5章
八幡の町は、日を追うごとに繁栄を増していった。堀を行き交う船は絶えず、京や大坂からの往来も盛んになった。町筋には新しい店が並び、商人たちの声が響き渡る。市場には焼き魚の香りが漂い、味噌の匂いが鼻をくすぐり、布地の鮮やかな色が並び、人々の服装は華やかで、笑い声が町を満たしていた。子どもたちが駆け回り、商人の呼び声が重なり合い、町全体がひとつの大きな鼓動を打っているかのようだった。
庄左衛門はその光景を見つめながら、己の商いの意味を考えていた。武器商人としての過去への未練はまだ心に残っていた。かつては鉄砲を売り、天下の軍需を支える誇りを抱いていた。武士たちが誇らしげに鉄砲を手に取り、彼もまたその姿に己の存在意義を見出していた。だが安土の炎がその誇りを焼き尽くし、虚しさだけが残った。夜ごとに思い出すのは、燃え盛る城と、鉄砲が放つ火花が人を倒す光景だった。その記憶は彼の胸を締め付け、過去への葛藤を呼び起こした。
しかし、農具や肥料を売り、人々の生活を支える喜びがその虚しさを溶かしていった。農民が「これで田が肥える」と笑みを浮かべ、子どもたちが「腹が満たされる」と声を上げるたびに、庄左衛門の心は救われた。だが彼はさらに深く考えた。商いとは何か。商人とは何者か。己の利益だけを追うのではなく、人を生かし、町を育て、世を潤すことこそが商いの本質ではないか。
「売り手よし、買い手よし、世間よし――三方よし」
その理念は、彼の心に深く刻まれた。己の利益だけでなく、買い手を潤し、世間をも潤す商い。それこそが近江商人の道であり、彼が歩むべき未来であった。
庄左衛門は町の人々と語り合った。大工は「材木を売れば家が建ち、人が住む」と語り、鍛冶屋は「農具を売れば田が耕され、食が満ちる」と笑った。商人は「布を売れば人が着飾り、町が華やぐ」と語り、農民は「肥料を買えば田が肥え、子らの腹が満たされる」と喜んだ。船頭は「荷を運べば町が潤う」と声を上げ、子どもたちは「父母の商いが町を育てる」と誇らしげに語った。群像の声が交錯し、町の未来が描かれた。庄左衛門はその声を聞きながら、己の理念を確信した。商いは人を生かし、町を育て、世を潤す。武器商人としての過去は消え去り、近江商人としての未来が始まった。
やがて「三方よし」の理念は庄左衛門の店から町へ、町から京・大坂へ、さらに江戸へと広がっていった。商人たちはその言葉を口にし、互いに商いの意味を語り合った。理念は町人の心に根付き、後世へと受け継がれていった。子どもたちは親の背を見て育ち、商いの道を歩むとき「三方よし」を胸に刻んだ。理念は町を潤し、世を育て、未来を照らす光となった。やがて近江商人は全国に商圏を築き、江戸の町にもその理念が響き渡った。庄左衛門の言葉は、時代を超えて人々の心に生き続けた。
夜、庄左衛門は八幡堀のほとりに立ち、月明かりに照らされた水面を見つめた。安土の炎の記憶はまだ胸に残っていたが、ここには新しい光があった。水面に映る月は、再生の象徴であり、未来への希望であった。
「焼け尽くした町の灰から、理念が芽吹き、水が町を潤す。これこそ新しい時代の象徴だ」
庄左衛門は静かに呟き、暖簾を掲げ直した。




