4章
八幡堀が完成してから、町の景色は一変した。水面を滑る荷船が町筋へと入り込み、米俵や布地、塩や油が次々と運び込まれる。堀は町を潤す血脈となり、人々の生活を支える大動脈となった。庄左衛門はその光景を見つめながら、商いの未来を思い描いた。
「この堀があれば、京や大坂へも物資を運べる。商いの道は広がる」
彼の言葉に、周囲の商人たちがうなずいた。大工は「材木を船で運べば、家の建築も捗る」と語り、鍛冶屋は「農具を遠方へ売れば、仕事も増える」と笑った。商人は「肥料を堀で運べば、京や大坂へも売れる」と構想を語り、町の未来を描いた。群像の声が交錯し、八幡の町は新しい時代を迎えようとしていた。
庄左衛門は、鉄砲鍛冶の技術を活かした農具を船に積み、硝石を肥料として袋詰めにし、京へと運んだ。船は平底の荷船で、堀から琵琶湖へ出て、湖面を渡り、淀川を下り、京へ至る。琵琶湖の広がりは鏡のように静まり、船頭の掛け声が遠くまで響いた。淀川に入ると流れは速く、船は揺れながらも京へと進んだ。所要は二日、途中で船着場に泊まり、荷を守るために交代で見張りを立てた。川の流れは時に急で、船が傾きかけることもあり、盗賊の噂も絶えなかった。だが商人たちは互いに声を掛け合い、船を守り抜いた。
水面を滑る音、櫓を漕ぐ掛け声、荷物の軋む音が堀に響いた。船頭の声が水面に反響し、荷物を積み下ろす際の木箱の衝撃音が町に響いた。汗を流す船頭の姿、肩に米俵を担ぐ男の力強さ、木箱が船板にぶつかる音――五感すべてが、新しい時代の息吹を伝えていた。
京の町に到着すると、市場は喧騒に満ちていた。焼き魚の香りが漂い、味噌の匂いが鼻をくすぐる。布地の鮮やかな色が並び、人々の服装は華やかで、商人の呼び声が絶えなかった。農民や商人たちが列をなし、庄左衛門の農具や肥料を求めた。鋤の刃は土を深く掘り返し、鎌は稲を刈りやすく、硝石は田を肥やした。人々は感謝の言葉を口にし、庄左衛門の商いは広がっていった。
「これで田が肥える。子らの腹も満たされる」
「この鎌なら稲刈りが楽になる」
その声を聞くたびに、庄左衛門の心は満たされた。武器商人としての過去への未練や葛藤はまだ残っていた。かつては武士たちが誇らしげに鉄砲を手に取り、彼もまた天下の軍需を支える誇りを抱いていた。だが今、その誇りは崩れ去り、虚しさだけが残っていた。農民の感謝の言葉がその虚しさを溶かし、人を生かす商売の喜びがそれを上回った。彼は「三方よし」の理念を胸に刻み、己の商いを広げていった。
八幡の町では、商人たちが堀を利用して京や大坂へ物資を運び、町は繁栄を増していった。大工は材木を運び、鍛冶屋は農具を売り、商人は布や塩を広げた。農民は肥料を求め、子どもたちは畑で笑い声を響かせた。群像の声が交錯し、町は活気に満ちていた。
夜、庄左衛門は八幡堀のほとりに立ち、月明かりに照らされた水面を見つめた。安土の炎の記憶はまだ胸に残っていたが、ここには新しい光があった。水面に映る月は、再生の象徴であり、未来への希望であった。
「焼け尽くした町の灰から、水が町を潤す流れへ。これこそ新しい時代の象徴だ」
庄左衛門は静かに呟き、暖簾を掲げ直した。




