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 本当に心底くどいようだけど、彼女がこれといった抵抗を見せないことも予想どおりだった。どれくらいの時間なのか曖昧だけど、しばらくの間ののち彼女の舌を自由にしてみせると、いくぶんか蘞辛っぽい息づかいが聞こえた。それと、右腕で抱えていた彼女そのものが、一気に重くなるのを感じる。だから「僕」が腕にかける力を少しずつ、ゆっくりと緩めていくにつれ、彼女の身体はシーツの中に沈んでいく。

 「僕」に迷いがないとは言えなかった。なにもこういう場合じゃなくたって、「僕」が行為に及ぶときにはいつだって迷いがあった。でもおそらくだけど、それもまた一種の「建てまえ」みたいなものなのだろう。


「来て」


 彼女の声がした。「僕」の腰まわりには彼女の腕がすでに絡んでいて、そのしぐさは妙に淑やかというか、粛々とすらしているように思える。「僕」は彼女を抱き寄せた。背中にかけて這った彼女の腕が、よりいっそう強く「僕」を締め付ける。少し窮屈なくらいだった。


 「建てまえというか、「自己暗示」のほうがふさわしい言葉かもしれない」……とか、そんなことをうっすらと考えていたのだけど、ここで「僕」はひとつ、えらく大切なことを忘れているような気がしてきた。

 そもそも忘れているのか、はじめから理解できていないのか……それすらも分からない。まるで足元をすくうような、この感覚は異常そのものだった。思えば確かに、「僕」はずっと昔から、少しの変化をして遷ろう景色を見続けていた気はする。でもそれは「僕」の日常に過ぎなくて、だとすればどうして理解することができないのだろう?

 人は生きているから、同じに見える世界でも日々変わっていくのは当然なことだと思う。「僕」たちがそれに気づくことは少ないけど、大きな結果になってはじめて知ることが時々ある。今のはその「大きな結果」ではないのか? だとしたら何が?

 「僕」が「彼女」たちと過ごすようになってから、というより「僕」はそれ以前の記憶をなぜかほとんど持っていないのだけど、とにかく「僕」の生活には理解できないことが多かった。なにより恐ろしいのは、それに対してどうとも感じなかったことだ。理解できないことを疑問に思わなかったのだ。


 ちょうど「僕」が、間髪入れずに結論へたどり着いたときだった。「僕」をきつく抱きとめる腕が、一瞬だけ緩まった気がしたのだ。「僕」はすべてを理解した。



 錠の落ちる音が、いつもと違って耳元のすぐ近くで鳴った。

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