いよく席を立って部屋を見渡した。そして良く通る凛とした声でこう言った。
「諸君、我々が望む社会において、政治を執り行う者は、どのような方針をもってそれを成すべきか。自由とは、平和とは、保ち続けることこそが難しい。しかし、先導者がこの世を去ったとき、跡継ぎである未来の指導者たちが、政治の大事な局面において必ず迷わないとも思えない。今ここに集う若き先駆者たちよ、後の彼らのために、言葉でもって政治に対するべく心というものを示そうではないか」
その言葉に何人かが頷き、何人かが手を叩いたところで、部屋の出口に通ずる側の扉が開いた。丁度部屋全体が彼一人の言葉に耳を傾けていて静かだったこともあり、扉の開く音に気付かないものは居なかった。
部屋に入るなりその人物は、自分が入ってくるまで何が行われていたかを認識したらしく、口元を引き締め、酒瓶を持った右手を高く上げ、こう叫んだ。
「俺も賛成だ!そうだとも、アンジョルラス!」
予期せず嬉しくもない賛同の意を聞かされた彼の、深い苦悩に満ちたため息は、当然酔っぱらいの耳にも入っていた。しかし彼は右手を下ろすと同時にいつもの締まりのない表情に戻り、いつもの賛美に入った。つまりアンジョルラスがいかに美しいか、彼を天使と形容する所以を延々と流していくのである。当の二人以外の者は皆、やれやれと首を振り、先ほどアンジョルラスの問いかけた内容に対する討論を始めたが、グランテールがふと気付いて発した次の言葉に、いっせいに口をつぐんだ。
「そういえば今日は4月の初めだ。エイプリルフールじゃないか!」
彼はそれまで皆が口にしたくて堪らなかった言葉を、いとも簡単に声に出した。おい!と咎めるような視線を送るクールフェラックや、よくぞ言ってくれたとばかりににやりと笑みを浮かべるレーグル、その他の視線を気にすること無く、グランテールは続けた。
「君、今日は僕に嘘を言ってくれたまえ」
「君と話をする気はない」
「それは嘘かい?それとも?」
この事態こそが彼らのエイプリルフールにおける禁忌なのである。この数時間、仲間たちが死守してきた"なんのイベントもない1日"という体裁を、グランテールは跡形もなく吹き飛ばしてしまった。皆これまでの緊張感の反動で大いに脱力し、そうだったな…うん、今日はエイプリルフールだった…すっかり忘れてたけど…と、口々に投げやりな台詞を吐き出して、無言のうちに互いの努力を認め合った。そしてはからずとも彼らが敢行していた"イベントをひたすら隠す"というイベントを締めくくったのである。
「グランテール、君は帰れ。此処は思想をもって互いに意見を交わす場所だ。酒を酌み交わすだけのつもりならば他を当たるといい」
「いや、君と言葉を交わしている。それで十分な筈だ。さあ嘘を言ってくれよ。もう一度言うが、今日はエイプリルフールだ」
「馬鹿なことを。何の意味があるというんだ。大体君は嘘を言わないのか、僕に言えとだけ言っておいて?」
「君が大嫌いさ、アンジョルラス」
その言葉はグランテールにとって、彼の欲しがっている言葉をアンジョルラスの口から聞くためのものに過ぎないはずだったが、言ってしまったあとで猛烈な拒絶反応が起こり、ふらっとよろめいたかと思うと熱した鉄を飲み込んだかのような顔をした。しかしその衝撃は本人だけのものではなく、もちろん部屋に居た全員が驚き、目を見開くものだった。
「グランテール、君は本当にグランテールか?」
「痛いところは?熱を計ろうか?」
「あいつは本当に酔っているのか?」
「彼はいよいよなんじゃないか、あれだけ毎日酒を浴びていてはおかしくないものな」
しかし、グランテール以外の者のなかで恐らく一人だけ、彼と同じくらいの衝撃を受けた者が居た。その彼は、天使に対する冒涜だと言わんばかりの拒絶反応に未だ苦しんでいる狂的信仰者に、驚きを隠せなかった。その表情を確認することが出来たのは彼の近くに座っていたコンブフェールのみだったが、呆れとも諦めともつかない彼特有の穏やかな苦笑を浮かべたきり、動こうとしなかった。仲間がグランテールの体調や安否や寿命を危惧している間、アンジョルラスは自分の内で沸々と何かしらの感情が膨らみ、今にも溢れんとしているのを感じた。彼にはそれが何という名前の感情なのか、検討もつかなかった。それ故にこの哀れな男は、わなわなと震える唇で、こう言ってしまったのである。
「僕だって君が大嫌いだ!顔もみたくない!」
一拍置いたのち、先ほど以上の衝撃が走った。聞き慣れた言葉であるがために皆一瞬は受け入れそうになったのである。
「違う、それを意識して言ったんじゃない!大体僕はそんな、待ってくれ、そういう意味で言うなら僕は君のことがす、好きだ!いや、というか!」
彼がそこまで言ったところで、ドサッと重いものが倒れる音がした。もちろん自業自得である。それからは時が再び流れ出したかのように皆動きはじめ、グランテールを抱え起こすクールフェラックやボシュエに、あわあわと右往左往するプルヴェール、勢いよく笑い出すバオレルなど、いつもの彼ららしい喧騒が戻ってきた。アンジョルラスはへなへなと崩れ落ち、頭を垂れたまま動かなくなった。酷い自己嫌悪に陥っているようだった。そして彼は、バオレルの心底愉快そうな大声によって、さらに打ちのめされたのである。
「はははは!アンジョルラス!今さっき僕はこの目でしっかりと見たさ!林檎のように赤い顔をした君をな!ああおかしい、滑稽だ、こんなことはめったにない、二度と忘れるものか!」
最後まで読んでくださった方は、というかこれを読んでいらっしゃる方は、よろしければmg://までご一報ください。お礼を言いたい。すごいお礼言いたい。アリガトウございますた