2章
安土城が灰燼に帰した後、城下の商人や職人たちは途方に暮れていた。天下人の死と城の炎上は、彼らの生活を根底から覆した。瓦礫の町に残されたのは、焼け焦げた木材と、失われた繁栄の記憶だけであった。国友屋庄左衛門もまた、暖簾を胸に抱きながら、次にどこへ向かうべきかを思案していた。
数日後、豊臣秀次の使者が安土に現れた。若き秀次は、安土の商業機能を継承するために新たな城を築き、城下町を整備する計画を立てていた。その場所は、安土から南西に五里ほど離れた八幡山である。使者は声高に告げた。
「安土の商人・職人は、八幡山へ移り、新たな町を築くべし。秀次様の命である」
人々はざわめいた。焼け落ちた安土に留まることはできない。だが、新しい町へ移ることは未知への挑戦でもあった。庄左衛門は妻と子らを見つめ、静かに言った。
「我らも行こう。新しい町で、商いを立て直すのだ」
移住の道中、庄左衛門は琵琶湖の湖面を見つめた。湖は穏やかに波を打ち、陽光を反射して輝いている。荷車を引く商人、鍛冶道具を担ぐ職人、子どもを背負う母親。人々はそれぞれの荷を抱え、列をなして進んでいった。誰もが不安を抱えながらも、新しい町への期待を胸に秘めていた。
「安土では焼け出され、もう戻る場所もない。だが、八幡なら新しい暮らしができるかもしれぬ」
大工がそう呟き、鍛冶屋は「戦乱が減れば鉄砲の仕事も細る。だが農具なら需要は尽きぬ」と嘆いた。商人たちは互いに声を掛け合い、未来への不安と希望を交錯させながら歩みを進めた。
庄左衛門は、国友村から仕入れた鉄砲の部品を荷車に積み、飛騨からの硝石を小袋に分けて運んでいた。戦乱の需要は減りつつあったが、彼はまだ武器問屋としての看板を守りたい気持ちを抱えていた。だが心の奥底では、武器から生活へと商いを転じるべきだと感じていた。
八幡山に到着すると、すでに城の石垣が築かれ始めていた。秀次の命により、町は碁盤目状に整備され、職業ごとに町が分けられた。大工町、鍛冶屋町、畳屋町――安土で培われた町割りが移植され、新しい城下町が形を成していった。
庄左衛門は、町の一角に店を構えることになった。周囲には鉄砲鍛冶や火薬職人が集まり、彼の店は自然と武器問屋としての役割を担った。だが、戦乱の影は薄れつつあり、武器の需要は減少していた。庄左衛門は、鉄砲鍛冶の技術を活かし、農具や生活道具の取引へと転じることを考え始めた。
秀次は、町の繁栄を支えるために八幡堀の建設を命じた。琵琶湖から水を引き、町を巡る運河を築くことで、水運を活かした商業都市を目指したのである。庄左衛門もまた、堀の建設に協力した。鍬が石を打つ音が響き、泥の匂いが立ち込め、汗が目に流れ込む。町人たちは泥に足を取られながらも、声を掛け合い、石を積み、木材を運んだ。
堀が完成すると、船が町に入り、物資が運ばれるようになった。水深は人の背丈ほど、幅は荷船がすれ違えるほどに広く、琵琶湖と直結していた。鉄砲や火薬だけでなく、米や布、塩や油が町に流れ込み、商人たちは新しい商機を見出した。庄左衛門もまた、堀を行き交う船を見つめながら、商いの未来を思い描いた。
「武器を売るだけでは、町は育たぬ。人を生かす商いをせねばならぬ」
彼の心は、看板を守りたい葛藤から、生活を支える商売への挑戦へと移り変わっていった。
八幡の町は、次第に活気を取り戻していった。商人たちは新しい町で店を構え、職人たちは技を振るった。庄左衛門は、武器問屋から総合商人へと変貌しつつあった。鉄砲鍛冶の技術を活かした農具、硝石を肥料として利用する工夫。彼は「人を殺す商売」から「人を生かす商売」へと転じる道を歩み始めた。
「三方よし――売り手よし、買い手よし、世間よし」
町の古老が語った言葉が、庄左衛門の胸に響いた。商いは己の利益だけでなく、買い手と世間をも潤すものである。彼はその理念を学び、近江商人としての哲学を形成していった。
夜、庄左衛門は八幡堀のほとりに立ち、月明かりに照らされた水面を見つめた。安土の炎の記憶はまだ胸に残っていたが、ここには新しい光があった。水面に映る月は、再生の象徴であり、未来への希望であった。
「炎が町を焼き尽くした夜から、水が町を潤す朝へ。これこそ新しい時代の象徴だ」
庄左衛門は静かに呟き、暖簾を掲げ直した。




