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風呂上り、「僕」は喉を湿らせたくていつも台所へ向かう。ふつうはコップに注いだ水か晩酌あたりが相場なのだろうけど、「僕」はなぜかむしょうに、小さな氷をたくさん口に含みたくなる。むろんそれはえらく簡単な行為だから、実践する。昔なにかで読んだけど、貧血気味のひとは氷を食べたがると聞いたことがある。けれど、それが事実だったとして「僕」にとっては建てまえに近い。同意をもらったことは一度たりともないけど、びっしりと詰まった氷の軋轢する感触が好きなのだ。
今しがた、食卓のいつもの席へ座るティナを見た。彼女はたしかにこちらを見ていて、表情は伺えないけど、あからさまなほど物言いたげだった。
「なに?」
彼女はいくらか不思議そうな顔をした。
「何度見ても面白い癖だなって、思っただけ」
「たしかに」
咀嚼する音がよけい大きく感じる。今の会話を挟んだせいだからだけど、むしろそれよりもいっそうティナの目線のほうが気になった。
「もうシドウは寝たの?」
「そうだと思う。ほら、扉の窓が暗いだろ」
「僕」は「彼女」の部屋を指さした。
「いつも暗くない?」
「んー……なんていうか、あの部屋に灯りがついてるときってさ、暖炉の明かりが写るんだけどさ。ついてないとああいう風に、窓が反射しないんだよ」
「そうなの?」
「うん。もしかしてこれ知ってるの僕だけだったのかな」
「そうだろうね。諒人くんって妙なことばっか見てるから」
「諒人くん」という呼び方に驚いたものの、それよりももっとその言葉に違和感を感じなかったことが意外で仕方なかった。




