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あえて誤解を生むような切り口でものを言うと、奇妙なことにティナと「僕」の年はさほど離れていない。ティナは今年高校に通い始めたばかりで、「僕」は八年前まで学生だった。「彼女」は「僕」のひとつ上だから、ふつうに考えて「彼女」はティナを小学生のとき身ごもったことになる。言うまでもなくそんなわけはない。
彼女は二年前、嵐の夜にここへやってきた。その日の雨脚と風は本当にひどいもので、彼女が玄関扉を叩く音が聞こえなかったくらいだった。結局「シドウ」が玄関に誰かがいることに気づいた(「彼女」の部屋の窓からはベランダが見えて、ベランダの底板には玄関照明が差し込むのだ)けど、そうでなかった場合のことはあまり想像したくない。少し丸い顔をした、黒目がちで端正な顔立ちにはそのときから違いがなく、「僕」も彼女を見てまず、垢抜けた容貌をした少女だとは思った。むろんそれは顔つきだけじゃなく、服や立ち振る舞い、しぐさ一つからも想起できたことだ。だけど、いや、だからこそ、彼女が携えていたぼろの旅行鞄と、吐き潰したスニーカーに対して、ある種の異常さを感じずにはいられなかった。
じじつ、我が家にやってきたそのとき、彼女はひと目見てわかるほど虚脱していた。そして「僕たち」に放った第一声は「はじめまして」でも「こんばんは」でもなく、「すみません」だった。
「君房さんから話は聞いているかと思います。アレクサンドラ・マルティーニと申します。ええと、彼の養子にあたります。……ひとつだけ、どうかお願いがあるのですが」
「私を、ここに住まわせてはいただけないでしょうか」
君房さんとはおそらく、というより間違いなく叔父のことだ。彼に養子がいたことがすでに初耳だったけど、それを差し置いてでも「僕」は彼女の話を信じることができなかった。
異常さとはなによりも話し口にある。懇願といって間違いないけど、それでいて彼女の言い振りにはまるで希望が見えない。いかにもどこかに書いてあったことを読んでいるだけ、みたいな、抑揚を欠いた調子だからだ。希望が見えないというか、あるいは「僕たち」へ一切の期待を寄せていないことが明白だった。彼女にとって、「僕」がどう言おうとそれは「何度目かの運命」に出会っただけにすぎないのだろう。
「僕」のついた予想、それは後に正しいことがわかるのだけど、それはあまりに絶望的だった。叔父が病床に就いてからの数年間、彼女の置かれた環境を「僕」はすぐに悟った。そして何よりも、彼女が傘もささずひどく濡れそぼった姿でここにいることの意味も「僕」はまた察することができた。
「質問があるんだ。いままで君を囲っていたのは誰か、教えてもらってもいいかな」
彼女は怪訝そうな顔をした。おおかた間違いなく、内心「なんでそんなことを聞くのか」と思っていたことだろう。
「……最初は叔父の母方のほうで引き取ってもらったのですが、少しいろいろあって……その後はルニビア園という養護施設にいました」
ルニビア園は県境のふもとにある。この家からだと車で飛ばしても2時間はかかる場所だ。
回答はおおよそ凡庸なもので、「僕」が納得するには及ばないものだった。もしかしたら、このときの僕の語調は少し荒かったかもしれない。
「その後は?」
彼女は口をつぐんだ。「僕」の察しとったことが、確信に変わった瞬間だった。
「……いや、答える気がないならいいよ。ごめん」
「もし君の話が本当なら、僕は喜んで君を迎え入れたいと思うんだけど……シドウ、いいかな」
「彼女」はゆっくりとまぶたを下ろした。思い起こすほど直情的な判断だったけど、あれはまぎれもなく、「僕」の人生でも数少ない「正解」だったと自信を持って言える。それに、ちょうど部屋も一つ空いていたところだったのだ。
「彼女」連発しすぎて頭おかしくなってきた




