第49話 ワシごまかす
ワシはいつものように“味変の詩”で食卓を整え、ほっと息をついた。
「きゃーっ! 出ました! 師匠の詩っ!」
「ふふ……今日も麗しき響き……さすがですわ、アサリーヌ様」
リリアとセリーヌが両側からテンションの違う声でヨイショを浴びせてくる。
「おっと〜、バイブス上がってきたっすねぇ!」
セベスがノリノリで皿を配膳。
「今日のメインは、詩的ローストチキン〜ワシ風〜っす!」
「ほう……なんと香ばしい香りだ」
アーヴル当主が柔らかな笑みを浮かべる。
「アサリーヌ殿、この味は……ただの料理人では出せぬ深みですな」
「まあ、ワシはただの居候じゃし、これくらいしかのう」
と謙遜してみせたつもりが――
「いえ! 師匠は“食卓の神”ですっ!」
「むしろ、神の御心がスパイスに宿っておられるのですわ!」
リリアとセリーヌが勢いよく立ち上がる。
「ちょ、ちょっと落ち着けぃ! 食事中じゃぞ!」
ワシの抗議など届かぬまま、テーブルは笑いと拍手で包まれた。
「ハハハ、実に愉快だ」
アーヴルが笑いながらナプキンを外す。
「いや、アサリーヌ殿、実は宮殿でもあなたの噂を耳にしましてな。
“味変の聖女様”、そして“詩の導師”として──
皆が話題にしておりますぞ」
「な、なんじゃとぉ!? み、宮殿で!? ワシが!?」
ワシのフォークがカチンと落ちた。
「ええ、私もお茶会で聞きましたのよ」
ブローニュ夫人が優雅にカップを傾けながら微笑む。
「“あの詩人様の授業は涙が出るほど感動的だ”って……
貴族の奥様方も夢中ですの」
「い、いやいや、ちょっと褒めすぎじゃ! ワシはただの──」
「伝説っすね!」
「神話ですわ!」
「存在が芸術ですっ!」
ヨイショ三連打。ワシの精神ポイントはゼロじゃ。
(ワシ、ただの詩人じゃ……!
静かに余生を送りたいだけなんじゃ……!)
セベスがニヤリとしながら囁く。
「いやぁ〜師匠、人気者っすね。これもう学園より社会現象っすよ」
「うれしゅうないわいっ!」
場が落ち着いたころ、セリーヌがふとナイフを置いた。
「そういえば……今日、
帰る途中に学園の門の脇で石碑を見かけましたの」
「石碑?」
ブローニュが首を傾げる。
「そんなもの、今までありましたか?」
「私も思いました! 帰る時初めて見たんです!」
リリアが勢いよく頷く。
「ああ〜、アレっすねぇ」
セベスが思い出したように口を開く。
「師匠、なんか古代語っぽい碑文をサラッと読んでたっすよ。
あれマジでカッコよかったっすね〜」
「えっ!? 師匠がっ!?」
「さすがアサリーヌ様!
古代文字までお読みになれるなんて……!」
リリアとセリーヌがまた立ち上がる。
「い、いやいや! あれは……適当に言うたんじゃ、うむ!」
ワシは思わず手を振ってごまかす。
「適当……?」
セリーヌがじとっとした目で見てくる。
「その“適当”が、神の言葉を解く鍵なのですわね……!」
「師匠っ!
それでなんて書いてあったんですか!? 気になりますっ!」
リリアが目を輝かせて身を乗り出す。
「う、うむ……なんじゃったかのう……」
(いや、はっきり覚えとる。
“調和の詩を継ぐ者、七の調べを開く者なり”。
……けど、こんなん言うたら絶対に騒ぎになるじゃろ……!)
「た、たしか──“ポエムっぽいこと”が書いてあったのう!」
「ポエムですか?」
「詩的な……碑文……素敵ですわ!」
「さすがです! ポエムの神ですね!」
ワシは曖昧に笑ってお茶をすすった。
(あ、危なかった……!
あの二人、詮索したら絶対に“奇跡”認定してくるやつじゃ!)
アーヴルが穏やかに微笑む。
「まるで預言のようなお話ですな、アサリーヌ殿。
……きっと、何かの前触れでしょう」
「……や、やめてくだされ! そういう怖いこと言うの!」
ワシの声が裏返る。
テーブルの上ではまだ笑いが続いていた。
だが、ワシの心の中だけは冷や汗でびっしょりじゃ。
(まさか、あの詩碑……ただの飾りじゃないんかのう……?)
――その夜、詩人の胸に、
不穏な“七の調べ”の余韻が静かに鳴り始めておった。




