10章
庄左衛門が世を去ったのは、八幡の町が最も賑わいを見せていた頃であった。彼の死は一人の商人の終わりであったが、町にとっては新しい始まりでもあった。暖簾は風に揺れ、そこに刻まれた「三方よし」の理念は、彼の声とともに弟子や子らの心に生き続けていた。
葬儀の日、八幡堀のほとりには町人や農民、商人、船頭、大工、鍛冶屋、子どもたちまでが集まった。人々は黒い羽織をまとい、静かに列をなし、庄左衛門の棺を見送った。川辺には灯籠が並べられ、揺れる灯りが水面に映り、まるで理念そのものが光となって町を照らしているかのようだった。
弟子たちは涙を流しながらも師の言葉を思い出した。
「利益は一時のもの。だが信頼は永遠のものだ」
その言葉は彼らの胸に刻まれ、心得帖に記され、未来へと受け継がれていった。
町人は語った。
「近江商人の品は信頼できる。庄左衛門の教えは町を支えてきた」
農民は祈るように呟いた。
「肥料で田が肥え、子らの腹が満たされる。これからもその商いを守らねば」
大工は棺の前で誓った。
「材木で家を建て、人が住む。師の理念を忘れぬ」
鍛冶屋は涙を拭いながら言った。
「農具で田を耕し、食を満たす。これこそ三方よしだ」
船頭は声を張り上げた。
「荷を運べば町が潤う。師の誇りを我らが守る」
子どもたちは小さな声で唱えた。
「父母の商いが町を育てる。師の教えは未来の光だ」
群像の声が交錯し、理念は共同体全体に浸透していった。庄左衛門の死は悲しみであったが、その理念は人々の誇りとなり、町の遺産となった。
やがて「三方よし」の理念は近江商人の家訓となり、商人心得帖に記され、世代を超えて受け継がれた。江戸の問屋制度の中でも、近江商人はその理念を守り抜き、信頼を築いた。幕府の規制に抗いながらも、彼らは誠実を忘れず、商いを続けた。理念は制度を超え、人々の心に根付き、未来へと広がっていった。
庄左衛門の死から幾年が過ぎ、八幡堀の水面には月が映り続けた。安土の炎の記憶は遠くなったが、その炎は理念を生む土壌となり、八幡堀の月は理念の象徴となった。町人たちは水面を見つめ、師の言葉を思い出した。
「理念は人から人へ、世代から世代へと受け継がれる。これこそ近江商人の誇りだ」
その言葉は町に響き、世に広がり、未来へと受け継がれていった。庄左衛門の死は終わりではなく、始まりであった。理念は遺産となり、近江商人の精神として後世に生き続けた。
八幡堀の水面に映る月は、静かに町を照らし続けた。安土の炎が過去を焼き尽くしたように、八幡堀の月は未来を照らし、理念を守り続けた。庄左衛門の声はもう聞こえなかったが、その理念は人々の心に生き、町を育て、世を潤し続けた。




