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僕の作業する音が、やけにこだまするくらい静かな部屋だったけど、じきにそれは錠の落ちる音でかき消された。大きな玄関扉が開いて、流入するものの気配がある。時計の針に目をやると、やはり5時すぎをさしていて、僕はすこし息がつまるのを感じた。
「ただいま帰りました」
小さな足音ののち、居間から甘い声が聞こえた。ティナはほぼ間違いなく、いつもこれくらいの時間帯に帰ってくる。僕はとりあえず、一旦は手を止めて出迎えることにした。
リビングへ向かう途中、台所前の長机に移動したシドウと目があって、それはやっぱり不安げな様相を写していたけど、僕はあえて気にも止めず視線を外してみせた。
「おかえりなさい、ティナ」
僕がそう言うと、ティナは薄笑いと一緒に僕に浅めのお辞儀をした。この慎ましさすら、いまとなっては僕を疑わせるだけだ。
「ご飯、もうすこしで出来るから。待っててね」
付け加えて、僕は返答を待たず台所へ戻った。そこでようやく、右手にしっかりと出刃包丁を握りしめていたことに気づき、おかしく思ったけど、次いでふと意識せず、ため息が漏れた。なんだか情けなさというか、空しさが心を支配するけど、すべて明らかにすることが僕にはなにより必要なのだ。自分でも驚くくらい、僕の理性は残酷だった。




