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あまりにも倫理観の欠けた王太子、常識という概念をご存じないらしい

作者: 入多麗夜
掲載日:2026/05/16

後書きにて告知あり

  王都ルミナスの社交界には、誰もが認める「残念な美男子」がいた。


 王太子レオンハルト・アウグスト


 容姿だけを見れば、誰もが認める美丈夫だった。陽光を溶かし込んだような金髪に、澄んだ青い瞳。

 だが、その外見に惹かれて近づいた者は、ほどなくしてこう悟る。


 ――この方は、根本的に頭がおかしい。


 その婚約者である公爵令嬢 クラリッサ・エーデルシュタイン は、その事実を誰よりもよく知っていた。


 彼女とレオンハルトの婚約が決まったのは、二人がまだ幼い頃のことだ。


 王家と公爵家の結びつきをより強固にするための、極めて政治的な婚約だった。


 クラリッサは幼い頃から「未来の王妃」として育てられた。


 歴史、法律、外交、経済、語学、礼儀作法。


 遊びたい盛りの年頃にも、彼女は努力を惜しまなかった。


 その努力の先に、この国を支えるという使命があると信じていたからだ。


 一方、レオンハルトはというと。


「どうして勉強しなければならないんだ? 王になれば、優秀な者に任せればいいだろう」


 十歳の時点で、すでにそんなことを言っていた。当時のクラリッサは、子どもらしい甘えだと思っていた。だがそれは甘えではなく、本気だったのである。


 十五歳の頃には、


「税というのは、足りなくなったら増やせばいい」

「民が困っているなら、努力不足では?」


 なんて暴言まで吐いていた。


 幸いに、その頃までは彼のこうした致命的な欠点が外部に漏れることはなかった。


 王家の威信に関わる問題である以上、国王も王妃も、そして側近たちも、レオンハルトの失言を必死に揉み消していたからだ。


 公式の場では、彼にはあらかじめ用意された挨拶文だけを読ませる。

 質疑応答のある場には極力出さない。

 長時間の会談には同席させず、「ご体調が優れない」と理由をつけて早々に退出させる。


 その裏では、侍従長や文官たちが冷や汗を流しながら奔走していた。


 もし彼の実態が広く知れ渡れば、王家に対する信頼は大きく揺らぐ。


「次期国王に国を任せて本当に大丈夫なのか」


 そんな疑念が広がれば、政情不安を招きかねない。だからこそ、周囲の人々は彼の問題を「なかったこと」にし続けていた。

 そしてクラリッサもまた、その一端を担っている。


 しかし、レオンハルトにも、まったく取り柄がないわけではない。


 人当たりは良く、初対面の相手を惹きつける愛嬌がある。失敗しても妙に自信を失わない図太さもある。


 そして何より、彼は自分が間違っているとは夢にも思っていなかった。


 ――それは長所ではなく、問題を自覚していないというだけの話なのだが。


 それでもクラリッサは、いつか責任ある立場の重みを知れば、彼も変わってくれるのではないかと期待していた。


 王という地位の意味を理解し、自分一人の言動が多くの人々に影響を及ぼすことを知れば、少しは考え方も改まるかもしれない。


 そう信じたかった。


 幼い頃から費やしてきた年月と努力を、無意味だったとは思いたくなかったのだ。


 だが、その期待はあまりにも浅はかだった。


 レオンハルトの問題は、知識不足でも若気の至りでもなく、他者を尊重するという、ごく基本的な感覚そのものが欠けていたのである。


 そしてその事実を、クラリッサは十七歳の誕生日の夜、誰の目にも明らかな形で思い知ることになった。




 ◇




 クラリッサ十七歳の誕生日。


 王城の大広間では、彼女のための祝宴が開かれていた。


 とはいえ、招かれたのは王族とエーデルシュタイン公爵家、そしてごく親しい貴族たちのみ。政治的な意味合いも兼ねた、半ば内輪の席である。


 煌びやかなシャンデリアの下、楽団の穏やかな演奏が流れ、祝福の言葉が次々と贈られていく。


「お誕生日おめでとうございます、クラリッサ様

「ありがとうございます」


 クラリッサは気品ある笑みを絶やさず、一人ひとりに丁寧に応じていた。


 そんな彼女を見つめながら、国王は満足そうに頷いた。


「やはり、クラリッサ嬢は素晴らしいな」


 隣に座る王妃も静かに微笑む。


「ええ。本当に。あの子にはいつも助けられております」


 その言葉には、未来の王妃への称賛と、息子に対する複雑な感情が半分ずつ混じっていた。


 一方、その息子であるレオンハルトはというと、なぜか終始そわそわと落ち着かない様子を見せていた。


 何度も扉の方を見やり、口元には隠しきれない笑みを浮かべている。


 クラリッサはその様子に気づきながらも、深く考えないようにしていた。


 誕生日のために、何かサプライズを用意してくれているのかもしれない。


 そう思えば、多少の期待もあった。


 ここ最近のレオンハルトの言動には頭を抱えることも多かったが、こうした節目の日に誠意を見せてくれるのなら、まだ見込みはあるのかもしれない。


 そう信じたかった。


 やがて食事が終わり、デザートが運ばれた頃、レオンハルトが勢いよく立ち上がった。


 グラスを掲げ、自信満々の笑みを浮かべる。


「皆、聞いてくれ!」


 楽団の演奏が止み、会場中の視線が一斉に彼へ集まった。


「今日はクラリッサの誕生日だ。そこで私は、彼女に最高の贈り物を用意した!」


 得意げな口調に、客たちから拍手が起こる。


 クラリッサも席を立ち、控えめに微笑んだ。


「ありがとうございます、殿下」


 レオンハルトは満足げに頷き、広間の扉に向かって手を振った。


「さあ、入ってきてくれ!」


 重厚な扉がゆっくりと開く。そこに立っていたのは、一人の若い令嬢だった。


 栗色の巻き髪に、愛らしい顔立ち。

 淡い桃色のドレスを身にまとった伯爵令嬢、ミレーヌ・フォルティエ。


 その瞬間、クラリッサの胸に、言いようのない不安が広がった。そしてレオンハルトは、満面の笑みで高らかに宣言した。


「紹介しよう!彼女はミレーヌ。今日から私の第二の婚約者候補だ!」


 誰もが、自分の耳がおかしくなったのではないかと疑った。第二の婚約者候補。


 この国の婚姻制度を知る者であれば、冗談にしても質が悪すぎる言葉だった。


「私は最近気づいたのだ」


 レオンハルトは得意げに胸を張り、その場にいる全員を見回した。


「愛というものは、大きければ大きいほど良いと。一人だけを愛するより、二人を愛する方が素晴らしいに決まっているだろう。愛の総量は二倍になるのだからな。つまり私は、クラリッサもミレーヌも等しく愛することができる。これほど器の大きな男はそういない」


 そこで彼は満足げに頷いた。


「君にとっても悪い話ではない。君は未来の王妃として政治を支え、ミレーヌは私の心を癒す。役割を分担すれば、誰も損をしない。むしろ全員が幸せになれる、実に合理的な考えだ」


 あまりにも倫理観に欠けた発言に、その場にいた誰もが言葉を失った。


 給仕たちは銀盆を持ったまま硬直し、招かれた貴族たちは一様に目を見開き、自分の耳がおかしくなったのではないかと疑っていた。


 王と王妃は、顔色を失っていた。


 そしてエーデルシュタイン公爵は、今にも席を立って王太子を叩き伏せそうな形相で沈黙していた。


 隠してきたはずの王太子の悪癖が、よりによって最悪の形で露呈してしまったのだ。


 婚約者の誕生日という公の席で、愛人候補を堂々と紹介し、それを「合理的」と言い切ったのである。


 もはや弁解の余地すらなかった。


 そして当の本人だけは、何が問題なのかまるで理解していない。


 レオンハルトは、しんと静まり返った会場を見渡しながら、満足そうに頷いていた。


 どうやら、皆が自分の斬新な発想に感心していると思っているらしい。


「どうした? まさか反対する者はいないだろう。こんなに皆が幸せになれる案はそうそうないぞ」


 その言葉に、何人かの貴族が思わず目を伏せた。「幸せ」という言葉を、これほど自己中心的に使える人物を、彼らは初めて見た。


 クラリッサは、ショックを受けるより先に、ただただ唖然としていた。 あまりにも突拍子のない発言に、怒りすら湧いてこなかった。


 そして、次の瞬間には、長年染みついた習慣が自然と体を動かしていた。


「あの……殿下は少し熱を出されていて、私を彼女と勘違いされているのだと思います」


 あまりにも苦しすぎる言い訳ではある。


 だが、この場でそれ以上追及するよりは、その説明に乗ってしまった方がはるかに穏便だった。


 クラリッサはそのまま続けた。


「申し訳ありませんが、殿下の療養を優先したく存じます。本日の祝宴は、これにてお開きとさせていただければと」


 数秒の沈黙の後、国王がすぐに頷いた。


「……そうだな。レオンハルトも少々疲れているようだ。本日はこれまでとしよう」


 王妃も素早く立ち上がった。


「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございました」


 その一言を合図に、貴族たちは一斉に席を立った。


「お大事になさってくださいませ、殿下」

「どうかご無理をなさらず」

「十分にご静養ください」


 口々にそう言いながら、誰も彼と目を合わせようとはしなかった。


 中には肩を震わせながら退出していく者もいた。


 こうして、クラリッサの誕生日祝宴は、何とも言えない空気のまま、なし崩し的に幕を閉じた。


 ただ一人、レオンハルトだけが不満そうに首を傾げていた。


「なぜだ? せっかく皆に良い知らせをしたのに」


 クラリッサはその言葉を聞きながら確信した。


 これはもう無理だ、と。




 ◇




 その後の大広間は、まさに修羅場だった。


  最初に激昂したのは、温厚で知られる国王だった。


 普段の国王は、多少の失言や不祥事では顔色ひとつ変えない人物として知られている。臣下の間では、あの国王を本気で怒らせることは不可能ではないかとさえ言われていた。


 その国王が、顔を真っ赤にし、息子に向かって掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。


 側近や近衛騎士たちが慌てて間に入り、必死に制止しなければ、拳の一つや二つ飛んでいてもおかしくないほどの剣幕だった。


 国王の口から飛び出す叱責の言葉は、もはや理性的な説教というより、長年蓄積してきた怒りと失望の噴出そのものだった。


 一方で、王妃は息子のあまりの失態に耐えきれなかった。


 顔色を失い、ふらりと足元を崩したかと思うと、その場にへたり込んでしまったのである。


 侍女たちが慌てて支え、水を運び、介抱に追われる姿は、王妃が受けた衝撃の大きさを何よりも雄弁に物語っていた。


 これまで幾度となく息子の問題行動に頭を抱えてきた王妃であったが、婚約者の誕生日の席で愛人候補を紹介するという暴挙は、さすがに想定の範囲を大きく超えていたのだろう。


 そして、エーデルシュタイン公爵の怒りもまた凄まじかった。


 娘の誕生日を祝う席で、よりにもよってこのような侮辱を受けたのである。


 王の怒りに呼応するように、公爵も激しい剣幕で王太子を糾弾した。


 その様子には、長年娘を支え続けてきた父親としての怒りと、これまで積もり積もった不信感のすべてが込められていた。


 王家への敬意を保ちながらも、その怒りは一切隠されていなかった。


 むしろ、ここまで理性を保っていること自体が奇跡に近かった。


 そして、公爵は明確に決断を下した。


「この婚約を継続することは不可能である、」と。


  国王もまた、即座に異論を唱えることはできなかった。むしろ、その判断が至極当然であることを、誰よりも理解していた。


 クラリッサも王家の威信を守るために、これまで数え切れないほどの失言や失態を覆い隠してきたが、今回の一件によって、すべては限界に達した。


 もはやこれ以上、負担を強いられるのはごめんだと。


 そして何より、王太子の根本的な欠陥は、努力や忍耐で補える段階をとうに過ぎていた。


 こうして、その場で婚約破棄の方針が決定された。


 長年にわたって続いてきた王太子と公爵令嬢の婚約は、ついに終わりを迎えることとなったのである。


 その決定を前にしてなお、レオンハルトだけは、自分がなぜここまで責められているのかを理解できずにいた。


 だが、その理解のなさこそが、すべての答えだった。


 後に国王は、レオンハルトを王城の離宮に半ば幽閉し、徹底的な再教育を施す方針を打ち出した。政治や法律といった学問だけではなく、他者への敬意、責任の重み、そして婚約という約束が持つ意味について、一から学ばせるつもりだったらしい。


 もっとも、その試みがどれほどの成果を上げるのかについて、期待している者はほとんどいなかった。


 おそらく国王自身も、その答えを薄々理解していたのだろう。


 この再教育は、息子を立派な王へ育て直すためというより、せめてこれ以上の騒動を起こさせないための最後の試みに過ぎなかった。


 その後、婚約破棄は正式に発表された。公表された理由は「価値観の相違による円満な解消」。社交界では、その言葉を額面通りに受け取る者はほとんどいなかったが、誰もあえて真相を口にすることはなかった。


 ただ、あの場所にいた多くの者が同じ感想を抱いていた。


 クラリッサは、よくここまで耐えたものだ、と。


別作ではありますが、半年ぶりに長期連載


『「それ、恋じゃない?」と親友に言われてから、彼の何気ない優しさに振り回されています』


を投稿しました。


当社比、甘々な話が多めとなっています。興味ある方は是非!(代表作に設定しています)

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― 新着の感想 ―
王達は他に子が居ないから、何とかしようとしているようだが、これは根本的な所が駄目だから改善は無理だろうね・・・。
うーん、3年だな。どんなに時間を多く見積もっても。 真人間になるか、それとも「病篤(あつ)かりき。薬石効なく、斃れる」となるか。 後者に金を賭ける貴族が多すぎて、賭けにならんが。
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