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これは到底正気じゃない。僕はなにしろ先ず、本来シドウの顔を見るなり真っ先にするべきことがあるのだ。戸惑うって時点で、それはもう影響されている。「水の都の名前がくっついた精神病」だ。
「シドウ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
口に出してみて、やけに強い語調だと僕自身驚いた。僕は怒っているのだろうか?
こちらを向いたシドウの目が、いつになく揺らぐのが見て取れた。今日のあいだでやけに人間味が出てきたな、とセンチメンタルな感想はあったけど、気の毒にはとうてい思えなかった。
「僕はいまさっき、突然気づいたんだ。自分の記憶があいまい……というか、無くなってることに」
「君の頬を撫でた瞬間だった。それまで僕は……えっと、正直に言おう。君のことが好きで、でも君は話すことができない。こうしていまは同居してる関係なんだけど、それでもどこか遠い存在だった」
「でも、いまさっき、僕の気持ちがおかしいことがわかった。そこまでは覚えてる」
「いきなり倒れたみたいで、心配させてしまったことは謝るよ。でも今は、もっと聞くべきことがある」
やはり泣いてしまいたい気分だった。これは執着なんだ、といまの僕が僕を自嘲する。
「僕は誰だ?」
「君は、僕にとって誰なんだ?」




