表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近江の国友屋庄左衛門でおます  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/11

8章

江戸の町は日々賑わいを増していた。日本橋の橋上には商人や町人が行き交い、魚河岸には潮の匂いが漂い、呉服屋の反物は陽光に輝いていた。町人の服装は華やかで、商人同士のやり取りは熱を帯び、町全体が活気に満ちていた。庄左衛門の店もまた繁盛し、農具や肥料、麻布や薬種、油や呉服が人々の生活を支えていた。


だが、繁栄の影には試練が潜んでいた。江戸では幕府の規制が厳しく、株仲間や座の仕組みが商人を縛っていた。問屋制度の中で、利益を優先する商人たちは「三方よし」を嘲笑し、ただ儲けを追い求めた。ある日、日本橋の市場で、利益だけを追う商人が声を張り上げた。


「安く売れば儲かる。客の喜びなど要らぬ。世間のことなど知ったことか」


庄左衛門は静かに答えた。

「儲けは一時のもの。人を生かし、世を潤す商いこそが未来を育てる」


しかしその言葉はすぐには受け入れられなかった。利益を追う商人たちは「理念など空言だ」と嘲笑し、庄左衛門の商いを揺さぶった。彼の心もまた揺らぎかけた。利益を優先すべきか、理念を守るべきか。嵐に遭い船が傾きかけたとき、荷を守るか人を守るかの選択を迫られた。盗賊に襲われたとき、利益を守るか命を守るかの葛藤に苦しんだ。理念は試され、彼の心は揺れた。


嵐の夜、風は唸りを上げ、船は軋み、波は甲板を叩いた。商人たちは荷を必死に押さえ、船頭は舵を握りしめ、庄左衛門は「荷か人か」と心を裂かれる思いで迷った。盗賊の襲撃では、闇の中に刃が光り、怒号が響き、荷を奪われそうになる中で、庄左衛門は仲間を守るために立ち上がった。試練は苛烈であり、理念は揺さぶられ続けた。


そのとき、町の人々の声が彼を支えた。大工は「材木を売れば家が建ち、人が住む」と語り、鍛冶屋は「農具を売れば田が耕され、食が満ちる」と笑った。商人は「布を売れば人が着飾り、町が華やぐ」と語り、農民は「肥料を買えば田が肥え、子らの腹が満たされる」と喜んだ。船頭は「荷を運べば町が潤う」と声を上げ、子どもたちは「父母の商いが町を育てる」と誇らしげに語った。江戸の町人も「近江商人の品は信頼できる」と口にし、理念は町全体に浸透していった。群像の声が交錯し、庄左衛門の心を支えた。


「三方よし」は空言ではない。人々の生活に根ざした理念であり、町を潤し、世を育てる力であった。庄左衛門はそのことを再び確信した。試練は理念を揺さぶったが、揺らぐことなく守り抜かれた。


夜、庄左衛門は江戸の町の川辺に立ち、月明かりに照らされた水面を見つめた。安土の炎の記憶はまだ胸に残っていたが、ここには新しい光があった。水面に映る月は、理念の象徴であり、未来への希望であった。


「試練にさらされても、理念は揺らがぬ。これこそ近江商人の誇りだ」


庄左衛門は静かに呟き、暖簾を掲げ直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ