第9話 ワシまたもやご馳走になる
人混みを抜けて、街の大通り。昼時になり、
どこの食堂やレストランも活気に満ちていた。
リリアが楽しそうに指をさす。
「師匠! あのレストランに入りましょう!」
セベスもノリノリで加わる。
「おっ、いいじゃないっすか~!
あそこのステーキ、マジでジューシーっすよ!
腹ペコチャージするっきゃないっす!」
ワシは思わず足を止めた。
(……ちょ、ちょっと待て。
財布の中身……銀貨二枚半。残りは銅貨……数枚……!
くっ、あの時スーツ姿で召喚されたせいで
服を買わざるを得んかったのが運の尽きじゃ……)
その時の記憶が蘇る。
――「詩人に似合う服を」と言ったら、店主に全身フリフリの、
やけに高そうなマントと羽根つき帽子をすすめられ、
言われるがまま買ってしまった。
(あ、あれで持ち金が吹っ飛んだ……!
よく考えたらワシ、買い物のセンスが皆無じゃったぁぁ!)
リリアがくるりと振り返る。
「師匠? どうされました?」
「い、いや……その……」
言い淀むワシ。
セベスがニヤニヤしながら耳打ちしてくる。
「もしかして、財布ピンチっすかぁ?
いや~、師匠ってば見た目はエレガントなのに、
中身は庶民派っすねぇ!」
「う、うるさいわい!」
だが、その時――
リリアが一歩前に出て、凛とした声で言った。
「わかっております、師匠!」
「……えっ?」
「師匠は、きっと“清貧”を尊ばれるお方なのですよね!
豪奢な食事や贅沢などに惑わされず、
己を律して生きていらっしゃる……。尊敬いたします!」
「ち、清貧!? いや、ワシはただ……」
「ご安心ください!
今日のお食事は、すべて私が出させていただきます!
師匠のお力は金銭などでは測れませんから!」
リリアは胸を張り、キラキラした目でワシを見つめる。
ワシは――
「……う、うぅ……リリア……! ありがとぉぉぉ!」
気づけばホロリと涙がこぼれておった。
(ワシ、ただのすっからかんのおっさんじゃのに……。
なんでこうも立派に勘違いされるんじゃ……!)
――店員:「申し訳ございません、本日は満席でして……」
セベス:「ちぇ~、満席っすか! ま、しゃーないっすね!
なら裏通りの食堂とか行きます?」
結局、三人は裏通りの小さな食堂に入った。
出てきたのは――
野菜スープと黒パン、干し肉少々。
ワシは一口スープをすすり、思わず顔をしかめる。
(……うすっ! お湯に草を浮かべただけじゃろこれ!?)
だが、空腹は最大のスパイス。
何とか飲み干そうとした時――
リリアがこちらを心配そうに見つめていた。
「師匠……お口に合いませんか?」
「い、いやそんなことは……」
ワシは慌ててスープをすするフリをした。
が、正直これは“味付きお湯”じゃ。
――ハッとした。
(そうだ……!
せっかく連れてきてもろうたのに、
健気なリリアにこんな心配をさせてはならん!
師匠としての威厳を見せるチャンスではないか!)
そこでふと頭をよぎる。
(前に“食べ物を生み出す詩”は微妙な出来だったが……。
直接食べ物を作るんじゃなく、
“味を整えるスパイス”としてならいけるかもしれん。
まあ試しにやってみるかの)
ワシは咳払いして、重々しく宣言した。
「ま、まあちょっと待ってみなさい……。
ワシが、この料理に“特別なスパイス”を加えてみようかのう」
リリアが目を輝かせて身を乗り出す。
「し、師匠! まさかそんな古代魔法までお使いに!?
やはり伝説は本当だったんですね!」
セベスも、テーブルをバンバン叩きながら爆上げする。
「マジっすか師匠! 味変魔法とかチョー新時代っすよ!
オレ、尊敬メーター振り切れたっす!」
(いやいや、勝手にハードル上げるでないわ!
こっちはダシ粉をちょい足す感覚なんじゃぞ!?)
ワシは内心パニクりつつも、器に手をかざして詠唱を始める。
「――“無味なる器よ、調べを得よ♪
淡きスープに歌声を、舌に踊りを――
孤独なおっさんの胃袋に、豊穣のハーモニーを響かせたまえぇぇ~~♪”」
ふわり、と香草の香りが漂い、スープの色合いが少し鮮やかになった。
恐る恐るひと口すすると――
先ほどまで水っぽかった味が、
まるで滋味あふれるポタージュのように深みを増しておるではないか。
「す……すごい!」リリアは感極まったように両手を合わせる。
「ただの食堂のスープが、こんなにも豊かな……
やはり師匠は古代の大賢者……!」
セベスはスプーンを振り回して大騒ぎだ。
「うっま!! これやべーっす! 革命っす!
師匠、これマジで店出せますって! グルメ界の頂点いけるっすよ!」
「ま、待て! ワシは商売をするつもりなど……!」
だがリリアはうっとりした瞳で断言した。
「いいえ師匠。これは……世界を変える味です!」
ワシは慌てて手を振った。
「こ、これはほんの戯れよ!
……わしの力、あまり公にしてはならんのじゃ……」
リリアは深くうなずく。
「やはり……!
その力、表に出すと世界の均衡が乱れてしまうのですね!」
ワシは額に冷や汗を垂らしながら、心の中で叫ぶ。
(ちがうっ! ただの味付け補正じゃぁぁ!)
ワシの人生、どんどん妙な方向に調味されていくぅぅ!)
かくしてワシは――
“味を変える詩”でまたもやリスペクトを積み重ねてしまったのであった。