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僕が彼女への摂食に慣れるということはとうとうないのだろうと、たぶん確実な予感めいたものを感じていた。この家に来たばかりのころみたいに、ビーカーの中身をこぼすことはなかったけど、背筋の震えるような感触はいつまでも付きまとってきた。いつもどおり僕は早足で食卓を横切って、台所でしばらくじっとしていた。吐息の喉でかすれる音が、いつもよりいっそう鼓膜に反響している。
いつのまにか、ひどく調子を悪くしていることに気づいた。さっきから動悸がするし、いよいよめまいを起こしている気もする。流し台にビーカーを置く手が震えて見えるけど、ほんとうに震えているのか、僕の目がおかしいのかわからない。
人の感覚というのは鋭敏でいて、どこか鈍いところがある。「針貧乏」という言葉があるけど、あれなんかが良い例だ。思い込みだとか、なにか他のことに意識をやっているときは、痛みを感じなかったり、目の前で起きたとんでもない出来事に気づかずにいることだってある。
そう、さっき包丁を握りしめて彼女を出迎えたときだ。僕はそのときまさに、ひとつのことばかりに目がいってしまって、もっとも重要なことを見逃していた。今やっと、そのことへ思考が追いついたのだ。彼女の後ろ髪がたまたま首の上にかからず、ほんの一瞬見えたうなじのそれよりも奥……それが「気のせい」でなければ、失調どころの話じゃない。下手を打てば、僕はこの眩暈ともっとも恐ろしい予感を抱えたまま、「あえて夕飯のあと」とかそんな言い訳を重ねて一生を終えてしまう。
だから、突然気分が悪くなったわけでもなんでもない。「さっき見たこと」を今やっと理解して、それに対する自然な対処なのだ。




